北の国5

「狂った炎の精霊だあ?」


「うん……」


(ははあ、大陸中央の寒波の原因は、そいつから雪やら氷の精霊が逃げてきたからか。だが珍しいな)


「この北の国で、炎の精霊が狂うくらいの魔力が起こったってのか?」


通常精霊が狂気に陥るのは、自分の総量を遥かに超える魔力を蓄えてしまった場合が殆どである。しかしここは北の国。氷の精霊が狂ったならともかく、炎の精霊がそうなるほどの火の魔力があるとは思えず、エドガーもユーゴと同じことを思ったのだろう。エイラにそう問いかけていた。


「逃げてきた氷の精霊から聞いたんだけど、氷の海の先で一日中太陽が沈まなかった日があったらしいの。それで火の精霊がおかしくなっちゃって……」


(ははあ、こっちにも白夜があったんだな。それで普段よりもずっと火の魔力にあたる時間が多かったせいで過敏に反応したんだろう)


ユーゴは故郷であった、太陽が沈まない現象を思い出して1人納得する。


「じゃあそいつが原因でこんなことになってるから、ぶちのめしたら解決するんだな?」


「うん。後は私が他の精霊たちに帰って来てって言ったら元に戻ると思う。このままじゃあ自然のバランスが崩れて精霊達がどうなるか分からないの。お願いエドガー助けて」


「ちっ、仕方ねえな。そう言う依頼でここに来てんだ。やってやるよ」


「ありがとうエドガー!」


(この野郎、俺の依頼を受けるのゴネといてそれはないでしょ。と言うか2人だけの空気醸し出すの止めて貰えませんか? ねえご家族の皆さん)


エドガーとエイラの間でどんどんと話が進んでいくのを、ユーゴは妙に納得がいかないと首をひねりながら、置いてけぼりを食らっているエドガーの家族に視線を向ける。


「おら、話は纏まったから氷の海の方へ行くぞ。セシルついてこい。ちゃんとした仕事だ」


「あ、待ってよ叔父さん!」


エドガーは要件が終わったからもうここに用は無いとばかりに、セシルとエイラを連れて足早に屋敷を去っていく。一方ユーゴは。


「なんと言うか、後は若い2人でと言うのも限度が……」


「ですな……」


蚊帳の外に置かれていたエドガーの家族達と愚痴をこぼし合っていた。



「何だこりゃ」


「氷の海が……溶けてる」


早速エドガーの転移で大陸最北、氷の海にやって来た一行であるが、そこで目にしたのは氷の海とは名ばかりになっている常夏の海であった。


「エイラ、お前この暑さで大丈夫か?」


「うん。でも早くしないと……」


(誰だこいつ? 人の心配するとか……。さては親御さんから氷を頭に食らったせいで人格がおかしくなったな。つうか仕事だぞ仕事。イチャイチャするのは止めるんだ)


「それでそいつは?」


「今は雲の精霊に頼んで太陽を遮って貰ってるから大人しいけど、それを止めたらすぐ活発になって現れると思う」


「ならそれを止めさせろ。とっとと終わらせるぞ」


「うん」


エドガーの言葉を了承したエイラは、顔を空にあげて何か思念を送っている様だった。


「よっこいしょっと」


「え!? ユーゴさんどうしたんですか?」


「いやあ、エドガー君。エドガー!く!ん! に頼んだ依頼だしさ。後はお任せしようと。それと彼女さんにいいとこ見させてあげたいと言う老婆心も少々。あ、セシルちゃんも座りなよ。後は若い2人に任せよう」


「てめえを先にぶっ殺してやらああああああああ! ぐおッ!?」


「ああエドガー!?」 


流木に腰を落としたユーゴに、彼がすぐに終わらせると思っていたセシルが疑問を覚える。叔父とカークの両方を一度に相手をして圧勝するユーゴなのだ。本当にすぐ終わると楽観視していた。しかしどうやらユーゴにはやる気が無い様で、襲い掛かって来るエドガーをデコピンで吹っ飛ばしながら完全に観戦の構えだ。


「ほら悪ガキ来るぞ」


「あ? ちっ、おらお前も離れてろ」


「いや! 私もエドガーと戦うんだから!」


「足引っ張んじゃねえぞ!」


「うん!」


(また変なのが出てきたな)


太陽を隠していた雲が霧散し始めると、そこから差し込んできた日の光の周りからポツポツ、そしてメラメラと瞬く間に炎が巻き起こり、一気に実体化して一つの形を作り上げる。


それは、炎とは正反対、そもそも物質として実体を持たない筈なのに。


まるで雪の結晶の様な巨大な体をしていた。


『オオ、ooooo、おおおおおお!』


「【凍てつく 北の 極風よ 鋭き 剣となりて 敵を討て】!」


結晶体の様でありながら燃え盛る矛盾の存在を、エドガーはそんな事知るかと"6つ"の言葉を唱えて討ち果たそうとする。


『aaaaaaaaaaa!』


しかし炎はもはや意思無き存在にも拘らず、これも結晶の様な火の粉を周囲に散らして、熱で冷たき極風の向きを逸らし、ついでとばかりにエドガー達の周囲にも火の粉を撒き散らす。

地面に落ちた火の結晶は、まるで実体があるかのように突き刺さるとどんどんと大きくなり、一抱えの岩ほどの大きさに成長して砂浜を赤く照らし続ける。


「エドガーはやらせないんだから! 【舞え 遮れ 雪降れ 粉雪よ 防げ】!」


触れると危険だと判断したエイラは、エドガーと自分の周りに雪を降らせて火の粉を迎撃する。


「【海よ凍れ 柱となれ 槍となれ 立ち上がれ 隆起しろ ぶっ刺せ】!」


エドガーは風が逸らされるなら実体のある氷の槍はどうだと、炎の精霊の背後にある海を凍らせ、そこから無数の氷の槍を炎の精霊に突き立てようとする。


「ちっめんどくせえな!」


だがしかし、小さな火の粉がそうであるなら本体もそうであった。


貫いたと思われた氷の槍は炎の精を貫通することなく、むしろそこから結晶が纏わりつくように氷の槍を蝕み始め、最後は凍った海面を溶かしてもなお収まらず、水中で炎の結晶を咲かせて燃え盛る。


「相性悪いのもあるけどめんどくさ。触れねえじゃんあんなの。解説のセシルさんはどう思われます?」


「す、助太刀しないと! ぐえっ!?」


「あ、ちょっとセシルちゃんにアイツの相手はまだ早いかなあって」


ユーゴが暢気に構えている横で、セシルが慌てて腰の剣を抜きながら、エドガー達の加勢をしようと駆け出す寸前、ユーゴに服を引っ張られて首が締まり、乙女が出してはいけない声を出してしまう。


「どうしようエドガー!? あいつ多分!?」


「わあってる!」


炎にも関わらず地面に突き刺さる、水中でも燃え盛る。それはつまり、自分の魔力を世界に押し付け、あり得ざる現象を起こしているという事だ。それを人の定義ではこう表現する。


「"7つ"だ!」


「クソが!」


『おおおおおおおおおおおおおおお!』


更に放出され始めた火の粉に、段々とエイラの粉雪が足りなく始める。

じわりじわりと火の粉が近づき始める。


「【凍てつく 巨大な 氷の 山よ あの炎を ぶっ潰せ】 潰れろやあああああああ!」


極風のカッターのような風による線でも、氷の槍による点でもダメとなれば、大質量の面での圧殺をエドガーは試みる。


「や、やった! やりましたよユーゴさん!」


どしんと巨大な音と揺れを伴い、氷山が炎の精を押しつぶす。完全に氷山が地面と接地しているのだ。どう考えても炎の精に勝利したとセシルは喜んでいた。隣のユーゴは、あーあとそんな彼女を見ていたが。


「はあ、はあ。んだと!? こ、このクソ野郎!?」


「エドガー!?」


だがエドガーは、氷山が落着してすぐにエイラを抱えて距離を取る。


『お、お、オ、おお、ooooo、おおおおおおおおおお! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


白い氷山の中にはっきりと見えた赤。赤。赤。赤い枝。


炎の精は押し潰されたのではない。全く歪まず、全く折れず、そのまま氷山に突き刺さり、そのまま中から炎の枝を伸ばしたのだ。


しかもそれだけではない。燃え移る先が出来たとばかりに、氷山のあちこちから結晶の枝先が生え伸び始め、炎の精は更なる巨大化を果たす。


『WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』


(クソが! 俺の命を削って殺しきれるか!? 相性が悪いから断言できねえ!)


最早見上げる程の巨大さに成長した狂える炎の精を見たエドガーは、自身の切り札、命を燃やして"7つ"の魔法の行使を決断するが、炎と氷、絶対的な相性の差に、果たして確実に目の前の敵を殺して、かつエイラとセシルの安全を確保できるか悩んでいた。


「ごめんエドガー。私がこんなことに巻き込んで」


「んなこと言ってる場合か! とっとと逃げろ!」


「ううん。ここでこいつを逃がしたらどうなるか想像もできない。だからね。ばいばいエドガー。大好きだよ」


「て、てめっ!?」


自分が物心ついた頃から常に傍にいた存在が、自身の力を暴走させて自爆しようとしている事を感知したエドガーは、思わずエイラをきつく抱きしめ何処へも行かない様にする。意味が無い事はエドガーも分かっていた。そんな時、助けを求めるように彷徨っていた視線がある存在を捉える。


その存在は。


座ったまま手をヒラヒラと振っていた。しかもご丁寧に頑張れと声援付きだ。


「このクソ野郎がああああああああああああ! エイラあああああああああああああああああああ! その力寄こしやがれえええええええ」


「エ、エドガー!?」


エドガーは壁を越えた。


いくら相性がいいとはいえ、他の存在、爆発の臨界点を迎える寸前だったエイラからその魔力を抜き取る離れ技を行うと、肉体の声、喉ではない、自らの核、存在そのものから力を発する。


かつて行った無理矢理のものではない。


【昇れ! 逆巻け! 渦巻け! 砕け! 切りさけ! 天への柱が! 聳え立つ!】


竜巻が巻き起こる。いや、それを果たして竜巻と呼んでいいのだろうか。


何が起こっているのか。


氷の柱である。


天まで見上げる程の氷の柱が炎の精霊を中へと地面ごと取り込んだのだ。


中では何が。


先程エドガーが出した氷山、それよりかは小さい物が、幾つも幾つも中でかき回されていたのだ。勿論槍もある。これは逆に先程より大きい。剣もある。つららもある。砂利の様に見えるのは氷の結晶であろうか。それらすべてが氷の柱の中で渦巻いていたのだ。


『おおおおお! おおおおおおおおおおおおおおおおお!』


炎の精霊はそんな異常事態であっても、再び炎の結晶を周りに突き刺し始める。いや突き刺せない。回る。突き刺せない。回る。回る。突き刺せない。突き刺せない。回る。氷山にぶつかる。折れない。氷の結晶に巻き込まれる。砕けない。突き刺せない。回る。槍が突き刺さる。燃やす。剣が刺さる。燃やす。回る。回る。つららが刺さる。燃やす。折れない。回る。砕けない。回る、回る。回る。突き刺せない。回る。回る回る。砕けない。回る回る回る回る回る。折れる。回る回る回る回る。突き刺せない。砕ける。回る回る回る回る。燃えない。回る回る。折れる折れる折れる。回る。砕ける砕ける砕ける。燃えない燃えない燃えない燃えない。回る回る回る。


回る。




消える






「おう、依頼完了だ」


「お疲れ様です! ちょうどカークさんが2階にいますよ」


「おう」


「む、依頼を受けたと聞いていたが早い帰りだな」


「けっ、楽なもんよ」


「ところでそちらの女性は?」













「私はエイラ。よろしくね!」





「ただいまー」


「む、旦那様お帰りなさいなのじゃ!」


「ただいま。今日は大人バージョンなんだね」


「うむ!」


「いやあ実はさっき似たような事があってさ。裁判しようかと思ったら大人のレディになっちゃって、残念ながら無罪放免せざるを得なかったよ」


「うん?」


「ああごめん、知り合いに春が来たみたいでね。当人は冬同士なのに。はっはっは」





精霊辞典


冬の化身エイラ


北の国に存在していた上位精霊。どうやら少年期のエドガーと繋がりがあったらしく、よく悪戯を一緒にしていたらしい。しかしエドガーの方は囁きだけしてくるエイラを単なる雪の精霊と捉えていたようで、実際の姿を見た時は酷く驚いていた。また、誰にも話していない事であるが、エドガーは北の国を離れてエイラと話を出来なくなったことを寂しく思っていた様だ。


どうやらエイラの方もエドガーを特別に思っていたようで、精霊が寿命や命の概念が希薄な事もあり、永遠にずっと一緒にいたいと考えているらしい。


精霊仲間達によると現在北の国にいないらしい。


ーはい、あーんー






"狂える炎"、"炎晶"、"炎浸"、バーラー


一日中太陽が沈まない現象を受けて過敏に反応してしまい、その周囲の活性化した火の魔力全てを取り込んで狂気に陥ってしまった炎の精霊。


姿は炎の精霊にも関わらず雪の結晶のようで実体化しており、触れた者は伸びた炎に囚われ灰となる。


人種の区分で常時"7つ"相当の魔法を展開しており、地面に刺さる、水中でも燃えるといったあり得ざる現象を起こし、相性の差もあってエドガーとエイラを圧倒していた。しかしながら最後は限界を超えたエドガーに存在の格で敗北し、天へと聳える氷の柱の中で消滅する。


ーきれいなきれいなほのおのゆき まっかにまっかにさきほこるー




ーブーメランの投げ合い楽しかったかい?-

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