妻の日常 ジネット編

「ん……」


もう朝か……日差しが眩しい……はっ!? また夫に全身で抱き着いてしまっている!? 誰も見ては、アレクシアは!? いないか……。


この中で一番早く起きるのはアレクシアだが、この場にはいないという事はもう起きて、屋敷のブラウニー達の指揮を執っているな。私は夜中に起きても抱き付いていないから、恐らく起きる直前に夫に抱き着いている筈だ。つまりアレクシアには見られていないだろう。きっとそうだ。


それにこれは夫にも原因がある。無意識に抱き着いた私を、いつもそっと抱きしめ返してくるから、ついつい甘えてしまうのだ。それが無意識でもだ。つまり私だけのせいじゃない。


あ、そんな事を考えていると、丁度夫が腕で抱き寄せ……ってちょっと待ておっぱいお化けええええ! 夫の顔が普段より一層胸で埋まってるぞおおおお!


「離れんかこら!」


「すうすう」


「寝息を立てて場合か! 起きろ!」


このおっぱいお化け、胸の分重い上、ハイエルフだから筋力が強くて引き離せん! 起きろコラ!


「はれ? ジネットさんおはようございます」


「言っとる場合か! 今すぐその胸を退けろ!」


「え? あらあらまあまあ、今退きますね旦那様」


何があらあらだこのおっぱいお化け! 胸に色々吸い取られてるんじゃないだろうな!?



全くうらやまじゃなかった、油断も隙も無い奴だ。この私の目の黒いうちは、夫の死因が胸による窒息死だなんて絶対にさせんぞ。


「コレット起きてる?」


「ぐうぐう」


全くこの子は……どうしてか大の字で寝る上に、布団をいつの間にかどけているのだ。それに段々と朝に弱くなっている。夜に愛されているとは思ったが、そういう意味ではないに。


「起きなさいコレット」


「ふごふご」


ダメだ、体を揺らしてもちっとも起きる気配がない。我が娘ながら肝が太いというか図太いというか……いや、これは見方によってはチャンスだ。このまま寝ている娘を、風呂場に連れて行って髪を洗ってしまおう。未来の娘を見て不安になっていたが、この子も段々と髪の手入れを面倒くさがる様になっている。そのうち乾かすのが面倒だから、丸刈りにすると言いださないか本当に、非常に懸念している。


よし、そうと決まれば抱き上げて。


「おはようママ」


「……おはようコレット」


抱き上げようとした瞬間、娘がパチっと目を覚ました。


寝ていても危険を察知するダークエルフはよくこうなるが、体を揺すっても起きなかったのに、髪を洗われるのが危険と察知して目が覚めるなんて、ダークエルフとして、母親として膝から崩れ落ちそうになってしまう。


「かみあらおうとした?」


「ええそうよ」


しかもどんな危険かの判別まで出来ている。一流と言われるダークエルフの暗殺者が持っている能力だが、こんなことは一族の誰にも言えない……私の娘は、髪が洗われる事を危険だと察知しているだなんて……。


「や」


「ママ、コレットの髪を洗いたいなー」


「や。じぶんでやる」


「そう……」


自分の部屋が欲しいと言い出した時は、自立の心を嬉しく、そして寂しく思ったものだが、これだけは自立して欲しくない……。


「パパににただけだからあんしんして」


「パパは男の人なのよ……」


こういう時娘は、夫が普段から髪が長くなると、洗って乾かすのが手間だから短くしている事を持ち出すのだ。だから、ちょっと洗ってすぐ乾かすだけでいいと言い訳して来る。


「ママはパパがすき?」


「ええ勿論」


私とルーを助けてくれて、人のことを言えないが、不器用ながら恐る恐る受け入れてくれた夫を愛している。


「そのパパがおなじだからだいじょうぶ。しょうめいかんりょう」


「あなたって子は本当に……」


思わず頭を押さえてしまう。頭も口もどんどん達者になって、言い訳も達者になってしまった。これはもうお仕置きとして強制的に髪を洗おう。


「てったい」


「あ!? こらコレット待ちなさい!」


逃げ出した娘の口調が、時々タマの様になるのは、長く一緒に遊んでいたためだろう。ってそれどころじゃない! 今日と言う今日は捕まえて髪を洗わないと!


「コレットおはよう!」


「おはようパパ」


しめた! 丁度夫が起きてコレットの前にいる!


「あなたコレットを捕まえて下さい!」


「おっと、さては髪を洗うのが嫌で逃げ出したなー?」


理由を聞かなくても夫が理解するくらい、コレットは髪の事になると逃げだすのだ。


「パパのまねしてるだけだから。あと、ママはそんなパパのことあいしてるって」


「へっへっへっへっへ。そっかーパパの真似してるだけかー。へっへ。ジネット、俺も愛してるよー! 勿論コレットもってパパの事弄ばないでえええええ!」


私も勿論愛していると言いたかったが、夫がニコニコ笑っている隙をついて、コレットはそのまま走り去ってしまい、夫は崩れ落ちてしまう。しかも私はある程度御淑やかに走らないといけないのに比べ、娘はそんなことお構いなしに、階段の手すりを飛び越えたりして逃げ回っている。


全く! 絶対に逃がさなわいよコレット!



「ぷらーん」


あの後なんとかコレットを捕まえて髪を洗ったが、その娘はぐったりして私に抱えられている。本当に何でこんなに嫌がるのか……。

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