北の国1

剣の国 北方のマルカの街


ここ剣の国の北方に位置するマルカの街は、すぐ北にある未開領域から襲い来る魔物達への備えにと作られた都市であり、大陸で最も多くの高位、特級冒険者が本拠地を置く人種の大拠点であった。また都市自体も巨大で重厚な城壁、隙間のない監視施設、深い堀になど戦うための準備に余念がなく、内部には数多くの鍛冶、薬、魔法を扱う専門店もあり、冒険者として自立したなら必ず訪れろと言われる威容を見せつけている。


そんなマルカの街に異変が起きていた。



「おいエドガーてめえなにしやがった! いくら何でも雪が降りすぎだ!」


「どいつもこいつも人のせいにするんじゃねえボケ共!」


「てめえしかこんなこと出来ねえだろうが!」


降る。雪が降る。これだけならそう珍しい事では無い。


「このままじゃあマジで街が埋もれるぞ! とっとと止めろ! 本気で言ってるからな!」


「よーし分かった! てめえの口と心臓を止めてやる!」


深い堀が雪に埋もれ、城門までもが半ばまで積もっていなければ。


明らかな異常事態であった。何度も何度も魔物達の襲撃を食い止めたマルカの街が、ただの雪に完全敗北すると誰が予想できただろうか。人種の盾である高位の冒険者までもが魔物に剣を向けるのではなく、スコップで建物に積もった雪を落とし、魔物を一瞬で消し炭に変えれるような魔法使い達は、あちこちに火の精を呼び出して少しでも気温を上げようとしていたのだ。


「クソッタレが! どいつもこいつも!」


そんな街全体が混乱している最中、一人の男がこの世全てが憎いと言わんばかりの表情で大通りを歩いていた。そしてそんな男の後ろを歩いている少女、いや女性は、今は下手に刺激するのはマズいと黙っている。


「あ、エドガーさん、セシルさんお帰りなさい!」


「おう」


「こんにちは!」


冒険者の一大拠点だけあり、各国にある本部にも引け劣らぬ冒険者ギルドの建物の中へ入ったその男こそ、特級最強、クソしか言えない男、精神年齢5歳と謳われるエドガーと、その姪のセシルであった。

砂の国で無理矢理"7つ"の魔法を使った反動とその巻き添えにより怪我をしたエドガーとカークは、驚異的な回復速度でコンディションを元に戻した後、エドガーは八つ当たり相手、カークは修行のし直しに、常に魔物が現れるマルカの街へ姪と弟子を連れて訪れていたのだ。


だが現在彼は人生で最も不機嫌であった。まあ、それは普段よりちょっと、といったレベルだったが。とにかく不機嫌であった。


「おいエドガー、本当に頼むよ。もう息子も雪に飽きてきたんだ」


「そのセリフこそ飽きてきたんだよ死ね!」


「なあセシルちゃんもそう思うだろ?」


「ノーコメントです」


その理由は顔見知りの他の特級冒険者達が、顔を合わせる度に大雪の原因はお前だろうと決めつけている事にあった。流石は人種の最前線であるこの街にいる特級冒険者達だけあり、余所の特級冒険者が恐れているエドガーに対して全く遠慮をしない。これぽっちも。そのせいでここ最近エドガーは、他の特級冒険者に会う度この雪を何とかしろと言われており、ただでさえ着火しやすい彼の精神は常時燃え盛っている状態だったのだ。


「ちっ。依頼があるって聞いたぞ」


「はい! 依頼内容は現在の異常気象に対する調査です。依頼人の方は北の国に原因があると考えられている様で、その調査の護衛と案内をエドガーさんとセシルさんに依頼しています。あ、報酬ですけど全額前払いだそうですよ!」


エドガー達が泊っている宿に、ギルドの者が依頼があると知らせてきたのはつい先ほどのことで、エドガーは面倒だと感じながらも一応指名された以上、依頼主から直接話を聞く必要があるとここへ足を運んだのだ。ついでに言えば事前に宿で聞いた依頼内容はエドガーとセシルにとって渡りに船で、故郷がこの雪でどうなっているか心配になっていた2人、特に殆ど家出同然で国からも出奔したエドガーにとっていい切っ掛けであった。


「ああそうかい。カークは指名されてねえんだな?」


「はい! この雪の中ならカークさんが剣の手入れでブツブツ言うのは目に見えてるからいいそうです!」


(あ? それを分かってるってこたあ初見じゃねえな)


エドガーは自分の相棒が切る事に拘っていると同じくらい、剣の手入れに拘っていて、依頼が関係ないなら雨の日は絶対外出しない事を思いながら、それを知っているという事は一度依頼を受けたことがあるか、もしくは自分達のことをちゃんと知っている相手だと予想を付ける。


「知ってる人かな?」


「かもな。名前は?」


「えーっとですね」


「ああエドガーさん、セシルさん! 私が依頼人です!」


「あ、ちょうどよかったです! あちらが依頼人の方で」


セシルも同じことを思ったようで、エドガーが依頼人の名前を聞くと受付嬢が答える前に、2階から自分が依頼人だと名乗る人物が現れた。


「て、てめえ!?」


「いやあお久しぶりですな! はっはっは!」


「ユーゴ氏です!」

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