下準備2
「まあまあユーゴ君。いい男になったじゃない」
「女将さんお久しぶりです。いい出会いがあったもので。結婚して子供もいるんです」
(そういう女将さんは記憶にあるよりも太ってるような……。時間とは残酷だ)
実に20年近くぶりの再会を喜ぶ女将サバナとユーゴであったが、ユーゴの方はかなり失礼なことを考えていた。まあ、ユーゴもユーゴで、ジネット達と出会うちょっと前は草臥れた中年以外の何物でもなかったため、あまり人のことは言えなかったが。
「まあ!おめでとう!」
(あのやんちゃな子がねえ。家庭を持つなんて出来そうにないって思ってたけど時間って偉大ね)
サバナもサバナで似たようなことを考えていたので、お相子かもしれない。
「それで今日はどうしたの? 昔みたいにまたお仕事?」
「いえいえ。完全に私的な事で、この街に家族皆で旅行しようと思いまして、よかったら予約を取らせていただけないかと」
「まあ!御贔屓して頂いてありがとうございます」
ユーゴが態々私用でこの街を訪れることはないと思い込んでいたサバナは、家族旅行という言葉に酷く驚いてしまう。
「それでご相談したんですが、大人8人、子供3人、人工精霊2匹でして……。大人7人と子供2人が収まる大部屋ってありますかね? 後の大人と子供は2人部屋で……それと人工精霊連れてきていいです?」
「おほほ。このホテルホワイトブロックを侮って貰っちゃ困るわ。全く問題ないわよ。それに人工精霊って2,3年前に流行ったやつでしょ?当時に何度か高位冒険者と一緒に宿泊してるから問題ないわ」
「おお!」
流石に妻達と自分、子供達を一緒の部屋に泊めるのは無理かと諦めていたユーゴであったが、数こそ少ないものの、大勢の妻や妾を引き連れてやって来る富豪向けに大部屋も幾つかあったため、彼の望みは全て叶えられた。
「それではその大部屋と、2人用の部屋を予約して貰って構いませんか?」
「ええ、ええ。それじゃあ日時はどうしましょうか?」
「そうですね。ちゃんとした服の準備もありますし……」
全ての懸念が解消されたユーゴは、満面の笑みで予定を詰めていくのであった。
◆
ユーゴ邸
「ご主人様お帰りなさい!」
「お帰りなさいませユーゴ様」
「あ」
家に帰宅して出迎えてくれたルーとアレクシアの姿を見たユーゴは、もう一つだけ懸念があったことを思い出した。
それは……
「ルー、アリー。旅行へ行くときはメイド服じゃなくて、お出かけ用の服だよね?」
「え? このままですよ?」
「え? 貴族が旅行する時も侍女は侍女服を着たままですが」
(やっぱり!)
「いやあ、お出かけだし。お出かけ用の服をね。ね?」
ルーとアレクシアの侍女服を何とか止めさせることであった。
「ルーはご主人様の妻であると同時にメイドですから!」
「侍女は侍女ですので」
(いかん!これは手強い戦いになりそうだぞ……そうだ!)
ジャブで牽制すると、相手がとんでもない強敵であることが分かったユーゴは、何か打開策はないかと考えると、脳裏に閃きが走った。
「綺麗な奥さん達の違う格好をたまには見たいなー。なんたって新婚旅行だしね!新婚!ね!?」
「ご主人様、もう、そんな、綺麗だなんて。えへへ」
「新婚……新婚……新婚……」
(勝った!)
閃いた言葉をそのまま伝えたユーゴは、頬に手を当ててくねくねしているルーと、俯いて新婚と呟いているアレクシアの姿を見て勝利を確信する。彼は本心からルーとアレクシアが家の事を忘れて、旅行を楽しんでくれることを望んているのだ。
「分かりました!ルーも奥さんとして旅行に行きます!」
「新婚……うふ」
「そうそう!新婚だからね!」
今日も最強の男は何とか勝利する事が出来たのであった。
◆
???
「社長、騎士の国はやはりだめなようです。混乱している分、巡回や監視の目が厳しい様で、会合の場所を変えると連絡が」
ある大きな商館の一室で、部下から報告を受けている大男がいた。日に焼け見るからに逞しく、ユーゴが見ればサングラスと称したであろう眼鏡をかけたこの男こそ、闇の世界で知る人ぞ知る裏組織"鯨の船"のトップ、ザガであった。
「社長じゃないお頭と呼べ」
「はいお頭」
もう一度言おう。そう。この大男こそ、闇の世界で知る人ぞ知る、うっかり表の海運業を上手くやりすぎて、本業の海賊業を殆ど開店休業に追いやってしまった男、ザガであった。
「でもお頭……もう何十年も……」
「言うな……」
かつての"鯨の船"は、人死には出さずに身代金と積み荷を奪って生計を立てていた、真っ当な海賊であったが、ある時に海運業に手を出して大成功を収めて、気が付けば大陸中に支店がある、裏組織最大級の組織に成長してしまったのだ。それが果たして裏組織と言えるかどうかは謎だが、ザガは自分の呼び方をお頭以外拒否していた。それが精一杯の矜持なのだろう。
というかはっきり言って、"鯨の船"最大の敵は他の海賊だし、船が襲われると、もっと海賊の監視を強めろと国に圧力をかける、訳の分からない組織と化していた。
「だ、だが儲かって部下たちは安全に食わしてやれてるし、何よりバケモンに目を付けられないからな……」
「そ、そうですね」
ザガと部下は自分達の転機、小島の島民を生贄にして悪魔を呼び出そうとした邪教徒、その計画が潰えて邪教徒自らを捧げて呼び出された悪魔が、ただ一方的にそのバケモンに蹂躙される様を思い出して、ブルリと身を震わせる。
「話がそれたな。それでどこで開かれるんだ?」
「あ、失礼しました。砂の国のユラの街だそうです」
「ああ。あの観光都市か。はあ、とっとと終わらんかな。小大陸との交易が動き出したから、死ぬほど忙しい」
「全くです。ですが、ウチ以外が揉めるでしょうから……」
「だよな……」
闇組織と違い、そこまで堕ちていない裏組織の会合とはいえ、一癖も二癖もある様々な組織のボスたちを思い出して、ため息をつくザガであった。
◆
「ふむ。出来ればもっと我々のシマ近くで開きたかったが、ちと虫が良すぎたか」
「だな。"鱗粉"や"百舌鳥"が受け入れる筈ねえよ爺ちゃん」
所変わって、砂の国に存在する大きな屋敷の一室で、一人の老人とその孫が話し合いをしていたが、その内容は決して世間話ではなかった。
老人の名はコルトン。
もし闇組織間で戦争が起こった場合、勝ち抜くのはどこだという話になると、真っ先に名が上がる組織の内の一つ、"金のオアシス"のボスであり、砂の国にギャンブルを広め総元締めとなった男であった。
その資金力は凄まじく、他を寄せ付けない人員に装備、筆頭の護衛は特級冒険者を雇うよりも高額と言われる裏社会随一の男だし、他の護衛だって特級に見劣りせず、あるいは国家すらも金で買えるのではないかとまで言われていた。
そんなコルトンは孫のジャクソンと、騎士の国は混乱しているから、会合の場所を自分達のテリトリーである砂の国で行おうとした試みが、他のライバル組織の反対であまり影響力のないユラの街になったことについて、流石に無理だったかと笑い合っていた。
「最近中央は寒くなってきたようだから、暖かい場所で行うのは悪い提案では無いはずなんだがな」
「ははは。俺も寒いとこなんてごめんだ。ただでさえ会合はいつも長引くのに、その上、北でなんかやった日には凍り付いちまう」
「違いない。はっはっは」
「それよりも親父の方は連れて行かなくていいのかよ?」
「あいつはもう一人前だからな。今回はお前の箔付けと経験だ」
「そう言う事なら分かった」
会合での案件は多いものの、組織間の戦争やそれの手打ちなどは行われないため、交渉が長引いても血生臭い事にはならないだろうと、ある意味楽観していたコルトンであったが、孫のジャクソンを連れて来るべきじゃなかった。もっと言うと、自分も来るべきじゃなかったと思う羽目になるまであと少しであった。
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