家族旅行8

sideドロテア


「楽しかったかい?」


「うんお婆ちゃん!」


オアシスからホテルに戻り、夕飯も風呂も終えた部屋への帰り道にソフィアに聞くと、笑顔で頷いてくる。

不憫な子ではある。父を亡くし、提案した自分が悪いが母とは離れ離れ、ユギの奴は死ぬと来た。ユギの馬鹿め、もう少しマシに出来なかったものか。八つ当たりか。ユギは若かった戦争当時でも本当に少し先しか分からなかった。まあ自分も似たようなものだが……。

詰め込み過ぎなんだよ。元々。メインの権能だけじゃなくて、もう一つ足そうとするから、それが3つに分かれてその上能力も弱まる。あの神がもっと強力だったらと思うのは分からんでもないけどね。


「お風呂はとっても大きかったけど、おじさんのお家の方が色々あったね」


「フェッフェッ。坊やは変なとこで凝り性だからね。木の風呂に始まり、泡に電気に他色々。どこぞの王城でもあれほどじゃないよ」


坊やがソフィアを預かってくれて本当に助かった。感謝している。あの騒がしい家だからこそ、この子も明るいままでいられた。


「あ、ソフィアちゃん婆さんおかえり。ベビーベッドは……あった」


「ねーねー!」


「ばーばー!」


寝る前に坊や達の部屋に顔を出すと、クリスとコレットが手を挙げて駆け寄って来た。相変わらず坊やに似て寂しがり屋と言うか、触れ合い好きと言うか。いや、母親も両方似たようなものか。


「寝室に置こう」


坊やがどこからともなくベビーベッドを取りだして置いている。力が一時的に増して昔を詳細に思い出せたから、ようやくあれの見当がついた。あれは"運送"の権能だ。大昔に一度だけしか見たことが無かったから思い出せなかった。


「ふわあ」


「クリスくん、コレットちゃん。眠たい?」


「うん」


私とソフィアの足に抱き着いていたクリスとコレットが欠伸をしている。それもそうだろう。オアシスでは随分と遊び回っていたんだ。幾ら坊やの子とは言え水場で遊べば疲れはする。


「それじゃあ先に寝室でおねんねしようか」


「おいでコレット」


「ママが子守唄歌てあげますからねー」


ふむ。普段はリリアーナとジネットも一緒に寝ているけれど、流石に新婚旅行という事でもあって、子供が寝た後は夫婦で晩酌かい。奥では既にアレクシアが酒の準備をしている。


「きょうはねーねとばーばとおねんねするー」


「コーもそうするー」


「え!? 婆さんんんんんん!」


「婆が婆やってて何が悪いってんだい」


全く。訳の分からんこと言うんじゃないよ。それにソフィアだけで面倒見切れる訳ないだろう。

しかしクリスとコレットは、何となくソフィアとの別れが近いと感じているのかもしれない。今までソフィアと昼寝以外で寝ると言い出したことはなかった。はあ。その時を考えるとちと憂鬱になるけど、こればかりは仕方ない。教えられるだけ教えたし、何かあっても私が行けるんだ。母親のところにいたほうがいい。


「あはは! 一緒におねんねしよ!」


「コレット、大丈夫かしら……」


「あらあらうふふ。ドロテア様よろしいでしょうか?」


「いいよ。夫婦水入らずでやんな」


「まあ」


「こうやってどんどんウチのお婆ちゃんに……」


まだ言ってるのかい。


「そうだ! ちーん」


坊やが急に仰向けになって両手を胸の前で重ねている。死んだふりとは……。態々思い出す必要もない。旦那も昔こうやって子供の気を引こうとしていた。男親と言うのはどいつもこいつも考える事は同じかねえ。


「おやすみー」


「おやー」


「おやすみなさい!」


「ちゃんとトイレは言うのよ」


「うふふ。はいお休みなさい」


「寂しくなったらいつでも言うんだよおおお!」


だが坊やは全く気を引けず、そのまま別れのあいさつをされてしまい、飛び起きて座ったまま手を振っている。何とも言いようがないねえ。

しかし子供の心配をするよりも、自分の心配をした方がいいと思うけどねえ。


フェッフェッフェッ。フェッフェッフェッフェッ。




ちーん


ユーゴがこの場に居れば、思わずそう呟いてしまっただろう。


確かにまだ会合は始まってはいない。しかし、既に主だった者は集まっており、いつも通りの会合であるなら嫌味の一つや二つは飛び交っている筈なのだ。それが無く静寂に包まれているのは、会合の主役である長い机の上座に座っている者達、強力無比な裏組織のボス達があまりに重苦しい雰囲気であり、しかも時折怯えたように異常に周囲を見渡しているためであった。しかも彼等だけでなく、長い机に座る事が許された、中規模な裏組織のボス達の中にも同じような者が数人混じっており、一応会合に呼ばれはしたが、机を囲むことしか許されていない弱小の者達は、この異様な雰囲気に完全に飲まれていた。


「……それでは会合を始める」


この会合で使われる広い商館を提供し、今回の主催者でもある"金のオアシス"ボス、コルトンが机の上で組んでいた手を崩し、俯いていた顔を上げて会合の開始を告げるのであった。


後の世に伝わるお通夜会合の開始を……。

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