北の国3

「エドガー、そちらの方は?」


「あーそのですね。あー」


久しぶりに再会した父と弟の微笑ましい挨拶、一発ぶん殴りを見届けたエドガーの兄ルーセルは、現サファイア家の当主として愛娘のセシルを泣く泣く置いて、初めて見る客人について弟に尋ねた。しかし珍しい事にエドガーは非常に言い淀んでどう言ったものかと悩んでいるようだった。これにはルーセルだけでなくエドガーの父母も驚く。次男にはなんとか余所行き出来るだけの躾は施せたが、本来のエドガーの性格や口調を思い出すと、こうも言い辛そうにしているのは初めてのことかもしれなかった。


「初めましてユーゴと申します。実は現在大陸の中央部では記録に無いほどの大雪でして、何か北の国に起きているのではないかと調査しに来たんです。エドガー君とは長い付き合いで、調査への同行をお願いしたのですよ。いやあ、エドガー君は非常に頼りになりまして、同行してくれたのは非常に助かってます」


この時エドガーの相棒カークがいれば、よくぞ殴り掛からなかったとエドガーを称えただろう。現にセシルは出来るだけ静かに扉の方に移動していたくらいだ。だが当のユーゴは久しぶりに会ったエドガーの家族に、彼はよくやっていますよと、ちょっとした善意で言ったつもりだった。

まあその結果はエドガーの蟀谷に浮かんでいるふっとい血管で分かるが。


「それはそれは、エドガーの兄でこの家の当主を務めているルーセルです」


(エドガーが年取ったらこんな感じかね。ということは実は口が悪い?)


にこやかに自己紹介して来るルーセルと話しながら、こちらを睨みつけてくるエドガーを比べて、失礼なことを考えながら彼と握手するユーゴ。本当に失礼な事に、エドガーの敬語を聞いたときによくぞ膝から崩れ落ちなかったと自分を褒めていた程だった。


「長い付き合いと仰られたが、この馬鹿息子はそれこそ馬鹿をしっぱなしでしたでしょう」


「いえいえ。あったとしても可愛いものですよ」


エドガーの父とユーゴの会話に、今度こそブチリと聞こえたセシルは、ドアノブにそっと手を置いていつでも逃げれる体勢になる。カークなら拍手喝采だ。


ユーゴは人の気持ちが分からない。


「それでお聞きしたいのですが、どうもこちらでも異常気象と言うか、この時期にこれほど晴れているのは変では無いですか?」


「ええ、はっきりと異常です。我々は何か精霊に異常が起きているのではないかと考えておりまして、会話が可能な高位の精霊を呼び出そうとしているのですがこれが中々……」


「でしょうなあ」


高位の精霊自体が希少なうえに、その上さらに人と会話出来るとなればほんの一握りだろう。大抵は大雑把な思念の上、根本的に思考が違うので彼等を理解するのは非常に難しい。


「しかしエドガーが帰って来てくれたのは僥倖でした。弟なら非常に高位の精霊も呼び出せますから」


「兄上、ちょっと顔を見せに来ただけです。ちょっと」


「何だとエドガー! まだ帰ってくるつもりが無いのか馬鹿息子め!」


(こりゃあ親父さん似だな)


訂正を入れたエドガーに再び烈火の怒りを見せる彼の父親と、黙ってニコニコしている母親を見て、兄は母に、エドガーは父に似たのだとユーゴが暢気に構えている間、もうセシルは隠すことなく扉を背にしていた。


「父上、自分にも事情というものがありまして」


「何が事情だこの戯け! 大方家同士の付き合いや貴族の作法が面倒なだけだろう!」


「うっ、それはそのう」


(エドガー選手の負け。カンカンカーン。どれ、セコンドがタオルを投げてやるか)


「それはよかった。早速エドガー君に呼び出して貰いましょう」


「そうですね。では庭に行きますか」


1ラウンドでko負けをしてしまったエドガーを助けるべく、ユーゴは本題をルーセルへ促す。


セシルはもう扉を開けていた。



「じゃあお願いするよエドガー」


「はい兄上。お前ら邪魔だ!」


「エドガー! やはりお前その歳になってもその言葉使いをやめてなかったのだな!?」


「あ、いやこれはですね」


庭に場を移した一行は、早速精霊を呼び出す事に着手する。大陸最強、6つの力ある言葉を唱えられるエドガーが精霊を呼び出すのだ。それを一目見ようと、庭の周りには叱られない様こっそりと見ている使用人や一族の者が大勢いた。大勢い過ぎてばればれだったが。


(おおっとエドガー選手まさかギブアップか? 前回の試合も1ラウンドKOされたばかりなのに!)


「まあいいじゃないですか貴方。せっかくエドガーが帰って来てくれたんですもの」


「ううむ」


(おおっとここでお母さんが助太刀だ! エドガー選手、最強の助っ人の登場に露骨にホッとしております! あの顔はやっぱり来なきゃきゃよかったか、それともとっとと終わらせて帰ろう、どちらなのでしょうか!?)


「呼びますね【来たれ大いなる雪の精霊よ】」


始まる前からすでにグロッキーなエドガーは、己の魔力と冷気を高めてこの世にあってこの世の存在でない者に呼びかける。その力を見た普通の魔法使いは腰を抜かすだろうが、悲しいかなエドガーには全く覇気が無かった。


「おお」


だが屋敷の住人達は、長らく会っていないエドガーの成長ぶりに感嘆の声を漏らす。巨大でありながら緻密な操作で操られた魔力は、まるで雪の結晶の様な魔法陣を庭の土に描き出す。


「【現れよ】」


白く光り出す魔法陣から冷気の靄が周囲に漂い、ついに高位の精霊がその姿を現した。


「エドガー……助けて……!」


「は?」


その偉大な姿を刮目して見よ。


高さはエドガーの膝に抱き着けるほど。彼と同じ青い髪は腰まで長く伸び、幼さと氷の様な美貌が合わさった顔からは涙が一筋流れている。


幼い少女がエドガーに泣き付いて助けを求めていた。


(こいつルーのことでよく俺をロリコン扱い出来たな)

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