妻の日常 セラ編

「な、なに!? 誰もいない!?」


 んみゅ? この大声は凜かの?


「寝坊した!」


 んー。確かに凜以外誰もおらん。いかんの、前は早寝早起きじゃったのに、大人バージョンになってから一番遅くまでぐーすか寝てしまう様になってしもうた。これでは吸血鬼失格じゃの。何とかせねば。


「それじゃあ起きるかの。どっこいせ」


 やはりこの大きな胸が邪魔じゃの。身動きする度に揺れるわつっかえるわ……ルーが羨ましいわい。


 うむ今日もいい天気じゃ。やはり朝日を浴びんと一日が始まらん。


 ◆


「おはようなのじゃー」


「おはようセラ!」


 キッチンへ行くと、ほぼほぼ朝食の準備が終わっていた。いかんの、せめて後片付けはせねばならん。皆にも起こしてくれと言うに、妊娠してからわしにも凜にも、寝ているなら起こさないでおこうと思っている様で、つい眠り込んでしまう。


「のじゃのじゃ」


「のじゃのじゃ」


「まだまだ発音が甘いのう。そうれお口の体操じゃ。むにむにー」


「きゃー!」


「パパのおなかはぷにぷに」


「コレットのほっぺも」


「させない」


「逃げないでえええええええ!」


 わしの口真似をしたコレットとクリスじゃが、発音がまだまだ甘いのう。ナスターセ家の秘奥を盗むには精進が足りん。

 言いやすいようにクリスのほっぺたを揉んでいると、だんな様もコレットにしようとした様じゃが、コレットは危機を察知して椅子から飛び降りてしもうた。これがダークエルフの危機察知というものなのか。見事じゃの。ジネット殿は倒れそうじゃがはて? 娘が見事にダークエルフに備わる能力を見せたというのに。


「おひい様御加減は?」


「いつも通りじゃいつも通り」


「それはようございました。トマトジュースでございます」


「おお! 朝はやっぱりこれじゃの!」


「坊ちゃまとお嬢様はいかがですか?」


「のむ!」


「さとうましましで」


 わしが妊娠してからアレクシアは、前にも増してわしの事を気にしておる様じゃ。何と言ってもわし一人の体じゃないからの。にょほほ! しかし不思議なもんじゃのう。特に体に変わったことはないのに、わしのお腹には子がおるとは。


「コレットよ、砂糖は太るんじゃぞ」


「じゃあついかでしおも」


「バランス取れてないんじゃよなあ。わしも子供の時に同じことを思ったがの」


「そんなことはない。ね、ママ」


「セラの言う通り、塩で砂糖のバランスはとれないわよ。つまり太るわね」


「……おばあちゃんどこ?」


「コー、おばあちゃんもきっとおなじこというよ」


「パパはコーのみかただからだいじょうぶ」


「へっへっへっへ」


「えっへえっへ。だよね?」


「へっへっへっへ」


 うむ。親子仲良きことはいいことじゃ。わしの方は父上と上手くいかんかったから、余計にそう思ってしまう。それに母上は物心付く前に亡くなっとるし。よく考えると家庭環境に難ありじゃの。母親としてやっていけるかちょっと心配になって来た。いや、アレクシアにお爺様もおったから、それほど難があった訳でもないか。


「旦那様あーん」


「あーん!」


「ママ、クーにも!」


「むむむ……!」


「ママにはコーがしてあげる。あーん」


「凜ちゃん!」


「ええい! 今度はしっかり口元を隠しよって!」


「いかがですかおひい様?」


「うむ。今日も美味なり、じゃ」


 味もそうじゃが、やはり皆で食べる食事に勝るものなし。にょほほ!


 ◆


「ちうちう」


 吸血鬼の食後と言えばやっぱり血じゃの。多くの吸血鬼は、血とワインさえあればいいと言っておるみたいじゃが、全く信じられんわい。甘味と血は別腹と、始祖の代より決まっておるというのに。と言ってもわし、だんな様とアレクシアの血しか飲んだことないんじゃが。


「ちうちう」


「胃もたれしない?」


「せんせん。旦那様の血は世界一じゃ。二位はアレクシアじゃな」


 そんな訳でだんな様の血を吸っておるが、妊娠してからも変わらず世界一の味わいじゃ。問題なのは大人バージョンだと、ちと首筋に抱き付きにくいことか。やはり胸が邪魔じゃの。ルーが貰ってくれんかのう。


「男の子かのう、女の子かのう」


「どっちにしてもセラ似の可愛い子だよきっと」


「にょほほ! それを言ったら旦那さま似の頼れる子になるの!」


 あの時、わしとアレクシアを助けてくれた時のだんな様は、そりゃあカッコイイものじゃった。


「へっへっへ」


「にょほほ!」


 幸せそのものと言っていい今じゃが、懸念と言うか、心配がなかったと言えば嘘になる。ただでさえわしを、大人の姿にするほどの強力なだんな様の血なのじゃ。赤子に影響がないよう、血を吸うのを止めようかと思っておったが、ドロテア殿が言うには、心配する必要は無いらしい。ただまあ、かなり位階の高い子供になる可能性はあると言っておったが、わしとだんな様の子でこの家で育つのじゃ。きっと優しい子供になるに決まっておる。


「ご馳走様でしたなのじゃ」


「お粗末様でした」


 いやーな奴と政略結婚する寸前だったわしじゃが、今では愛するだんな様と家族に囲まれて幸せに暮らしとるとはのう。まこと人生は数奇なもんじゃの。にょほほ!


後書き


アレクシア編は侍女が見た6で実質やっているので、次は凜編になります。

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