六玉王2

「そうそれよ。異世界ってのはどういうことだ?」


"怒髪天"マグスタンの言葉に、ピーリース以外の全員が頷く。


「まあ理論的には可能だろうが、我々全員の力を結集しても別次元への穴を少し開けるのが精々だろう」


「ヒヒヒ確かに。それに座標が分からないと無駄足になる。でも見つけたからと言うにはどうにかしたんだろ?」


「どうやって?」


「私が聞きたいくらいさ」


魔法に精通している"研究者"リャヴォンと"千毒千病"カリアが、異世界への通行自体は可能と意見を言うが、どちらかというと懐疑的な様だ。


「いやこれが全くの偶然でしてね。僕が密かに訓練してたら開けちゃったんですよ。その世界への穴を」


「ちっ」


舌打ちするマグスタン。他の王たちもそこまで露骨にしないまでも苦々しげで、彼等の脳裏にはピーリースの能力が脳裏によぎっていた。


「それでそいつらが弱いってのは本当か?」


次に質問したのは"疾踪"ヒュタリ。魔界の獣人達にとって弱者をいたぶるのは本能のようなもので、定期的に足や腕の一本をもいで悲鳴を聞かないと落ち着かないのだ。


「ええ、ここ半年ほどずっと調査に特化したものを送って調べていましたからね。まあ休眠状態にある、滅んだ蜥蜴族に似た奴が少し面倒かなといっただけです」


「面倒ってどのくらいだよ?」


「エネルギーでしか計測できてませんが、我々より少し少ない総量かなと言ったところです。ですがさっきも言った通り完全に寝ています。あれはちょっとやそっとじゃ起きませんし、確認できたのも一体だけでした。本当はもう少し調査したかったんですけど、皆さん限界でしょ?」


「けっ。邪魔ならぶっ殺してたのによ」


「面倒事が少ないならその方がいいだろ。ピーリースの言う通り我慢の限界だ」


「確かに」


名前通り血の気の多いマグスタンががっかりしたような声を出すが、他の玉王達にとっては面倒事は少ない方がよかった。


わざわざ戦いに行くのではないのだから。


「それで数は?」


「さて、戦国時代に突入する前の魔界並みにいるとは思いますよ」


「十分じゃの」


「うむ」


「女は?」


「いますよ。多分繁殖に適してると思います」


「ならいい」


「俺も。弱いのが多いならそれでいい」


十分な数の実験体、生贄、餌、繁殖用の女、玩具がいると満足する玉王達。


「それでピーリース。お前はいろんな奴をひっくり返して満足と」


「ええ。いやあ楽しみだなあ。向こうの生物は内返しにしたらどんな色なんだろう」


「けっ気味悪い奴だ」


「まあ僕の趣味はいいじゃないですか。では多数決しましょう。行くが多かったらその間休戦という事で」


上がった手は6つであった。





剣の国の王都は静寂に包まれていた。


これは別に死の都となったからではない。


原因は大通りを歩く異形の集団にあった。


我慢が効かない可能性を考え、異形達は海洋生物や蛇人が主体である。


そして6つの旗を持った使節団と言えば聞こえはいいかもしれない。


しかしその実態は、この王都を陥落させられる化け物達が20と少し。


剣の国はまさに国家存亡の危機にあった。



剣の国宮殿 玉座の間


「使者殿、つまり我々に家畜になれと?」


「少し違う。家畜の世話人になれと言っている。主達はお前達が絶滅すると、また面倒だと考えておられるのだ。だから数は一定に保たれる必要がある。そしてそのための栄誉ある役目をお前達に与えようと言っているのだ」


近衛兵どころか勇者、重臣達、王までも目の前の異形達の圧に震えていたが、剣の国の宰相だけがその鷹のような鋭い目で異形達に詰問していた。


「期日は?」


「明日だ。超えた場合は貴様らから連れ去る」


そのあまりの短い期限にざわざわし始める玉座の間。だが誰も断った場合は?などと馬鹿な事は聞かなかった。

相手がいきなり人種のほぼすべてを連れ去るから、残りが絶滅しないよう管理しろなどと言い出す悪魔達ゆえ。


「……ところで使者殿達の主殿に会う事は可能かな?」


「時間稼ぎは無意味だ」


「いいや、使者殿達の武勇の程は文官の私でもわかる。そしてそんな使者殿達の使える主殿はとてつもなく偉大な方なのだろう。どうしても一目見てご挨拶したいのだ。そこでしっかりとお返事をしてから帰り、偉大なる方を皆に知らしめる必要もあるので」


「……分かった。我々と来るがいい」


偉大なる主達にこのような者を誰が連れて行くのだと思った使者であったが、宰相の言葉に一理あると思い直し同行を認めた。


「感謝いたします。それでは正式な国書を書きますので少しお待ち頂きたい」


「分かった。だが長くは待たん」


「ええご安心ください。すぐに終わらせます」


空白の巻物1つと手紙2つ書くだけなのだ。すぐに使者達と宰相は王都を発った。





「ここが……」


「そうだ。穴は徐々に固定化しつつある。本隊と主達はまだ向こうにおられる」


宰相と護衛達が連れてこられたのは、剣の国の王都から程々の距離に位置する何もない平原であった。いや、何も無いはずの平原であった。現在そこは空間が縦に渦巻くという摩訶不思議な現象を起こしており、使者の話によればこれを超えた先に魔界、そして大陸を蹂躙する軍とそれを率いる主達がいるらしい。


「それでは行くぞ」


「ええ」


宰相達が渦の中に足を踏み入れても、浮遊感は感じなかった。


「なんという事だ……」


だた絶望は感じた。


見渡す限りの異形、異形、異形の群れ。


悪鬼の軍が向かう先は大陸世界。


「ひっ」

「神よ……」

「あ、あ、あ」


そんな物を見たのだ。宰相の護衛達は失禁する者、絶望に今すぐ死を願う者、ただただ言葉がない者達ばかりであった。


「使者の任ご苦労でしたね。その連れてきたの者達は?」


「剣の国の宰相デクスターと申します」


「祈りの国の枢機卿ドナートと申します」


「これはこれは」


宰相の手紙は即座に祈りの国に届けられた。内容は当然魔界の事で、出来れば枢機卿の誰かを送って欲しいというものであった。まあ一国で対処出来るものであるはずもなく、泣き付いたと言っていい。


そこで派遣されたのが教皇の信認が最も厚く、かつて勇者も務めていたドナートであったことは宰相にとって喜ばしい事であった。もう一つの意味でも。


「祈りの国、調べた限りでは、そちらの世界の代表の様な国でしたかな?」


「大陸代表とは言いませんが、祈りの国を代表しては参っております」


「ははあ、まあ時間稼ぎに付き合いましょうか。他の5人が揃ってなくてですね。全く時間にルーズにもほどがある」


ピーリースは彼等の意図を察していたが、実際にそろそろ集まっている筈の他の玉王達が姿を見せないため、暇つぶしにはいいかとドナートに付き合うことにした。


「我々の世界の人種を殆ど連れ去って何をなさるのです?」


「ええっと、人体実験、生贄魔法用の生贄、繁殖用の女、餌、解体したり悲鳴を聞くための玩具ですね」


「……そ、それは本当のこ、事ですか?」


「ええ勿論。いや困ってたんですよ。手ごろな生き物がいなくてですね」


真っ青になった宰相とドナートの姿に、ピーリースはつい悪魔としての嗜虐心を刺激されてしまう。


「で、ですが、ま、まだ穏便に済ませるこ、ことは出来るのでは?」


「おやおや、汗がすごいですが大丈夫です? しかし穏便ですか。いやあ、もう集まった兵も今か今かと待ってましてね。どれ少し聞いてみますか」


恐怖に震えながら言葉につっかえる2人を見ながら笑みを深くして、ピアースは背後に控える群に振り向く。


「殺戮を望む者は?」


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


「すいませんどうも穏便に済みそうにないです」


全ての異形が答えた。欲を満たすと。死を望むと。


天地震わす異形達の声に、ついに死人の様な顔色になった2人。

そんな時、他の玉王達が軍の前に揃った。


"内返し"ピーリースが


"女王蜂"クインが


"怒髪天"マグスタンが


"千毒千病"カリアが


"疾踪"ヒュタリが


"研究者"リャヴォンが


世界を破滅に誘う恐るべき六玉の王達が。


「ああご紹介します。他の魔界の王で、我々は六玉王と呼ばれています」


「あ、あ、あなた方も死と破壊を、お、お望みか?」


「当たり前の事を何言ってるんだ? こいつらはなんだ?」


「いえちょっと暇つぶしをしてまして。あ、そうだ。答えを聞いていませんでしたね。といっても、はい、しかないでしょうが」


震える声で質問する宰相を訝しむマグスタンであったが、ピーリースはそれを流して家畜の飼育係に就任するかの答えを聞く。尤も断られるとは全く考えていなかったが。


だから意外であった。


「こ、こ、断ります」


「おやまあ」


答えは否。


心底意外な答えを聞き、珍しく目を丸くしてしまうピーリース。


「こ、こ、こちらも最後にお聞きした。ほ、本当に止めるつもりは、な、ないのですな?」


「ははは。ええ勿論。しかしまあ断られるとは」


だが最後の慈悲にすがろうとしたのだろう。ドナートの言葉につい苦笑をピーリースは漏らしていまう。


「ああご心配なく。あなた方はちゃんと帰らせてあげますよ。御自分の判断が何を招いたかじっくり見ているといいでしょう。では宣戦布告という事で。行きましょうか皆さん」


そして真っ青な顔のまま、慌てて渦の向こうへ逃げ去る宰相とドナート達に声を掛けながら、ついに魔軍は前進を開始し


「なら死ね」

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