雪
おはよう中尉。
カッ
うむ。君の延び延びになっていた昇進を謝らせてくれ。今日から君は大尉だ。ついに次は佐官か。流石だな。あ、グラサンいる? いらないか。
というか寒くない? だよね。俺もリガの街にいて記憶にない寒さだわ。え? いやあ、きちんと肌で気温を感じることは出来るよ。熱いとか冷たくて痛いって感じることはないだけで。ガキの頃はしもやけとかしたけどね。あの腫れた足の指に、針でぷつっとしたら血が流れて治らないかなあって思ってた頃が懐かしいな。というか大尉が寒さ分かる方が驚きだわ。
ああすまない大尉、話がそれた。少し温めでお湯を頼む。俺はちょっと外に出るから。皆寝てるからカーテン開けて外を見なかったけど、これはひょっとしたら雪が降ってるかも。
カッ
うむ。
この辺りで雪が降る事はないけど、ちょっとだけでも降ってたら、小さな雪だるまを作ろう。さあてどうなってるかなあ。ドアオープン。
は?
「な、な、なんじゃあこりゃあああああああ!?」
◆
「えへへへ! にーにできた!」
「おークリス。そうそう。雪玉丸めるの上手いじゃん」
「しっかし積もったなあ」
「えっへえっへ!」
「あ、コレットちゃんやったなー。えい!」
「はいコレットちゃん。雪玉補充」
⦅絶好調⦆
⦅ううー。寒いー⦆
一面の銀世界で、やって来た3人衆と子供達が雪玉を投げ合って遊んでいる。
起きてすぐはなかなか大変だった。積もった雪に興奮した子供達が、寝巻のまま庭に突撃しようとしたのだ。しかし、タマは元気に走り回っているのに、ポチは俺の服に潜り込んで顔だけ出している。これじゃあ逆だ。
⦅気温上げちゃダメ?⦆
「ダメ」
そんな気軽に恐ろしい事を言うんじゃありませんポチ隊長。それにせっかく遊んでるのに雪が解けたら皆悲しむでしょ。
⦅じゃあ我慢するー……⦆
健気なやっちゃ。それそれ顎撫でー。ここか? ここがええんか?
⦅わふっ。くぅん⦆
いやあ、しかし降ったもんだ。昨日旅行から帰って来た時はそんな感じじゃなかったのに、たった一晩でかまくら作れるほどに雪が降るとはなあ。後で作ろう。いや、作り方知らねえや。
「私、雪が積もっているのを見たの初めてです」
「祈りの国より北のこの街でも初めてじゃないのかなあ」
厚着したリリアーナが、吐息を白くさせながら感動したように雪を見つめている。きらきらした銀世界に綺麗な奥さん。パシャリ。
「セラは布団から出た?」
「うふふ。今は暖炉の前ですよ」
「吸血鬼は寒いの全く問題無いはずなのになあ」
「うふふふ」
リリアーナが感動している一方、全くその逆なのがセラだ。彼女はこの寒さを嫌がり、朝食を食べた後すぐ布団に逆戻りしていた。他の奥さん達は特に雪を珍しがっていないためいつも通りだ。
「でもアレクシアさんすごいですね。屋根の雪をさっと下ろしてしまうなんて」
「ほんとにね」
いや、もう1人普段と違う行動をしている奥さんがいた。アリーだ。外を見た彼女は、雪なんぞ何するものぞ言わんばかりに気合を入れると、少し手を動かす動作をしただけで、家の玄関から門までの道の雪を取り除き、しかも屋根に積もった雪までも綺麗に落として見せたのだ。彼女に言わせるとシルキーとしての嗜みらしい。シルキーってすげえ。
しかしリガの街でこの雪なら、北の国はとんでもない事になっているだろう。流石の魔物達も活動してないだろうが、彼等の先祖は船で大陸北に入植したため、周りに国家が無くどこからの援助も期待できないし、普段の冬だって情報がかなり少なくなるくらい閉ざされるのだ。後でちょっと様子を見に行ってみるか。
「夫婦仲良く話してるとこ悪いがね。どうもこれは自然現象じゃないよ」
「うげ」
「まあ、ドロテア様ったら」
このクソ寒い中、息も白くならない婆さんが不吉な事を言いながら外に出て来た。大丈夫婆さん? ほんとに生きてる?
「具体的には?」
「多分精霊だね」
「うげげ」
あいつら規模がでけえんだよなあ。昔セラの爺様がいるとこで倒した雲のお化け精霊なんか、爆発したら夜の国の半分以上吹っ飛んでたぞ。
「狂ってる?」
「さあて、そう単純じゃないかもしれん」
「うげげげ」
もう自我が無い精霊はしょうがないから倒していいんだが、自然の一部としてまだ機能している奴を倒すと、どこかで環境の歯車が狂ってまた別の問題を起こす事がある。勿論自我を失う程暴走している方が強いのだが、俺にとって単純に終わる分そちらの方がよかった。
「婆さんが行った方がいいんじゃねえの? ほら、自然との調和ってエルフ得意じゃん」
「私はエルフとして出来が悪くてね。得意なのは壊す事だけなのさ」
なんつう婆だ。破戒僧じゃなくて破壊婆とは。いいかいソフィアちゃん、この婆さんに似ちゃだめだよ。
はあ、また出張かあ。最近結構ゆっくり出来てたから油断したなあ。ごめんよ皆……ちょっとお出かけしないといけないかも……。
「パパ!」
「パパパパ」
「どうしたんだいクリス! コレット!」
可愛らしい満面の笑みの我が子達が近づいて来る。何故か手を後ろに回して。
「あのね」
「あのねあのね」
「うんうん!」
決して避けてはならない。なぜならパパとしての義務だから。
「えい!」
「とお!」
「うわっ!? やったねー! 待てー!」
「きゃあー!」
「にげろー!」
満面の笑みのまま投擲された雪玉2つはそのまま俺のズボンに直撃し、それを確認して逃げ出す子供達を追う。
あ、そうだ。北の国ならあいつも連れて行こう。
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