お通夜会合
「……それでは会合を始める」
異様な雰囲気のまま会合の開始を告げるコルトンに、参加した大部分の者達の視線が集まる。しかしコルトンは出来るだけ人の顔を直視しない様すぐ視線を机に戻し、参加者達は一体コルトンに何があったのかと思わず隣の人間に顔を向けるも、同じような表情をしている者ばかりだった。
そうなると人は想像する生き物で、大組織のボスであるコルトンがこうなる原因は、他の大組織と何か軋轢や抗争が起きて会合どころでない状態ではないかと推理した。実際、彼の護衛として後ろに控えている恐るべき使い手、"旋風"は腰を落としていつでも動ける態勢であり、視線も左右どころか上下まで見渡し、時にはすぐ後ろは壁しかないにも関わらず、手で触って何も無い事を確認している念の入れようなのだ。しかも、連れて来ると思われていたコルトンの孫の姿が無く、これは危険だから直前に返したのではないかと一同は思った。
これは絶対に襲撃か抗争間違いなしと判断した参加者達は、その抗争相手として最も可能性のある"百舌鳥"のボス、バガンに視線を集まる。しかし、そのバガンも尋常でない様子であった。何度も何度も水を飲みながら、額から滴る汗をこれまた何度も服の袖で拭っているのだ。しかもよく見ると手に持ったグラスは小刻みに揺れていた。
「……バガン。今回の"青の歌劇"と"満月"、この両者が壊滅したことで生じた空白をどうする?」
コルトンが最初に上げた案件は、2つの闇組織が壊滅した事で生じた、裏社会の空白地帯についてだった。両組織とも本拠地となる場所こそなかったが、支部や隠れ家は各地にあり、その周辺は裏の世界では誰も所持していないのが現状であった。
そんな空白地帯を上昇志向の強い"百舌鳥"が放っておくとは誰も思っておらず、そこを寄越せと言う"百舌鳥"と、それを押さえあわよくば自分の物にしようとする他の大組織間の舌戦を予想していた。
「あ!? ん、んなモン周りの奴が適当に収めりゃいいだろ!?」
「……分かった。こちらも異存ない。他に意見は?」
「……」
「……」
「無いようだな」
誰が予想しようか。コルトンに声を掛けられたバガンはびくりと体を震わせ、コップからこぼれた水に気が付くことなく、上ずった声で空白地帯はその周りにいる組織が吸収しろと、あまりにも真っ当な意見を言い出し、それを他の大組織のボス達も異論無しと合意したのだ。異様であったのは、バガンは上ずった声を出した後、しまったとまるで大声を誰かに聞かれたのでないかと身を丸め、怯えたように辺りを見渡し、他のボスも出来る限り声は出さないとばかりに無言であった事である。
「……なら一番大きな案件は片付いたな。次は」
「申し訳ありませんが、最重要の案件が片付いたなら、私はこの辺りで退席させて頂きます。同じく最重要の案件を抱えておりまして」
「私もです。こんなちっぽけな組織がいても困る事はないでしょう」
「今日は悪い事するなと信託を受けておりますので私もこの辺で」
驚くべきことが起こった。大陸裏社会のトップと言っていいコルトンの言葉を遮り、しかも彼が主催している会合から途中抜けすると宣う者が複数いるのだ。誰も、は? と言い出さないのが奇跡的な状況であった。立ち上がった彼等は、確かに会合の進行に影響が無い様な者達であったが、それでもでこんなことが許されるはずが無かった。
「ダメだ! そんな事は許さん! 絶対に!」
コルトンが発した今まで小声が嘘のような大声に、そら見た事かと他の参加者が愚か者達を嘲笑っていたが、その愚か者達は思ったよりも更に愚か者だった。
「コルトンさん。本当に最重要なんですよ。具体的には私の命が」
「ちっぽけな組織が無くなるかの瀬戸際なんです。どうか許してください」
「神様がずーっと警告してるのを、私にも面子があるから断って会合に出席したんです。もう十分でしょう?」
「ええい! だめだと言ったらだめだ! お前達にもきっちり最後まで付き合って貰う! このまま逃げようとするなら、後で必ず報復するからな!」
「そうだてめえら! ふざけんじゃねえぞ!」
「いいからここに居るんだ! いいな! 1人でも多く居る必要がある!」
「そうよ!」
コルトンの目が血走っているのを見た参加者たちは、本当にこいつらは今の状況を分かっているのかと、いっそ憐みの感情を瞳に込めていたが、他の"百舌鳥"、"船の鯨"、"鱗粉"のボス達まで怒りの声を上げるに至り、こいつらは終わったなと確信した。
「しー! しー!」
「声が大きい!」
「ボス! 声が!」
しかもその愚か者達はあろうことかボス達に声が大きいと、小声で声を張り上げると言う器用な真似をしながら口を押さえつけようとまでしたのだ。もうこれは"旋風"に殺されるなと思っていた彼等が見たのは、愚か者達と同じように、雇い主であるコルトンの口をふさいでいた"旋風"の姿であった。
「神様!? 今の声聞かれました!?」
そんな唖然とした者達を放っておいて、帰ろうとした愚か者の1人が天井を見上げて訳の分からないことを言い出す。不思議なことに口を塞がれたボス達も、全く抵抗することなくその男を必死に見ていた。
「え!? ずっとバレてるっぽい!? ここがですか!? そんな!?」
あまりにも絶望たっぷりのその声を聞き終えた一部の者達の行動は迅速であった。
消えたのだ。
「は?」
残された者達がついに声を発してしまった。それも当然だろう。今まで威厳を感じさせたコルトンも、どこか変だったバガンも、"鯨の船"も、"鱗粉"も、帰ると言い出した愚か者達も、"旋風"までもがこの場に居なかった。
「は? 転移?」
静寂に包まれた部屋にまたしても声が響く。あとに残ったのは、痛いほどの静寂とどうしたらいいか全く分からない、怪物に認識されている恐ろしさを知らない真の愚か者達だけであった。
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