旅行編

思い出旅行兼新婚旅行兼家族旅行兼敬老旅行

(寒くなって来たな……。しかし、ついにソフィアちゃんがお母さんのところへ帰る目途か付いたか……)


「ぎゅー」


「ぎゅー」


「ポチちゃんあったかーい!」


「わふ!くぅーん!」


ユーゴは庭で最近の急な冷え込みを肌で感じながら、湯たんぽ代わりに抱き着かれて、喜びの声を上げているポチと子供達の姿を少し遠くから見守っていた。だが内心では、そろそろソフィアが母親の元に帰れそうな程度には、小大陸の件が落ち着いて来たとドロテアから聞き、ある事で悩んでいた。


「ご主人様。ソフィアちゃんのことで悩んでます? 何か思い出になる様なことはって」


「流石俺の奥さん。お見通しとは恐れ入りました」


「えっへんです」


ベンチに座っていたユーゴは隣に腰を下ろした自分の妻、ルーにまさしく自分が悩んでいたことを当てられ、恐れ入りましたとばかりに頭を下げ、ルーは当然ですと胸を張る。


「ウチで暮らして婆さんところで勉強、たまにお母さんのところへ婆さんと行く。まあ、世間の子も仕事のお手伝いが入るってくらいしか差がないだろうけど、何か思い出になる様な変わったことをしてあげたいなあっと」


「そうですねえ」


そう、悩みとは母親の下へ帰るソフィアの為に、何か思い出になる様なことをしてあげたいというものであった。しかし独身期間が人生の大部分だったこの男に、幼い子の思い出になる様なことを考え出せる筈もなく、悩みに悩んでいたのだ。


「そう言えば最近、近所の富豪の奥様達がいないね。貴族の奥様方はいるのに」


そんなユーゴは気分転換にと、よくルーと話している富豪の奥様方が最近何人かいないと思い出し、何か知らないかと聞いてみることにした。


「何でも最近寒くなったから、砂の国でバカンスだそうです。貴族の奥さんは他国に気軽に行けないから、羨ましがってました」


(それだあああああああああああああああああ!)


「わわ!? ご主人様!?」


ルーの答えに思わず叫び出しそうになったユーゴだが、子供達が驚いてしまうと無理やり飲み込み、ルーを横抱きにしてその場でぐるぐると回りながら、頭の中でプランを組み立てていくのであった。



祈りの国 ベルトルド総長執務室


「ふむ。暗殺組織"満月"の集団失踪についての結論は、原因不明。か」


「はい……。申し訳ありません」


「いや、そうなるのも仕方ない。なにせ全く争った痕跡がないのに、人だけが忽然と消えたのだ。人智の及ばない現象の可能性の方が高い。ご苦労だった。この件についてあまり引きずるな」


「はっ。ありがとうございます」


祈りの国の守護騎士団総長ベルトルドは、数か月前に起こった暗殺組織"満月"の集団失踪事件の最終報告を受け取り、調査を任せた騎士が力及ばず申し訳ありませんと言っているのを慰撫していた。その後騎士を退出させた彼は、座っていた椅子に体重をかけて天井を見上げた。


("満月"がリガの街で騒いでいたことまでは把握している。となると答えは十中八九分かっていたが、まさか本人に聞くわけにもいかんから、一応捜査自体はする必要があった。しかし奴が関わっていたのなら、明確な証拠が出るはずもないか。まさしく人智を超えた所業をやってのけるのだ。やはり調査を命じた者には徒労させただけだな。後できちんと報いる必要がある)


途中報告で、"満月"がリガの街で活動していた痕跡があると聞かされたベルトルドは、今回の事件を誰が行ったか確信していたが、闇組織の皆殺しを行う程キレている怪物に接触するなど、そんなリスクは侵せないと調査に口を出していなかった。


(となると目下の問題は裏社会の会合か……。"青の歌劇"、"満月"の壊滅。"バジリスク"による死者。裏社会に影響力のあった"7つ"や"骸骨"の死。騎士の国の混乱と魔の国の世代交代。今まで行われなかったのが不思議なくらいだ)


現在ベルトルドが頭を痛めている原因は、ここ数年で起きた数々の大事件によって、滅茶苦茶になってしまった裏世界が、再びきちんとした縄張りの線引きと協力、または不干渉を建前上であるが再確認するため、大組織や大手と言われる者達の代表が集まり、会合を開くという情報を掴んだためである。


(纏めて吹き飛ばしてしまいたい……。いかん、考えが過激になっている。全部あいつのせいだ)


裏社会の会合とはいえ、中には麻薬や人身売買といった真っ当な組織から、気が付けばうっかり表の商売が成功しすぎて雇用を生み出している変わり種など存在し、大陸全体、人種の存続に直接関係ない裏組織の会合は、極論すると祈りの国には関係ないのだが、最近トラブル続きなベルトルドは、なにか大事があるとつい疑ってしまうのだ。


コンコン


「失礼します」


「……どうぞ」

(ほら来た)


つい最近まで何十年も関わってないのに、今では当然のようにやって来る存在に胃を痛めながら、ベルトルドの頭に辞表の文字が一瞬浮かび上がるも、頭を振って扉の向こうの存在を招く。


「お久しぶりです。お元気で……。今日はいい天気ですな」


「ああ。用件は?」


目の前の怪物に掛かれば、自分が今頭痛と胃痛に悩まされているのに気が付くのだろうとベルトルドは思いながら、すぐさま帰って欲しいと単刀直入に用件を聞く。


「ははは……。実は砂の国のユラの街に、家族と観光しに行こうと思いましてね。何か変わったことが起こってないかとお聞きしたくて」


「ユラ? ふむ」


ここは観光案内所ではないと言いたい気持ちでいっぱいであったが、頭の中で地図を思い浮かべてベルトルドは考え込む。


(この国の下か。騎士の国と国境が近い方は避けたか……。そこそこの観光都市。特に大手の組織がある分けでも無い。砂の国に政変も争いの気配もなし。裏社会の会合も恐らく混乱している騎士の国で行われるはず……)


「ユラの街に特に変わったことはない。大陸全体で変わった事といえば、大規模な裏社会の会合がどこかで行われる予定といったところだ」


「そうですか!それはよかった!いやあ、御迷惑おかけしました。あ、この写真ですが、リリアーナと息子のクリスになります。どうもお邪魔しました」


「あ、ああ」


目の前の怪物から飛び出した息子という単語に、目を剥きながらベルトルドが写真を恐る恐る覗き込むと、そこに写っていたのは笑顔のリリアーナと、彼女に抱かれてこれまた笑顔のリリアーナ似の子供で、ベルトルドは思わず安堵のため息をつき、しまったと顔を上げるも、既に怪物は去った後であった。

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