家族旅行7

sideユーゴ


「おじさん、この鳥さんふかふかだよ? 乗らないの?」


「はっはっは。おじさん、ソフィアちゃんも、コレットも、クリスも一遍に持ち上げられるでしょ? 力持ちな人は重たいから、鳥さんびっくりしちゃうんだ」


「そうなのお婆ちゃん? セラお姉ちゃん」


「だんな様はそりゃもう力持ちなんじゃ。わしなんか羽じゃよ羽」


「ああそうだね。世界一力持ちで、世界一番重いかもねえ」


ソフィアちゃんが、セラを肩車しながら徒歩で移動している俺を心配してくれている。なんて優しい子なんだ。それに比べて……。

世界一とか言いすぎだろ婆! 多分今の状態なら100㎏ちょっと超えた程度だよ! 多分!


「ちょっと力を込めたら、それだけで地面が陥没する坊やが何だって?」


「ソフィアちゃん、旅行は楽しい?」


恐らくtは軽く超えていることを考えると、明らかに分が悪い。ここは逃げの一手だ。


「うん! 皆と一緒に旅行出来てとっても楽しい!」


「よかった」


「よかったのうソフィア」


ソフィアちゃんの思い出旅行なんだ。満面の笑みでそう返事をしてくれるなら、旅行に来て正解だった。婆さんも微笑んでソフィアちゃんの頭を撫でている。こう見ると優しいお婆ちゃんなんだがなあ。


「いつどう見てもさ。若い頃からね」


「はいはい」


「私ってお婆ちゃん達に似てる?」


「ああ。ユギと私の若い頃にそっくりさ」


「ほんと!?」


ほんとかよ? まあ、この前見た若い頃の婆さんには似ている気がするが、魔女そのものの今の婆さんを見ると、優しいところを含めてリリアーナの方がよっぽどソフィアちゃんに似ているぞ。


「リリアーナが私に似ているのさ」


「それだけはない」


何を言うかと思えば。はは。


「そう言われるとそうじゃのう。家で話している時も、孫娘と祖母の様じゃ」


え!? セラ!? そう言われるとそうなのかな? うーん……。いや、ないない。はは。


「パパ、ばーばのことすきー?」


「すきー?」


「え!?」


婆さんの頓珍漢な話を笑って流していたら、アリーに抱きしめられているクリスとコレットが乗った4つ足鳥が横にやって来た。いやあ、アリーが慈母のような顔でいるのに見惚れちゃうなあ。


「すきー?」


「すき?」


ダメだ。子供達が許してくれない。まさか嫌いなどとは言えないし、言ったら子供達が泣き出しそうだ……。

致し方なし! 腹を括れ俺!


「す、す、すうきだよお」


「ばーばは?」


「勿論好きさ。フェッフェッフェッ」


婆ああああああああ! この魔女めえええええ!


「えへへ」


「えっへ」


「あはは!」


「フェッフェッフェッ」


子供達の笑い顔に心癒されるが、何か大事な物を失ってしまった気がする。


「わしももちろん大好きじゃぞ」


「セラーー! もちろん俺もだよおお!」


大事な物は元に戻った。


「皆さん、オアシスが見えてきましたよ」


「おお」


小さな丘を越えると、そこには少し窪んだ場所に水が広がる、そこそこの規模のオアシスが存在していた。観光客もいて、水遊びや、周囲に生えた木陰で涼んでおり、彼ら用の出店のような物も並んでいる。


「わあ! あれがオアシスなんだ!」


「ママ!? おみずがいっぱい! おふろ!?」


「おふろなのママ!? おゆなの!?」


「あれはオアシスと言って、全部お水になります」


「おあしす!?」


初めてオアシスを見た子供達が興奮し、四つ足鳥から立ち上がろうとしているのを、どうにかアリーが抑えている。海を渡って来たソフィアちゃんはともかく、家の浴槽以上の水を見たことがないコレットとクリスは、そうれはもう興奮して、アリーに問いかけていた。


「到着しました。それでは日が暮れる前、街に到着する様に出発します」


「はい。ありがとうございました」


「ママ! はやくはやく!」


「おみずいっぱい!」


「コレットちゃん、クリスくん。そんなに慌てちゃだめだよ」


「あらあら。うふふ」


「まったくもう」


オアシスに到着しても子供達の興奮は収まらず、アリーだけでなくそれぞれリリアーナとジネットの手も掴んで、早く行こうと母親達を引っ張って水まで向かっている。


帰ったらプールを作ろう。そうしよう。

いや、真面目に作らないといけないな。故郷と違ってここは大陸の、それも内陸部だ。泳ぐ機会が滅多にないから、もし水場で何かあれば溺れてしまう。泳ぎ方を教えてあげないと。まずは浅いのからだな。帰ったら裏庭で工事だ。


「不思議だ。こんな所に湖がある」


「地下から湧いてるみたいだよ」


「そうなのですね。東の国では想像もつきません」


リンが感嘆の声を出していたが、東の国が俺の故郷にそっくりなのなら、砂漠のど真ん中に湖のような場所があるのは想像できないだろう。


「そう言えば凜は泳げる? 良かったらコレットとクリスに泳ぎ方を教えて欲しいんだ」


浅い水に慣れるためのプールならともかく、本格的な泳ぐための物では、それこそ重い俺は間違いなく沈む。


「お任せください! 不肖この凜が、海の一つや二つ泳げるほどに教えましょう!」


「ではこの不肖ルーが凜ちゃんを正気に戻してあげましょう」


「ええい手を下ろさんか! 言葉の綾だ!」


「あ、ご主人様。ルーも泳げますので、その時は参加しますね」


凜がふんすと気合を入れている横で、ルーがいつでもチョップを出来る態勢でスタンバイしていた。

恐らくルーが泳げるのは、暗殺者としての訓練で習ったのだろう。という事はジネットもだな。コレットの方はすぐに泳げるかもしれん。リリアーナは……泳げないかもなあ。


「ありがとう凜、ルー」


「ご褒美はルー達にも大好きって言って欲しいのです。何と言っても新婚旅行中なので!」


「な!? はしたないぞルー!」


「へっへっへ。勿論さああ! 大好きだよお!」


「えへへ」


「あ、その、勇吾様ぁ」


セラが大好きと言ったことを聞いていたのだろう。俺に抱き着いて上目で見つめて来るルーと、恥ずかしがっている凜の両方に心の底から大好きと言いながら、それぞれ抱きしめてくるくるその場で回転する。


「パパ! おみずだよ! つめたい!」


「パパ!」


「今行くよー。さあ行こうか」


「はい!」


「ふへへへ」


「とう!」


「あいたっ!?」


しゃがんで水を触っている子供達に呼ばれて水場に近づく。

波が無いから靴は濡れていないが、もう時間の問題だろう。今すぐ水遊びしたいという感じだ。


「ポチ隊長、タマ隊長。クリスとコレットが足のつかない所に行かない様警護お願いする」


⦅はい!⦆


⦅了解⦆


「ママ!? いい!?」


「いいよね!?」


「おばあちゃんいい?」


「遠くへはだめよ。水が足首以上のところはだめ」


「うふふ」


「楽しんできな」


遊び相手をポチ達にお願いすると、子供達も手を握っている相手にもう行っていいかと急かし、許可が出ると水場に駆け出した。着替えは俺が持ってるから大丈夫だ。

そしたら俺も!


「パパつめたい!」


「えっへえっへ!」


「あ、コレットちゃんやったなー!」


「きゃあ!」


⦅クリス寒くない? 温かくする?⦆


⦅寒くも出来ます⦆


靴を脱いで水の中に足を入れると、ひんやり気持ちいい感じで、クリスも麦わら帽子を被ったまま俺を見上げて笑い、コレットはソフィアちゃんに小さな手で水を掛けて、ソフィアちゃんからの反撃を受けていた。

しかしポチとタマよ。お風呂の調節の様に言ってるけど、この規模でやるととんでもない事になるので止めなさい。


「パパ! えい!」


「やったなクリスー。それ!」


「きゃあ!」


「逃げないとコレットちゃん!」


「えっへえっへ!」


「コレットもソフィアちゃんも待て待てー」


コレットを見習って、クリスも俺に水を掛けてきたので、足元で水が跳ねる様仕返しすると、笑いながら逃げていくので、ついでに逃げ出したコレットとソフィアちゃんにも水を散らしながら追いかける。


「ポチたすけて!」


「タマ!」


⦅任せてクリス!⦆


⦅足止め作戦開始⦆


なにぃ!? ポチとタマめ、俺を足止めなんぞ100年早いわ! 食らえ! そのキュートなお顔に水しぶき!


「きゃいん!?」

⦅わわ!?⦆


「ふにゃ」

⦅作戦失敗。撤退⦆


「ポチ!?」


「タマ!?」


水しぶきを顔で受け止めてしまったタマとポチはすぐに逃げ出して、子供達の後を追いかける。そんなタマとポチに、クリスとコレットはもうやられちゃったの!? と悲鳴を上げながら逃げ続ける。


「楽しそうで何よりだ」


「うふふ。そうですねジネットさん」


「そう言えばお姉ちゃん。ご主人様がプールを作って、コレットちゃんとクリスくんに泳ぎ方を教えないとって言ってました。まあその役目はもう凜ちゃんとルーの物なんですけど」


「何!?」


「そう言えばお姉ちゃんは、使わないのに水着もがもが」


「しー! しー! そ、そう言えばリリアーナは泳げるのか!?」


「私、エルフの森と祈りの国しか行ったことありませんから、実は泳いだこと無くて」


「そ、そうか!……まあ、水に入ったら沈むだろうしな」


「え?」


「おひい様。冷えた果実水を買って参りました」


「おお! ありがとうなのじゃアレクシア!」


「リン様もどうぞ」


「ありがとうございます」


「うむ! 寒い所からここに来て、冷たい水に足を浸して果実水を飲む! まさにバカンスじゃな! そう言えば東方では四季と言って、4つの季節があるそうじゃの」


「ええ。よくご存じで」


「季節が4つとは風情がありますね」


「確かに風情がありますが、住んでいるとそれはそれで苦労があります」


「ほほう。何があるのじゃ?」


「特に春という季節は、どうも建材としてあちこちに植えた木が原因で、鼻水とくしゃみ、目のかゆみがそれはもう酷く、寝る前に鼻詰まりを起こすと睡眠不足はいい方で、時には窒息死してしまう程です。本当にその木を一本残らず切り倒したいくらいです」


「な、なんて恐ろしいんじゃ……」


「ご安心くださいおひい様。ティッシュとハンカチの準備は万全です」


他の皆は、水辺に置かれてあるベンチに腰掛けて、足だけ水の中に入れて談笑している。しかしあの水着、一体どこへ……。というか東の国、なんて恐ろしい所なんだ。今の位階が上がり切った俺に効くとは思わんが、春に海を渡る事は決してないだろう。決して。絶対に。もし万が一があっても婆さんの薬なら大丈夫だろ。だよな? 愛してるから大丈夫って言ってくれ。


「私でもその症状は治せんかもねえ」


「ドロテア殿でも……」


婆ああああああああああああ!


「やるよコレットちゃん! クリスくん!」


「うん!」


「うん!」


「せーの! えい!」


「ぬおおおおお!? やるな子供達よおおお!」


「えへへ!」


「えっへ!」


「あはは!」


婆どころじゃなくなった! 子供達が一斉に振り返り、水しぶきを掛けて反撃して来た!


⦅えい!えい!⦆


⦅反撃開始⦆


しかもポチとタマも、穴掘りみたいに足を動かして水を掛けて来る!


「負けんぞおお!」


こっちに許されているのは、指先を引っ掛けて飛び散らす水量だけだ!


…………これは…………負ける!?

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