出発

「忘れ物は……」

(衣類よし。写真よし。婆さんよし。無いな。あっても俺の"倉庫"に大体あるから大丈夫だろ)


「りょこー!」


「りょこー」


「旅行!」


「わん!」


「にゃあ」


(よし。ソフィアちゃんも喜んでいるようで何よりだ)


旅行へ出発する前の、最後の確認を終えたユーゴが屋敷を出ると、子供達は既に興奮して旅行と声を上げていた。尤もコレットとクリスはよく分からずに、姉貴分の真似をしているだけだったが。


「ご機嫌だなリリアーナ」


「ジネットさん、私旅行は初めてで楽しみにしてたんです」


「へくちっ。うう寒いのじゃあ。やっぱり吸血鬼は暖かい所じゃないといかんのじゃ」


「おひい様。私のスカートの中へどうぞ」


「凜ちゃん凜ちゃん。新婚旅行ですよ新婚旅行!」


「ああ!楽しみだ!」


「フェッフェッ。旅行なんて何年ぶりかねえ」


(何百年ぶりの間違いだろ。よし、皆いるな。写真写真)


全員が日差しに気を付けている格好をして、子供達も麦わら帽子を被っているのを確認したユーゴは一つ頷くと、さっそく写真を一枚撮り旅行のスタートを切る。


「それじゃあ向かいまーす!目的地砂の国、観光都市ユラ!転移!」


交通網が発展していないこの世界、風情のある旅路に期待できないため、ユーゴ達は転移で一瞬の内にユラの街へと移動する。

そして裏組織の間で長く語り継がれる、"お通夜会合"、"沈黙の会議"、"面子があるから帰れなかったけど、出来れば今すぐ逃げ出したかった"と言われる事態を引き起こした怪物の到着でもあった。


ユラの街


転移で到着したユラの街は、砂の国特有の砂岩のような物で構築された城壁に囲まれ、周囲に点在する小規模なオアシスの美しさで有名な観光都市であった。


「天気もいい!気温も丁度!すんばらしい!」

(まるで祝福されてるかのような幸先のよさ!)


「ママ!? ママ!?」


「ママ!?」


「落ち着いてコレット。転移って言うのよ」


「大丈夫よクリス」


「大丈夫だよー」

(うっかりしてた。子供達は転移は初めてだったな)


「クリスくん!コレットちゃん!私もいるよ!」


「ねーね!」


「ねー!」


初めて転移を経験したクリスとコレットは、突然変わった周囲の景色に母親にしがみ付いて辺りを見回していたが、周りに大好きな家族が皆いる事に気が付き次第に安心し始める。


「お婆ちゃん!あったかいね!」


「フェッフェッフェッ。今くらいならそう暑くはないね。だけど帽子はちゃんと被ってるんだよ」


「うん!」


「おひい様。もうスカートから出て来ても大丈夫ですよ」


「んむ? おお!ここが砂の国かの!あったかいのう!」


「故郷の夏を思い出す。あれほど暑く無いが」


「あ、凜ちゃん。タマちゃんを持ち上げたらちょうどいい感じの冷たさだよ」


「にゃあ」

⦅面目躍如⦆


「わん!」

⦅ボクも抱っこ!ボクも!⦆


コレットとクリスが落ち着くと、口々に砂の国の感想を言い合う一行。大陸北部の冷気が大陸全体に広がり始めた今、一番過ごしやすいのは砂の国だと言われているのも納得だと辺りを見回していた。まあ、当の砂の国の住人は肌寒くなってきたと感じていたが。


「それじゃあ行こうか」


観光都市だけあって、形だけの検問、とはいかなかった。簡単に通る事は出来たのだが、リリアーナやジネット、アレクシアの美しさや、一行の半分がエルフとダークエルフという珍しさ、明らかにいい所のご令嬢と見えるセラ、そこに東方風のユーゴと凜ときたのだ。はっきり言って珍しいというどころでなく、警備の兵達もポカンと一行を見ているしかなかったのだ。


「ママ!あれ!あれ!」


「わあ!お婆ちゃんあれ何!?」


「この国特有の果物だね。オアシスがあればどこでも実ってるよ」


「クリスー、コレットー。後でいっぱい見ようねー」


注目されることに慣れている一行は気にせず大通りを進んでいたが、子供達は異国情緒溢れる砂の国の物産に興味津々で何度か足を止めるも、とりあえず宿泊先に荷物を預けるのが先決と、後で必ず行くからと言い聞かせて歩を進める。


「ここが宿泊先のホテルホワイトブロックだよ」


「まあまあ。素敵な所」


「立派じゃのう」


「そうか。宿屋は木造と思い込んでいた」


「凜ちゃんのとこはそうなんですねー」


「しろ?」


「そうそうコレット。白」


街一番のホテルであり、その白い佇まいに関心の声を上げながら一行は入口の扉を潜り抜ける。


「ユーゴ君!いらっしゃい!」


「女将さんお世話になります。皆、こちらが女将さんのサバナさん」


「サバナと申します。本日は当ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございます」


「こちらこそよろしくお願いします」


ホテルのロビーでは、そろそろユーゴ達が来るだろうと待っていたサバナが一行を迎えたが、一行の奇天烈さにロビーの従業員が面食らう中、流石は百戦錬磨の女将、サバナは動揺せずに挨拶をする。

だが従業員は、この街でも有数の影響力を持つ人物であるサバナが態々出迎えて、深々と挨拶していた事にも面食らっていた。


「それではお部屋にご案内させて頂きます」


「態々すいません」


「いいのよユーゴ君。おほほ」


何もかもが素晴らしい旅行がついに開始されたのであった。




「社長、じゃなかったお頭。準備終わりました。いつでも転移出来ます」


「分かった。しかし、この天気の悪さよ……。ウチの船は全部港か?」


「はい。しかし、時季外れな嵐ですね」


「だな。まあ、ユラの街についたら嵐ともおさらばだ」


「そうですね」


「じゃあ行くとするか。はあ……あと何回会合に呼ばれるかなあ……。次第に裏と疎遠になって……」



「爺ちゃん準備できたぜ」


「うむ。では行くとするか。雷の音がさっきから煩くてかなわん」


「だな。ユラの街は天気がいいみたいだからさっさと行こう」


「うむ」



「"金のオアシス"共め。今に見てろよ。空白地は俺たち"百舌鳥"のもんだ」


「はいボス」


「しかしさっきから揺れるな。風が強すぎる」


「なんだか酔ってきました」


「お前もか。ならすぐにユラに行くか。色々根回しもする必要がある」


「はい」



「会合が決まってから、私の女の勘が絶対行くなって言ってるんだけどどう思う?」


「姉御が行きたくないなら代わりの者を出しますが……」


「そうよね……。行かないわけにはいかないわよね……。"鱗粉"も私も酷い事にはならないと思うけど、ずーっと寒気がしてるのよね……」


「雹まで降り出し始めましたからね」


「ああもう。さっさと行ってさっさと終わらせましょ」


「へい!」



こうして裏の者達も出発し始める。



"お通夜会合"へと……




ー旧交を温める-

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