怪物vs化け物

「あ、そういえば知ってるか? お化けの話」


「おばけ?」


「おばちゃん?」


 ある日の昼時のユーゴ邸では、三人衆とクリス、コレットが遊んでいた。クリス、コレットにとって残念ながらソフィアは母親の所に行っている。


「夜中一人で歩いていると、後ろから急に足音が近づいて来て、振り返っても誰もいなんだってさ」

「でも中には、白い人影を見たって人がいるとかいないとか」


「へー」


「カサカサ」


 話の内容は、最近リガの街で少しづつ噂になり始めていた、夜中に現れる幽霊の事であった。しかし噂は噂で、三人衆も子供達を怖がらせる事を考えていなかったため、コレットとクリスの反応も、そんなのがいるんだという程度であった。


「人形も歩いてるのを見たって人もいたな」


「おうちにいるよ!」


「しょうさがいる」


「ああ、そういえばここ、ブラウニーがいたんだった」


 中には人形が歩いているという目撃もあったのだが、それこそこの家では今更で、箒やちり取りは勿論、クマのぬいぐるみが動いたりするのだ。


「大人はゴーストが出たって不安がってるみたいだけどな」

「ゴーストなら人を襲うはず」

「だからお化けなのさ」


「へー」


「ほー」


 ◆


 その日の夕方


「パパ、おばけがみたい!」


「おばちゃん、おばちゃん」


「え!? お化けのおばちゃん!? 分かった探してみるよ!」


 ◆


「うー飲み過ぎた」


 深夜のリガの街。その下町の道を、ある酔っぱらいが歩いている。

 いくら魔法街灯があるリガの街とは言え、下町ではかなり間隔が空いているため、辺りは殆ど真っ暗と言ってもよく、月明りを頼りにしているようだった。


 ガタッ


「あん?」


 そんな彼の後ろで、突如何かが倒れる音がした。だが辺りは暗く、その何かは分からない。


「ひっく」


 だが酔っぱらっている彼にはどうでもいいことだった。足を止めて振り返ったが、すぐにまた歩き出す。


 ガタガタガタッ


「なんだぁ?」


 また彼の背後で音が聞こえた。今度は先程よりも音が大きく、流石に何か変だぞと彼も思い始めていた。


「気味が悪いな……は!?」


 段々と薄気味悪く感じた彼は、急いで家に帰ろうと前を向いた時だった。絶対にそんなものは無かったと断言できる。

 その視線の先には、白い人形が道のど真ん中に座っていたのだ。


「誰かの悪戯か!?」


 ガタガタガタガタッ!


「今度は何だよ!? ああ!?」


 何かとんでもない事に巻き込まれたと、今更ながら慌てた彼が音の方に振り向くと、そこにもまた白い人形が座っていた。


「ひっ!? ああ!? うわああああああああああ!」


 これはいけない。逃げなければと前を向くと、今度は人形が三体に増えて自分を見ているではないか。恐怖に駆られた男は、大声で叫びながら脇道へと消えていくのであった……


 ……


 ……


 ……


「いえーい大成功!」

「ひっ、だって!」

「ぷぷぷぷ」

「たのしー!」

「いやあ、次はどうしようかなー」


 男が走り去った後、その場所ではどこからともかく声が聞こえてきた。かなり大勢の声だ。しかし、不思議な事に、人の姿は無い。


「やっぱゴーストに生まれたからには、人間を驚かせないとね!」

「そうそう!」


 声の言う通り、彼等の正体は目に見えないゴーストであった。最近噂になっていて、かつ、かなり変わり者の。と言うのも、通常ゴーストは、恨みを持って死んだ人種が霊体となって人を襲うことが殆どで、彼等の様にしっかりと自我を持ちながら、目的も人を驚かすだけというのは、本当に変わり者と言う他なかった。


「次はどうしようか?」

「だねー」

「近所迷惑だ」

「騒音で近所迷惑?」

「試しにやってみる?」


 先程まで、ある意味獲物を見ていたゴーストであったが


「って言うか今の誰?」


 自分達も見つめられていると知るべきであった。


「お前らが近所迷惑って意味だよ」


 そこには闇に溶け込む怪物が……





 ◆





「おい聞いてるか?」


「はい……」


 一体どうしてこんなことになってしまったんだ……。


 正座で座らされているゴーストや人形の心の中は、この思いで一杯だった。


「あんな事されちゃ困るんだよ。ウチの子供達がお前らに興味持っちゃってさ」


「はい……」


 知らんがなと言えればすっきりするのだが、怪物へ視線を合わせる事など出来よう筈もなかった。なにせ視線だけで物理的に穴が開きそうな目なのだ。ついでに言うと、ゴーストの癖に先程から生存本能ががなり立てていた。だがこれはある意味快挙であった。擬態を解いていない、怪物の恐ろしさを感じ取ったという事だからだ。


「ですがあっしら、ちんけなゴーストでして……怖がらせてるだけで特に害も……」


「害がないのは分かるよ。でもあろうが無かろうが、そのちんけなゴーストを子供達に会わせたくないの。分かる?」


 怪物にとっては、変わり者とはいえ、見れば見る程まさにちんけなゴーストなのだ。そんな存在と、自分の子達を会わせるなんて、とんでもない話であった。


「なんでか、子供達の中ではおばちゃんのお化けになってたけど」


「はあ……」


 しかしゴースト達は、変わったお子さんですねとは口が裂けても言えない。言った瞬間消し飛ぶと、己の直感が告げているからだ。


「大体ゴーストなんだから、どっかの廃城とか廃館にいろよ。なんだって街中にやって来たんだ?」


「少し都会に出てみようかなーって……」


「はあー」


 ゴーストにも移動の自由がある。あるのだが、怪物はそんな事知ったこっちゃないと、大きなため息をつき、そんな怪物にゴースト達はびくりと身を竦ませる。誰がどう見たって圧迫面接以外の何物でなかった。


「見つけたのが俺だからよかったけど、守護騎士とか魔法使いに見つかったら、問答無用で消し飛ばされるんだぞ?」


「はい……ありがとうございます……」


 確かに守護騎士などが彼等を見つければ、そのまま魔法で浄化するだろう。だが、いっそそっちの方がよかったとは、やっぱり口が裂けても言えない。しかも代わりにお礼まで言わせられる始末だ。ゴースト達はこの世の不条理に嘆いていた。


「それでこれからどうすんの?」


「里の廃城に帰ろうかなーって……」


 ちょっと人を怖がらせようと街中に出て来たのが運の尽き。こんなのが居るのが分かったなら、頼まれたって元の住処から出てこないと、ゴースト全員が決心していた。


「じゃあ気をつけて帰れよ」


「はい……ありがとうございます……失礼します……」


 やっぱり何故かお礼を言う羽目になりながら、ゴースト達は一目散にリガの街から飛び出していく。勿論心の中では、もう二度とこんなとこ来るもんかと悪態をつきながら。


 ◆


「ごめんよクリスー、コレットー。お化けのおばちゃんいなかったよー」


「そっかー」


「ざんねん」

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