下準備1

(善は急げ!急がばぶち破れ!いい言葉だな!)


ユーゴは自分の思い付き、ソフィアの思い出旅行を実現するため、ベルトルドからちょっとした観光都市である砂の国のユラの街の情報を聞き終わると、すぐに家に帰宅していた。


(延び延びになってた新婚旅行も出来るし、子供達との家族旅行もできる!後ついでに婆さんも連れてってやるか!ちょっと儚げだったのが元の婆に戻ってるけど、ついでだついで!ソフィアちゃんも婆さんにいて欲しいだろうから仕方ないな!)


もう最後に凛と結婚してから数年たっているが、まだまだ新婚気分のユーゴは、というか彼の妻も全員が新婚気分だが。ジネットとリリアーナが身重だったり、子供達が幼かったこともあって伸びていた新婚旅行も兼ねようとしていた。


「えー皆さん。突然ですが砂の国に観光旅行したいと思います!ポチとタマも精霊だからホテルに入れるはず!入れなかったら……こっそり……」

(まだソフィアちゃんの帰る時期は詳しく決まってないから伏せておこう)


屋敷にいる全員をリビングに集めたユーゴは、ソフィアの事を伏せながら旅行に行こうと提案する。


「旅行ですか」


「お姉ちゃん。新婚旅行だよ」


「まあまあ」


「吸血鬼は寒いのが苦手じゃから、砂の国にバカンスとは嬉しいのう」


「どこまでもお仕えします」


「新婚旅行……新婚旅行……はっ!?」


「りょこー?」


「りょこー」


「わあ!旅行!」


「フェッフェッ。ありがとうよ」


「わん!」


「にゃあ」


「それじゃあ皆で行こう!ちょっとホテルの予約して来るね!いええええええええい!」

(善は急げええええ!)


全員から同意が取れたユーゴは、喜びの叫びを上げながら、この機を逃してなるものかとばかりに、軽やかな足取りで走り去ってしまった。


「子供だねえ」


「そこも可愛いんですよ」


「フェッフェッフェッ。言ってなリリアーナ。フェッフェッフェッ」



ユラの街


(久しぶりに来たな。さて、あれだけ大きなホテルだ。潰れたって聞かないからやってるはずだが……)


まさに善は急げとばかりに転移でユラの街を訪れたユーゴは、かつて訪れた時の薄っすらとした記憶を頼りに大通りを進んでいく。


「さあさあ!砂蜥蜴の肉が安いよ!」

「大オアシスの果物だ!」

「そこの人達、四つ鳥に乗って街周りのオアシスに行ってみませんか?」

「いやあ冷凍の魔具を拝みたいくらいだ。まさか生の魚が売れる日が来るとは」


(四つ鳥のオアシス行き? 覚えておかないと。しかし、冷気が北から来てると言っても、日差しのお陰で寒いと感じないな。特に暑い訳じゃないしやっぱり砂の国で正解だ。お? たしかあの建物だ)


ユーゴは活気ある市場で心の中にメモを書きながら、自分の旅行プランを自画自賛していると、ついに目的の建物を発見した。


(そうそう。ホテルホワイトブロック。女将さんまだやってるかね?)


ユーゴが見上げている建物こそ、高価な白石をふんだんに使われて建設されたホテル、ホワイトブロックであった。彼がまだ若かりし頃にここの女将と交流があり、ユラの街で一等のホテルという事もあって、今回の旅行の宿泊先にと考えていたのだ。


(入口の警備員2人とも高位冒険者並みか。流石、金掛けてるな)


「お客様申し訳ありません。一見の方はお断りさせてもらっておりまして。どなたかの御紹介状などはお持ちでしょうか?」


「え?」

(しまった!ここ一見さんお断りだ!先に連絡取るべきだった!)


入口の左右に控えている警備員の1人に呼び止められたユーゴは、一瞬何のことか分からずポカンとしてしまったが、よくよく思い出すとこのホテルは一見さんお断りで、警備員がユーゴを見て内心で思っている、庶民丸出しの者が気軽に入れる場所ではなかったのだ。


(どうする!? いやここは平然とした顔でアポ取りだ!しかも後回しにならないようなストーリーと共に!)


「私ユーゴと申しまして、実は20年ほど前にここの女将様、サバナ様にお世話になっておりまして、久しぶりにこの街を訪れたのでご挨拶にと伺ったのですが、サバナ様はお元気でしょうか?」


「サバナ様の?」


(よし!女将さんまだやってた!)

「はい。それでよろしければ2日後にまたこの時間に来ますので、ご都合の方をお伺いしてもらえないでしょうか?」


「……少々お待ちください」


まさか気配を殺して急に押しかける訳にもいかず、警備員にちょっとだけ嘘を交えながら話をすると、ユーゴは昔の知人がまだこのホテルを経営していると知り、内心でガッツポーズを上げる。


「おいどう思う?」


「いきなりサバナ様だからな……。東方の男で目立つから、一応話だけは上げておくか」


「そうだな。お待たせしました。サバナ様にお伝えしますので、少々お待ちください」


「ありがとうございます」


ここ数年は殆ど表に出ていない自分達のトップの名前が出て来たことと、そのボスの客人の可能性、東方風の目立つ容姿であったため、一応警備員はサバナに連絡をすることにした。



「サバナ様。ユーゴと名乗る東方の男が面会を求めております」


「え!? ユーゴ君!?」


「どうなされました!?」


ホテルの奥まった一室。オーナーの部屋で書類を処理していた、初老で恰幅のいい女性サバナに、秘書の男が警備員から伝えられた報告をする。すると彼女は普段とは全く違う、素っ頓狂な声を出してしまい、彼も驚いてしまった。


「い、今どこに!?」


「入り口でお待ちしているようですが……


「何てこと!? 早くお連れして!」


「は、はい!」


上ずったままの声でユーゴが入口にいる事を知ると、更に上ずった声で秘書にそう命じ、秘書も慌てながら駆け出したのであった。

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