家族旅行4
sideリリアーナ
「お待たせしました」
厨房から次から次へと料理が運ばれてくる。恐縮だがオーナーが言うには、お礼と迷惑料との事で少し多めに盛り付けられている。旦那様も断ろうとしていたが押し切られてしまった。どうやら先にいた迷惑客達が旦那様の事を知っていたらしく、怯えて裏口から逃げ出してしまったようだ。旦那様は、覚えはあるけど直接何かしたわけじゃないのに。と、少し憮然としていた。
「お婆ちゃん。私、いつも通りの食べ方でいいの?」
「フェッフェッフェッ。テーブルマナーなんざ最近出来たもんなんだ。気にせず食べたらいい。私の若い頃は皆手掴みだったしね」
「いい話のような、とんでもない話のような……。やっぱり幾つだよ……。まあいいか。そうさソフィアちゃん!おじさんだってテーブルマナーなんて知らないからね!」
「うん!」
「ソフィアに言った手前あれだけど、坊やの方はちょっと覚えたほうがいいかもねえ。海の国か湖の国の晩餐に御呼ばれするかもしれないよ。特に海の国はね。フェッフェッフェッ」
「ははは。そんな馬鹿な。はは、ははは。冗談だよね?」
「フェッフェッフェッ」
普段の食事とは違う様式に、ソフィアちゃんが気後れしたようにドロテア様に聞いていたが、ドロテア様の言う通り家族の昼食なのだ。そんな事を気にする必要はない。
ただ旦那様は確かに晩餐会に出席する可能性を考えると……。必要な時になれば私が付きっきりで教えられる!でもジネットさんもそのチャンスを狙っているかもしれない。ジネットさんはダークエルフの巫女という立ち位置だったようで、その辺りの教育を受けている。あのギラリと一瞬光った目はやはり間違いない。
「そうなればわしかアレクシアが教えてあげるのじゃ。のう」
「はい。お任せください」
「おお!助かるよ!」
そんな!?先を越されてしまった!
よくよく考えるとセラちゃんは吸血鬼の王族だし、アレクシアさんはその彼女の教育役だった!何てこと。これが若さなのね……。
あ、それはそうとクリスにテーブルナプキンを掛けてあげないと。うん。ここがレストランでなければ、写真を撮りたい位似合ってる。
「それじゃあ頂きます。はいコレット、クリス。あーん」
「ひとりでたべるー」
「クーもひとりでたべるー」
「そっかあ……」
「貴方。貴方も食べてくださいね。子供達は私達も見てますから」
「うん。ありがとうジネット」
旦那様が子供達にスプーンを口に運ぼうとしていたが、クリスもコレットちゃんも、前から一人で汚さずに食べられるようになっていたので、小さなフォークを掴んで目の前の食事を口に運んでいた。旦那様はそれを残念そうに見ていたが、家に帰ったら私がやってもらおう。私がするのもありかもしれない。
「羨ましそうですね凜ちゃん。分かりました。不肖このルーがあーんを」
「せんでいいわ!」
「ママおいしい」
「うふふ。よかったわねクリス」
ニッコリ笑って私を見てくるクリスの可愛いこと。笑い方が旦那様によく似ている。
「へっへっへ。クリスはリリアーナとおんなじ可愛い笑い方だなあ」
「うふふ。旦那様にも似てますよ」
「そうかな?へっへっへ」
「パパ。コーは?」
「コレットもママに似てるよー。ママの照れた時の笑い方にそっくりさ」
「えっへ」
「もう。あなた……。ふふ」
確かにジネットさんとコレットちゃんの笑い方はそっくりだった。
「お婆ちゃん。こういうの夫婦円満って言うんだよね」
「そうさ。フェッフェッフェッ」
ソフィアちゃんにそう言われるのは、流石に少し恥ずかしいかもしれない。
あら?ジネットさんが少し気を張って……。
「大丈夫だよジネット。知り合いだから」
「そうですか」
ほっと息を吐くジネットさん。
「お邪魔します。2階の貸し切りを予約してた者ですが」
「お待ちしておりました」
入口に新しいお客さん達。あの人達が原因かしら?
◆
「いいのか爺ちゃん?"百舌鳥"と直接会うなんて」
「なに、少し脅かしてやろうとな。儂の首を獲ろうと、方々に依頼を出しているのは掴めているのだ。少し同じ気持ちを味わうといい」
レストラン八つ足亭に足を進めているのは、"金のオアシス"のボス、コルトンとその孫であるジャクソン。それと20人程の護衛達であった。この護衛、全員が高位の冒険者に匹敵する戦闘力の持ち主で、いくら百舌鳥が武闘派とはいえ、殆ど一方的に殲滅出来る精鋭達であった。
そんな精鋭達を引き連れてコルトンが何故八足亭に向かっているかというと、自分の暗殺依頼を出している百舌鳥が八足亭にいるという情報を掴んだため、正面から堂々と乗り込み、上の階にはお前達を一方的に殺せる存在がいるがどうする?っという、一種の嫌がらせ行うつもりだった。
ただでさえ闇組織一歩手前の百舌鳥なのだ。真昼間から堅気のレストランで戦争の引き金を引けば、必ず祈りの国から闇組織の認定を受けるし、それならそれでそのまま叩き潰すだけだとコルトンは考えていた。
「問題あるか"旋風"?」
「ありません」
「だそうだ」
「まあ、"旋風"がそういうなら」
そんな火遊びをコルトンが行うのも、護衛達のリーダーである"旋風"の存在があるのも要因の一つであった。
コルトンとその一族から全幅の信頼を寄せられている男だが、外見は頭から腕の先まで全身に黒い布を巻き付けている不審者そのものであった。だがこの男こそ、裏社会にその人ありと恐れられた暗殺者であり、間違いなく大陸3指に入る凄腕中の凄腕、かつ、対人に特化している戦闘方法から、ひょっとすると大陸最強のエドガー、カークを単独なら殺せるのではないかと噂までされていた。
「うん? 騒がしくないな。ひょっとしていないんじゃないか爺ちゃん?」
「確かに。いや、意外と上品に食べているかもしれんぞ?」
「まっさかあ」
「どうだ旋風?」
「子供が混ざっているので家族連れかと……ただ、一人かなり強力な魔力を持った存在が……この魔力……まさか……いや、だが有り得るのか? こんな場所に?」
「そんなに言い淀むとは珍しいな」
「……思い違いでなければですが、この魔力、かつて一度見たことがある先代聖女、リリアーナのものではないかと」
「なに!? 聖女がこんな所に!?」
百舌鳥がいるにしては、思いのほか騒がしくないとコルトンとジャクソンは冗談を言い合っていたが、非常に珍しい事に、旋風が悩み切った様な声を出しているので原因を聞くと、先代の聖女が中にいると言うのだ。
「百舌鳥の連中、聖女の威光にひれ伏して逃げ出す連中とは思えんが」
「案外信心深かったりして。ほら、上手くいきますようにってさ」
「まあそれなら儂も若い頃に覚えがある。何かの会食か?」
「どうします?」
「さて……。昼時で予約もしているのだ。よっぽどの大物と会食でもしていなければ、話をするのはそう不自然ではあるまい。先代とはいえ長年勤めた聖女なのだ。話をしたら後々何かに使えるかもしれん。入ろう」
「闇組織認定されそうになったら助けてって」
「はっはっは。祈りの国の連中は本当にしつこいから、お前の代でも気を付けろよ」
「堂々と裏カジノしてるよ」
「それでいい。危ない橋を渡るなんぞ、成り上がりの儂だけで十分だ」
老人と孫が戯れている間にも、旋風は部下を使って入店の準備を進める。だが、この時中を覗ける位置に居なかったのが運の尽きというか……。
「一番やばかった橋って何?」
「うむ。もう一角の地位を築いていた時だが、知人が全財産を先払いするから匿ってくれと言った時だ。それのせいで危うく世界最強の男に喧嘩を売る寸前だった。いやはや凄かったぞその男は。その知人と話をしていると、気が付けば儂の部屋にいてな。知人の頭はぐしゃりと握りつぶされたのだ。しかもその男の殺気よ。儂は一週間震えがずっと止まらんかったし、旋風まで腰を抜かしてな」
「ボス……。どうかその話は……」
「は!? そんな奴いるの!?」
「うむ。昔からきつく言っているだろう。東方の男に手を出すなとな」
コルトンの言葉に驚いているのはジャクソンだけでなく、周りの護衛達も表情には出さなかったが驚いていた。特に彼等は旋風の力量を知っていたので、そんな旋風が腰を抜かす存在など想像も出来なかったのだ。
「ボスどうぞ。それと先代聖女は会食をしている訳では無いようです」
「ああ分かった」
中に入った護衛が問題が無い事をコルトンに報告すると、旋風を先頭に中に入って行く。するとそこには……。
「ああコルトンさん。お久しぶりです。いやあ、よくよく思い返すと、お部屋をちょっと汚してしまいましたな。すいません弁償をさせて下さい」
旋風の行動は迅速であった。彼がコルトンからされている依頼は、コルトンとその親族を守る事。ある一件から黒髪に対して敏感に反応するようになってしまった彼は、真っ先に目に映った黒髪と顔を認識すると、その男が何かを言っていることを無視して、真っ青になっているコルトンと、状況が分かっていないジャクソンをそれぞれ肩に担ぐと、扉からまだ入っていない護衛達を蹴飛ばしながら、事前に設けている隠れ家に一目散に駆け出した。
自分がどうやっても歯が立たない怪物に出会った護衛が出来る手段はただ一つ。ただひたすら依頼主を逃がすのみ。旋風。この店のオーナーと同じく、まさにプロフェッショナル中のプロフェッショナルであった。
「解せん……。何もやってないのに……」
後に残ったのは、状況が掴めず慌てて後を追う護衛達と、怪物の家族達。それと怪物がぽつりとつぶやいた一言であった。
◆
人物事典
"旋風"
全身黒い布で包まれた怪人。正体を知るものは誰もおらず、裏社会に名を轟かす暗殺者である。
依頼額は非常に高額で、場合によっては特級冒険者よりも高額なものとなる。しかしその腕は間違いなく暗殺者として大陸3指に入り、ジネットとほぼ同等の恐るべき使い手である。
あるいは対人戦闘に置いて頂点に位置するのではないかと囁かれているが、実際のところエドガー、カークどちらかと実際に戦った場合、あと一歩が足りず、本人もその事を理解しているため、彼等の暗殺依頼は全て断っている。
出来る事は相応の金額で受け、受けたらなんとしてでも達成する。出来ない事は正直にそう言って受けないが彼のポリシーで、腕前とそのある種のプロ意識から彼を求める人物は多いが、現在は長く"金のオアシス"の護衛長を務めている。
ー実は腕前もそうだけど、見積もりがまた正確でね。こっちがどんな無理難題を言っても、言われた金さえ用意出来ればあとは寝て待つだけだ。出来ないって言われた? それなら誰にもできないさー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます