北の国2
「はっはっは。いやあよろしくお願いしますね!」
「てめえ一体どういうつもりだ! それとその気色悪い言葉使い止めやがれ!」
「いやあ、お前さんにも立場があると思ってさ。あんな場所で悪ガキ呼ばわりも困るだろ?」
「んだとこら!?」
「あわわわわ」
冒険者ギルドの応接室に場を移したエドガーは、開口一番にユーゴへ噛みついた。ユーゴに言わせると気を効かせて敬語で話していたのだが、数年ぶりに会った仇敵に敬語で話されたエドガーはむしろ悪寒を感じたようで、血管を浮かび上がらせながら怒鳴り散らす。
その間セシルは哀れな事にあわあわ言っているしかなかった。
「それで仕事の話だけど、どうもこの異常気象の原因が北の国の方にあるっぽいから、色々案内して欲しんだよ。あそこには数回行っただけでそれほど詳しくなくてさ」
「ざけんじゃねえ! 俺を案内係にするつもりか!」
「いやあもう報酬ギルドに前払いで払っちゃったし。中々のお値段だったな、流石は悪ガキだ。」
「ぶっ殺す! ぐあっ!?」
「ああ叔父さん!?」
「じゃよろしくねセシルちゃん。早速転移で行こうか。先払いだから報酬はエドガーとセシルちゃんの口座に送られてるはずだよ」
「え!? は、はい!」
噛み合わない会話についに我慢の限界を超えたエドガーが、座っていた椅子を蹴飛ばしながらユーゴに襲い掛かったが、顔が一瞬ブレる程のデコピンをもろに食らってしまい、元居た椅子に吹き飛ばされる。
憐れなセシルは違うそうじゃないと言いたくても、気絶したエドガーを肩に担いだユーゴの前に何も言えなかった。
◆
「な、な、なんじゃあこりゃあああああああ!?」
「え? え? 嘘っ!?」
「痛ってえクソ! あ? な、なんだこりゃ!?」
早速北の国の首都の外に転移したユーゴとセシル、それと意識が戻ったエドガーは絶句していた。下手をすれば街全体が雪に埋もれている事すら覚悟していた3人だったのだが、首都は晴れていた。それはもう晴れていた。雪なんかこれっぽっちも無い位に。
「おいクソ野郎! 転移先間違ってるぞ!」
「いやでもあの城、北の国のだろ!?」
「ああ!? クソ、間違いねえ! 一体どうなってやがる!?」
雪が降るどころか地面には青い草まで見える光景に、エドガーは転移先を間違ったなとユーゴに詰め寄るが、ユーゴが指さした城壁の外からでも見える真っ白な城の塔は、ここが間違いなくエドガーとセシルの生まれ故郷である北の国だと知らせていた。
「こっちはこっちで異常気象だったかあ」
「んなこと言ってる場合か! クソ! セシルだけ行かせるつもりだったが、一旦家に何があったか聞きに行くぞ!」
「え!? 叔父さん帰って来るの!?」
「ちょっとだけだ! すぐ出て行く!」
「ははあ、一度ご挨拶したいと思ってたんだ」
「てめえは来んじゃねえ死ね!」
エドガーは、暢気に辺りを見回しているユーゴを一つ怒鳴ると、自分の故郷に起きた大雪が降る以上の異常事態、何も起きていない、の原因を探るべく、家出して以来一度も帰っていない実家に顔を出す事を決める。そんなエドガーにセシルは、ようやく家に帰ってくる気になったかと思ったが、どうやらまだまだエドガーの家出は終わりそうにないらしい。
◆
「おう、ちょっと寄るぞ」
「セシルただいま帰りました!」
ここ北の国の名門中の名門、サファイア家は蜂の巣をつついた大騒ぎとなっていた。
「エドガー様がお戻りに!」
「セシル様もだ!」
「御当主様とご隠居様達にお知らせを!」
「エドガー様ご立派になられて……」
定期的に転移で帰っていたセシルはともかく、もう20年近く出奔したままだったエドガーがついに帰って来たのだ。若い使用人や一族の者にも大陸最強の名は伝わっており、大きなサファイア家の敷地全てが大騒ぎであった。
「鬱陶しいんだよ。おら散れ散れ」
「変わりませんなあ」
「けっ」
そんな懐かしい自分の生まれ育った屋敷と見覚えのある幾つもの顔に、流石のエドガーも悪態にいつもの切れが無い。
「ご隠居様達は奥の応接室にいらっしゃいます」
「おう」
(こいついいとこの坊ちゃんだったのか……。それであの口調って)
勝手知ったる我が家をズンズンと進んでいくエドガーの後ろにいたユーゴは、サファイア家の広さと一族、使用人の多さに目を丸くしていた。彼にとってエドガーは、初対面の時からいきなり辻魔法をぶっ放して来た悪ガキにほかならず、どうしてこんな大きな家の生まれで、下町のチンピラの様なあの口調になるんだと首を傾げていた。
「エドガーとセシルです」
「入りなさい」
「失礼します」
「失礼します。ただいま帰りました」
「エドガー!この親不孝者め!」
「お久しぶりです父上、母上、兄上」
(誰だこいつ? 俺の敬語を気色悪いってよく言えたな)
エドガーが扉を開くと、そこには彼に似た壮年の父と母、それにセシルの父でもある兄の姿があった。彼等も久しぶりに会ったエドガーに思うところがあるのだろう。特に顔を真っ赤にして近づいて来る父にエドガーは一発殴られるも、それでもどこか懐かしそうに挨拶していた。
一方でユーゴはそんなエドガーを見て、敬語で話した自分によくぞ気色悪いと言えたものだと思っていた。
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