エルフの森へ

(婆さんから魔法を取ったら、ただのヨボヨボババアの出来上がりじゃねえか。世界樹も破壊されるわけにはいかないし、しゃあない、また出張するか…)


ドロテアから聞かされた、イライジャという男の能力が、目の前の老婆を本当にただの老婆にしてしまうと、その身を案じたユーゴが、世界樹の存続が人種の生存に直結していることもあって、エルフの森への同行を決めた。

しかし世界の危機は思わぬところから始まっていた。

それは……。



「やだああああ!いっちゃやだああああ!うえええええん!」


「パパもバーバもいっちゃやだああああ!びええええええ!」


クリスとコレットが、それはもう大泣きしていたのだ。

最近、一緒に遊んでくれた、グレンとジェナの双子と別れたばかりだったこともあり、自分の父親とお婆ちゃんが、どうやら遠くに出かけようとしている事を察した2人は、ユーゴにしがみ付いて、泣きながらなんとか引き留めようとしていた。


一方、世界の危機に対処しなければけない、彼等の父親と言えば……


「ぐすっ。ごめんよコレットぉぉ、クリスぅぅ……。ぐすっ。パパは、パパは行かないと行けないんだ。ごめんよおお……」


しゃがんで自分の子供達をぎゅっと抱きしめながら、マジ泣きしていた。


遂に子供達に引き留めて貰えた嬉し泣きなのか、本当に離れ離れになってしまって泣いているのか、どちらかは分からないが、あるいは両方、とにかく泣きながらコレットとクリスに謝り続けていた。


「コレット、ほら。パパを離してあげて」


「クリス、ママの所へ来て」


「やだああああああ!」


「うえええええええ!」


「もう…」


「どうしましょうか…」


頼りの母親、ジネットとリリアーナも、父親と離れたくないと泣く我が子を叱る訳にもいかず、なんとかユーゴから引き剥がそうとするも、子供達は必死に服にしがみ付いて抵抗を続ける。


「あはは。困っちゃいましたねえ……」


「じゃのう……」


「ほら、凛お姉ちゃんのクマさん人形だぞー」


「クリス坊ちゃま、コレットお嬢様。さあこちらへ……」


「ひっぐひっぐ」


「うえええええ」


他の家族もどうしたものかと、必死にあやしながら、最終兵器アレクシアが投入されたことで、何とか子供達の回収に成功する。


そしてもう片方の、世界の危機に対処しなければならない、ドロテアの方はというと……


「お婆ちゃん。気を付けてね…。ぐす」


「ああ、出来るだけ早く帰って来るからね」


涙ぐみながら自分を送り出そうとしている、ソフィアの頭を撫でながら、出来るだけ早く帰って来ると約束していた。

どれだけ時間がかかるか分からないにも関わらずだったため、かなりの罪悪感を感じながらであったが。


こうして世界を救うために出発しようとしている2人であったが、まさかの最大の障害、自分の身内に対して、完全に打ち負かされていたのであった。



「ごめんよ…。ごめんよ…。ぐすっ。ちーん!」


「ふう…」


遂に屋敷を出たユーゴは、涙ぐんでティッシュで鼻をかみ。ドロテアは、ああ言ったが長引いたらどうするかと、両者既に疲労困憊と言った様子で、どう見たって今の2人は姿通りの、草臥れた中年とヨボヨボの老婆であった。

しかし、大陸の人種の運命が、この2人に懸かっているのは間違いなかった。


「そんでどうやってエルフの森へ行くんだ?あそこは直接転移出来んだろ?」


「いんや、私なら問題ないよ。まあ、飛ぶ先はエルフの森じゃなくて世界樹だけど、どっちも変わらんさ」


「ほほう」


古代から存在する世界樹を有するエルフの森は、神々や古代エルフが施した守りが未だに機能しており、転移ももちろん不可能なはずであった。


「そんじゃ行くよ」


「ほいさ」


しかし、ドロテアは何でも無いかのようにそう言い放つと、ユーゴの腕に触り、世界樹へと転移するのであった。

転移の魔道具ではなく、もう片方の手に持った、白い長杖を起動させて…。



エルフの森 世界樹の下


「おおお!遠目では見た事あるけど、下から見るとすげえな!」


「写真を撮っといておくれ。ソフィアの土産にしないといけないからね。坊やも、クリスとコレットの分を撮るといい」


「おお!ナイスだ婆さん!あ、なんかお菓子とか売ってない?ここだけで売ってる」


「甘い樹液を混ぜ込んだ、クッキーみたいなのがある。子供用にはそれでいいだろう。大人連中には…茶葉かね」


「後でちゃんと買わないと」


大きな大きな、途方もなく巨大な一本の木。

世界の名を冠するだけはある巨木のすぐ下の、祭壇のような場所に転移して来たユーゴとドロテアであったが、その言動はどう考えたって観光客そのものであった。


「ん?でも人の気配が少ない様な…」


「ああ、ビムに言って第二都市みたいなとこに避難させてる。下手すりゃここら一帯が戦場だからね」


「そんなに面倒な奴らかい」


「5人目っていう、向こうの隠し玉しだいだけどね」


「さよけ」


さてどこで土産を買うべきかと、世界樹に背を向けて、下に広がる街並みを見たユーゴは、街からの気配が妙に少ないと感じたが、それはドロテアが"はじまり"の襲来に備えて避難をさせていたためで、竜の襲来を常に想定していたエルフの森は、こういった避難計画を未だに維持していた。


「あ、下から長老が上がって来てるぞ」


「ド、ドロテア様ぁ!言って下さったらお迎えしましたのに!」


「全く。もうちょっと落ち着けんものかね」


「前から思ってたけど、婆さん結構偉い人?」


「フェッフェッフェッ」


息を切らしながら、階段を上がっているビムの姿を見たドロテアの言葉と、転移した先が、いかにも立派で世界樹に最も近い祭壇だったこともあり、ユーゴは彼女に、前々から感じていた疑問を口にをするが、返って来たのは、これぞ魔女と言った笑い声であった。

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