怪物の非日常

 それを見つけた時、ちっぽけな思考でそれは歓喜した。


 人里離れたところであるならば、何処にでもいるような小さい肉の様な粘体生物であった。好物は小動物の骨で、自然界の掃除人と言えるような、ちっぽけなちっぽけな存在である。


 そんなちっぽけな掃除人が、森の中にあった大地の割れ目に転げ落ちた。しかし掃除人は、その事に対して特に何かを思う様な、複雑な思考を持たなかった。ただズリズリと這い動き、食べれる物がないかと探し回る。


 そして見つけたのだ。大きな、大きな骨を。


 すぐにその骨にへばり付いて、少しづつ、本当に少しづつであったが、その骨を吸収して栄養とすることが出来なかった。代わりに変わりに爆発した。


 その骨のあった洞窟は、一瞬で肉に埋もれてしまった。その洞窟から伸びていた、大小様々な隙間も、ちっぽけな存在だった頃に転がり落ちた、大地の割れ目も。


 そこから溢れ出た肉で、森が埋まってしまった。

 洞窟の肉があまりにも高密度になってしまったため、大地の表面へとさらに溢れ出てしまった。

 埋もれた、取り込まれた、土が、岩が、木々が、生物が、一塊の肉となってしまった。


 そして


 単なる偶然出会ったのだが、ちっぽけだった頃に見つけた骨は、ちょうど一番高い所に押し上げられていた。


 竜の頭であった。


 だがそんな事は、森の動物達には関係がない。今だ大きくなり続けて、グネグネと伸びている肉の先端から必死に逃げている時に、


 怪物が降臨した。


 ヒュボッ


「げろげろ。竜かと思って慌てて来たら、なんじゃあれ。気持ちわる」


 音の壁を容易く粉砕しながら、燃える大気そのままに、破壊が肉の中心に炸裂する。


 しかし上下に分かれたとすら言っていい状態の肉は、その断面から肉を溢れさせ、元通りどころかまた少し大きさを増しながら、かつて森だった場所に鎮座している。


「うっわめんどくさ。亀よりはずっと柔らかいけど、再生力は負けてないぞこいつ」


 思い出したのは、かつて相対した竜達の長の一匹にして、無限の再生力を持ち、怪物をして固いと思わせた"大陸竜"クイであった。


 ヒュボッ


 今度は全部で5回の衝撃。それがほぼ同時に肉に叩き込まれる。大陸でこれを耐えられる存在はほぼいないと断言でき、実際に肉は耐えられず地表の肉はその大部分が消滅した。どうやらクイほどの耐久力は無かったようだ。


 無かったが、再生した。


「マジでめんどくせえ……って感知したらこいつ、地下にも伸びてるじゃねえか」


 森を埋め尽くし、地表で蠢いている肉ですら、まだ体の半分ほどでしかなく、まるで生命力の強い植物の様に、根を広げていたのだ。


 そして肉も負けじと、自分を害するナニカにへと高速で触手を伸ばすのであったが


 ヒュボッ


 まるで無駄であった。


 全ての触手が伸びる前から消滅していく。


 話は変わるが、怪物と本当の意味で戦えたのは、未だかつて存在しなかった。なぜなら、どいつもこいつも遅すぎるのだ。動くのが遅ければ、口を動かして唱えるのも遅い。遅い遅い遅い。怪物と比べると、全てが何もかもが遅すぎる。


 通常の自然体である今ですら音を超え、戦闘状態になれば物理法則を捻じ伏せて、光の速度にすら匹敵するのだ。そんな怪物と同じ土俵に上がれるモノなど、存在しないに決まっている。ただ力が強調されて恐れられている怪物だが、相手に何もさせない速さもまた、怪物を怪物たらしめているのである。


 一応、かつて自らを玉王と称したガラス玉である、"疾踪"ヒュタリが何とかその領域に、爪先だけ達していたのだが、その時の怪物は更に……。


 ヒョボッ


 そしてそんな速さなど到底見込めそうにない肉は、削り取られた体の再生が全く間に合っていなかった。しかし、それは地表だけの話。本丸の地下にある肉は、むしろ更に広がる事など許されなかった。


「また婆さんに穴開けた事を揶揄われるな……」


 これ以上肉の拡大は許容出来ないと、怪物がほんの一瞬だけ戦闘態勢に入ったのだ。そして怪物の速さであるなら、その一瞬だけで十分だった。


 若く、まだ未熟だった頃のモノとは訳が違う。


 その一撃は、大地を、地下で蠢いていた肉を、音すら消滅させて、大陸全土からすれば本当に小さな、しかし、生物にとっては途方もない大穴を、この地に作り出してしまった。


「婆さん埋めてくれねえかなあ……」


 また一つ大陸に穴を開けてしまった怪物がその穴を覗き込みながら、知人の魔女に淡い期待を寄せているが、残念ながら肉が全てを押しつぶしたとはいえ、森一つあった場所に出来た大穴となると、破壊に特化した魔女ではどうしようもない。


「一応確認しておくか」


 そう言いながら、肉の消滅を確認するために、怪物は自らが作り出した穴の中へと落ちていく。


 穴は綺麗な綺麗な断面を作り出しながら、下へ下へと伸びている。


「痕跡無し、感知も無し」


 まあ当然だが、そんな事をする必要は全くなかった。もし肉が生きていて高度な思考があればふざけるなと言いたいだろうが、変なところでまめな怪物は、一度殺し合いが始まれば極僅かな例外を除いて、相手の息の根は絶対に止めるという考え方なのだ。だが、極僅かな例外に含まれたものが、幸福とは限らないが……例えば、狂った王とまで呼ばれている、先代の魔の国国王とか……。


「よし帰るか! プールはもう少しだから待っててねー!」


 こうして大陸において、原因を殆ど知る者がいない穴が、また一つ出来上がったのであった。



 ◆


 魔物辞典


 "肉の怪":もとは自然界に存在する軟対生物で、一部の冒険者からはスライムと呼ばれているとかいないとか。


 作中の個体は特に骨を好物としていたが、見つけてしまった骨が、神々との戦争で敗れて死した高位の竜の骨であった。そのため、その骨に含まれていた魔力が原因で、一種イレギュラーな異常成長を遂げる。しかし、森一つを押し潰すほどの巨体と、それに見合うだけの魔力を発してしまい、怪物の探知網に引っ掛かってしまった。


 ーただの肉と思う事なかれ。大きい、重いというのはそれだけで力なのだ。より大きなものに押しつぶされるその時までー

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