幕間 ドナートのおじさん
宰相からヘルプのお手紙が届くちょっと前の話になります。
◆
「クリスお兄ちゃん、コレットお姉ちゃん。今日はお客さんが来るからねー」
「だれがくるのー?」
「おーきゃーく-さーんー」
「ドナートのおじさんって言う人が来るんだ」
祈りの国と定期的に手紙で連絡しているリリアーナが知らせてくれたが、クリスが生まれてからずっと顔を見に来ようとしていたドナート枢機卿が、この度遂に時間が空いてウチに来れるようになったらしい。
しかし枢機卿の仕事も大変だな。リリアーナの時の悪魔騒動に始まり、騎士と魔法の国による紛争、小大陸とここ数年事が多すぎたからずっと対処しているのだろう。それにあわせて何十年も会ってなかったのが嘘のように、ベルトルド総長も含めて交流しているのだから、世の中何があるか分からない。最近総長の所に行っても、血圧が上がるだけで以前の様に緊張してないしな。
「ドナートのおじさん?」
「だれだれ?」
「ドナートのおじさんはね」
はて、なんと説明しようか? よくよく考えると祈りの国の枢機卿でほぼ次期教皇って大分凄いぞ。いわば大陸のナンバー2だ。それにおじさん呼びはマズいかな? いや向こうはお忍びだからいいか。うーむ。
「うふふ。ドナートのおじさんはね、ママのお友達なの」
「へー」
「リリママー」
「そうそう。リリアーナママのお友達」
つい悩んでいるとリリアーナが助け舟を出してくれた。祈りの国で一緒に仕事していたから友達だ。肩書が聖女と枢機卿というとんでもない物であってもだ。
おっと話をすれば街の外に転移して来たみたいだ。お茶の準備をしないと。
◆
「これはユーゴ殿、わざわざ申し訳ありません」
「いえいえ、ようこそいらっしゃいました」
やはりお忍びらしい。あまり目立たない姿でやって来たドナート枢機卿を門の前で出迎える。だがまあ見るものが見れば分かるだろう。尤もそれは高貴な立場な者という意味でなく、元勇者でもあるため戦う術を極めた者という意味で、老いて事務仕事中心になっても、まだ若干残り香の様な物が残っている。
「小大陸もほぼ片付きましたか」
「ええ、もう後は現場レベルの話で片付く話になりました。いやはやようやく一息つけそうです」
庭で少し世間話をしながら歩く。
思えば小大陸に関する最初の会議も一緒に出てたな。あれから何年も掛かりっきりだったと考えたら上の立場も苦労するな。やはり小市民が一番楽だ。
「どうぞお上がりください。リリアーナと子供達もいます」
「お邪魔致します」
家に入り客室までドナート枢機卿を案内する。
彼の目的はリリアーナとクリスだが、折角なのだ。コレットの姿も見ていくがいい。
「この部屋です」
扉を開けると部屋には、リリアーナとお茶の準備をしてくれているアリー、お行儀良く座っているクリスとコレットがいる。
「お久しぶりですねドナート枢機卿」
「リリアーナ様お久しぶりで御座います」
1度か2度ウチにやって来ているドナート枢機卿だが、大慌てな事件でやって来たから禄にリリアーナと話して無かったはずだ。そう考えると結構久しぶりなのか。
「彼女も私の妻で、アレクシアといいます」
「アレクシアと申します」
「これはご丁寧に。祈りの国の枢機卿、ドナートと申します」
そしてある意味本命の。
「息子のクリスと娘のコレットです」
「クリスおにいちゃんです!」
「コレットおねえちゃんです!」
「これはこれは、ドナートといいます。クリス様、コレット様、よろしくお願いいたします」
「あ、ドナート枢機卿、子供ですから様はどうか」
「分かりました。ところで……」
元気よく挨拶する我が子達。うーん写真撮りたい。って違う違う。
クリスもコレットも子供だから様付けは遠慮して貰おう。母親のリリアーナとジネットの立場はかなり高いが、出来れば普通の子供として暮らして貰いたい。
それと分かってるよドナート枢機卿。2人ともお兄ちゃんとお姉ちゃんって言うからちょっと意味が分からないよな。分かったのはついこの前だし。
「実は他の妻が2人妊娠してまして」
「なんと!? それはおめでとうございます! お子様が4人になるのですな」
4児のパパ。ふふふ。何と素晴らしい響きだ。ははは、はーはっはっはっは!
「おっと忘れておりました。クリスさ、君とコレットちゃんにお菓子を持って来ておりまして」
「これは、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
ドナート枢機卿が持っていた包みを机に置くと、お菓子という単語に反応した子供達が、俺の服の端を掴んで小刻みに引っ張っている。お客さんの前だから静かに意思表示をしているのだ。ちゃんとお礼も言えて偉いぞ2人とも。
「お茶も入れて頂いた事ですし、どうぞ召し上がって下さい」
「ありがとうございます」
では遠慮なく開けてっと。うん、匂いからして焼き菓子だと思った。
「これをどうぞ」
「ありがとうアリー」
控えていてくれたアリーからお皿を貰い子供達に配る。
「これはあかちゃんのぶん」
「そうそう」
すると子供達は、お皿に乗った焼き菓子の半分を空いた皿に移していた。まだ産まれていない自分達の弟妹の分と言って……。
「すいませんドナート枢機卿。ちょっと席を外します」
無理、限界。
ちーん!
ちーん!
ぐす。手を洗ってこないと。
「ドナートのおじさん、まほうのおいかけっこできる?」
「ええ出来ますよ」
「じゃあしよう!」
「しようしよう」
手を洗って戻ると、もうお菓子は食べ終わったらしく、子供達はドナート枢機卿に遊びのお願いをしていた。遊びの内容は、術者が小さな光の玉を出してそれを追いかけ合うという、魔法を習いたての者がよくする練習の様な物だ。
「はて? ではリリアーナ様と」
「いえ、クリスもコレットちゃんも魔法を使えるんです」
「なんと!? そんな事が!?」
ふふ、どうやらドナート枢機卿は、リリアーナと光の玉を出して移動させればいいと思ったようだが、違うんだなこれが。ウチの子供達もう魔法使えるんだ。
「【ピカー】」
「【ピカ―】」
「なんとまあ……」
小さな光の玉を出した子供達に、呆然としているドナート枢機卿。うちの子達凄いでしょう。
「おっと、では私が追いかけましょう【光よ】」
「まけない!」
「コーはさいそく」
「さて、私も中々の物ですぞ」
我に返ったドナート枢機卿も光の玉を出して、子供達が出した光を追いかけ始めた。魔法に詳しくないからよく分からんが、魔力の操作や集中力に効果がある練習らしく、最近よくジネットとリリアーナがこうやって子供達と遊んでいる。当然俺も婆さんに習おうとしたが、坊やには魔法の適性は無いと言われて悲嘆に暮れている。だが俺は諦めない。パパは子供達と遊ぶための努力は惜しまないのだ。
「むむむむむ」
「むむむむむ」
「いやはや、いやはや……」
子供達が可愛らしく眉間にしわを寄せて集中しているが、とてもこんな年の子供が操作する光の玉とは思えないのだろう。部屋中を逃げ回っている子供達の光を追いかけながら、しきりにドナート枢機卿は首を横に振って言葉も無いようだ。凄いだろう。
「おっと行き止まりですぞ」
「あ!」
「やーらーれーたー」
暫く追いかけっこをしていると、ついに子供達の光が部屋の隅に追い込まれてタッチされてしまった。伊達に歳食ってないな。追い込み方が上手い。
「じゃあつぎはどなーとのおじさんがにげるばん!」
「コーとクーはべすとたっぐ」
「ははは、分かりました」
次は子供達が追う番か。パパは応援してるぞ頑張れ!
「最近は皆様落ち着かれましたか?」
「はいリリアーナ様。これもユーゴ殿のご助力あってこそ。改めてお礼申し上げます」
「いえいえそんな」
「安心しました」
子供達が集中しているので大人の会話が出来るが、ドナート枢機卿の光の玉は会話をしながら目線を向けなくても、子供達の光の玉から付かず離れずを維持している。
頑張れ子供達!
◆
◆
「コーはみぎ!」
「クーはひだり」
少し世間話をしていると、コレットとクリスが決めに入った。ドナート枢機卿も一旦終わらせ時と思ったのだろう、部屋の隅に追い詰められるふりをすると、左右に分かれた子供達の光に挟み撃ちにされて捕まってしまった。
「やった!」
「コーとクーのかち」
「いや参りました」
「うふふ。ほら2人とも汗を拭きましょうね」
汗をかくほど集中していた子供達をリリアーナがハンカチで拭いている。
俺も、俺もあれで子供達と遊びたいいいいいいいい!
「ドナートのおじさんもういっかい!」
「つぎもかつ」
「すいませんドナート枢機卿」
「いえいえ、まだお話しする事もありますのでお気になさらず」
すいませんね付き合わせて。でもリリアーナも久しぶりに会えて嬉しそうだからもう少しお願いし……この気配覚えがあるぞ。確か宰相のところの暗部の長の筈。宰相が俺を頼るなんてよっぽどの事が起きたな。普段世話になってるから喜んで応えるが、そのよっぽどの場合、子供達とリリアーナと話しているドナート枢機卿も駆り出される可能性が高い。ちっ、何が起こったか知らないが、原因には覚悟して貰おう。
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