はじまり

「な、なんなんだ!?貴様は!?」


「世界樹を守ってるって言ったろ?」


かつて仲間っだった者達の塵が舞う中、イライジャ剣を抜いて必死に威嚇するが、月に照らされた怪物は、なんでもないように彼に語り掛ける。


「いったいどうやって!?なぜ死んでない!?」


「いや驚いた。まさか心臓が止まるなんてな。そういう能力だったか?だとしたら確かに隠し玉だ」


混乱の極致にあったイライジャは、明らかに敵であった怪物に、なぜ死んでいないかと見当外れな質問をしてしまうが、返って来た返答もまた見当外れなもので、己の心臓が止まった事など何てことはないと言ってのける。


「俺が来てやっぱりよかった。ヨボヨボババアになって心臓が止まったら、婆さんでもぽっくり死んじまうだろ」


「おおお!」


「まあまあ、少し落ち着いて。あんたに用がある人がいてね」


「バカな!?は、離せ!」

(なぜ力が使える!?)


「そんじゃ行くぞ」


「お、おおおおおおおおお!?」


神の加護、異能を人から剥がす、自らの力を確かにイライジャは使い剣を振るったのに、目の前の怪物はそれを払いのけると、彼の首を掴み上げて、そのまま夜の森を疾駆した。



世界樹 祭壇


「それじゃ俺はこれで」


「ああ。ありがとうよ坊や」


「お安い御用さ」


イライジャが連れてこられたのは、あれほど焦がれた世界樹の目の前であった。しかし、イライジャ1人が来ても意味が無いのだ。


「あんたとやり合うにはここでしかできないけど、圧縮や怪力がいたら世界樹が折られちまうからね」


「…何者だ」


怪物が去ったことで安堵したイライジャであったが、今度は目の前の世界樹の根に座っているエルフの老婆を警戒する。彼をして、これほど歳を取ったエルフを見たことが無かったのだ。

そして、老婆の言う通り、異能を剥がす力以外は、単なる強者と言っていいイライジャ1人では、世界樹を破壊する事が出来ないのだ。


「はん?……フェッフェッフェッフェッ。まあ、印象が随分違うのは自覚があるがね。しかし、あの妖精族の少女。私らの性能を落として、作りやすくしようとした時の、最初の試作体だね?あんたらと合流してたのも驚いたけど、あんな物騒な能力を持ってたとは…。でも今まで眠っていたところを見ると、神が全て死因を持っていることを確信できなかったみたいだね。今でも生きてるし間違っては無いだろうけど、もっととんでもないのが現れるとは考えなかったのかい?」


「何者かと聞いている!」


「フェッフェッフェッフェッ」


「何が可笑しい!」


"死に目"のミリイの素性と、自分達が眠りについていた理由を当てられ、イライジャは大声で詰問するが、老婆は何が可笑しいのか、腹の底から笑っているかのようだった。


「人生という奴がさ。世界樹と神々に不満を持っていた私が世界樹を守り、そんな明らかに危険な私を押さえるために、神々が作った兄弟の、兄はあんたらから私を助けて旦那になって、弟はむしろ世界樹と神々を殺したくてたまらないときた。笑うしかないじゃないか」


「ま、まさか!?まさか貴様!?」


「もう世界樹に人種を作る力は残っていない。妖精種はエルフから他の人種を作るための試験体じゃない。ドワーフは採掘道具じゃない。巨人種は大型の作業道具じゃない。魚人種は水中道具じゃない。人間もさ。どこでもある程度活動できる汎用道具じゃない。あんたが寝ている間に持ち主は消え去り、残ってるのは私らは道具じゃないと言ってた奇特な神と、その神の力を伝えて人種の存続にかかわっている世界樹だけさ」


「"神からの贈り物"おおおおおおおおおおお!」


「ようやく気付いたかい。さあ、けりを付けようじゃないか」


「ど、どこへ!?むうっ!?」


老婆が年老いた怨敵だと分かったイライジャは、自分の力を発動しながら切り掛かるも、老婆はまるでいなかったかのように消え去り、彼は困惑しながら辺りを見回すと、突然世界樹が強烈な光を発し、彼は目を細めて身構える。


「エゴで作られた者の怨嗟と悲哀は分かります。ですがもうその時ではないのです。今を生きている者に仇なすならば…」


「お前まさかあああああああ!?」


「対処します」


姿を現すはエルフの女性。


魔法使いの強さは眼を見ろと言われるが、その目からは瞳の色と同じく、青い魔力が炎のように燃え盛り、長い金の髪は溢れる魔力で舞い踊り、右手には長い白の杖。


在りし日の戦神マグナスにすら、間合いの一歩後ろで命を取られると言わしめ、竜の長達ですら一対一は決してしなかった神話。


"最初の魔法使い"にして"人のはじまり"


シディラの長子が光を放ちながら現れた。


「【鎮圧】!?なぜ効かない!?」


「無駄です。貴方達の鎮圧は、神に反逆した人種を押さえつけるための物」


「死ねええええええ!」


自分の力が通じない今のシディラの長子が、どのような状態で現れているかを悟ったイライジャは、ならばと剣を抜いて襲い掛かる。


「【安息を 別れを 優しき 夜よ 穏やかに 永遠の 眠りを 対処する】」


イライジャには一言にしか聞こえなかったが、その後急な眠気に襲われ、地面に倒れる寸前にシディラの長子に抱きかかえられた。


「あなた…。これでよかったんですよね…」


そのままゆっくりとイライジャを横たえたシディラの長子は、もの悲しそうにそう呟いた。





辞典


"はじまり"


敢えて語らず


真実は神話と共に消え去って久しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る