騒動の終わり

祈りの国 総長執務室


「大陸中で謎の失踪事件…か」


「はっ。その中の一部は、闇組織"満月"の、隠れ蓑ではないかと睨んでいた商館などが含まれており、何らかの関連があるのではないかと調査中です」


現在祈りの国の総長執務室にてベルトルドは、部下から大陸中で謎の失踪事件が相次いで起こっていると、報告を受けていた。


「現場の様子は?」


「それが奇妙な事に、争った跡や家の中が荒らされた形跡がなく、あったとしても建物の壁に穴が開いているだけのようで」


「っ。争った形跡がない?」


「はい。中にはコーヒーの湯気が立っていたり、食事中としか思えないようなテーブルもあったようです」


「なんだそれは…。満月と言えば、跡目争いが起こっていたな。緊急の招集でも起こったか?」


穴という単語を聞いて、こめかみをピクリと反応させてしまったベルトルドであったが、それよりも現場の様子を不審に思い、部下に詳しく話を聞いたが、怪奇現象と言うしかなく、それよりかは跡目争いに大きな動きがあり、抗争の激化か、次期頭領が決まって緊急の招集が起こり、慌てて集合場所に赴いたと考えた方が、まだ説得力があった。


「うーむ。その程度なら問題ではないのだが…。やはり人手が足らんな」


「はっ」


大陸の秩序の維持を担っている祈りの国からすれば、一闇組織の動向などに注意を払えるほど、人材に余裕があるわけでもなく、それよりも、未だにごたごたが収まらない騎士の国や、代替わりしても人間種の国家に敵対意識を持つ魔の国、そして新たな大問題である、小大陸にかかりっきりであるため、常々ベルトルドは人手不足に悩まされていた。


「ベルトルド総長!緊急でお伝えする事があります!」


「入れ」


祈りの国の守護騎士総長への緊急連絡ともなれば、本当に国家の一大事に繋がる案件も出てくるため、即座に外にいる部下の入室を許可する。


「何があった?」


「はっ!湖の国の国王が死去しました!死因は、不明瞭な国庫からの支出を宰相に咎められている最中、大量に吐血してそのまま死去したようです!後継者の指名は無いようです!」


「分かった…。他に報告が無ければ下がっていい」


「はっ!失礼します!」


ベルトルド総長の頭痛の種が、また一つ出来上がってしまう。

体調を崩して随分長かった湖の国の国王が、逝去する可能性があるのは分かっており、そのこと自体は特に問題にならなかったが、周辺の国や祈りの国が気にしていたのは、彼に直系の子供がいない事と、全く後継者を指名していない事だった。


「頭が痛い…。エルフの森も気にするだろう」


「はい…」


ただでさえ揉めやすい王の交代なのに、直系も後継者もいないとなれば、荒れるのは目に見えていた。

そのため、湖の国のほぼ真上にあるエルフの森や、周辺の国家は隣国が荒れ果てて、結果的に人種の生存圏にヒビが入る事を恐れるだろうと、ベルトルドは考えていた。

しかも、他国の事であり、祈りの国やエルフの森が表立って口出しして、泥沼に足を踏み入れる事も躊躇えられた。


「ベルトルドいるか!?」


「何があった!?」


そんな時、執務室のドアから部下と入れ替わりに、ベルトルドの盟友ドナートが飛び込んできた。

公の場の口調でなく、かなり慌てた様子のドナートを見て、ベルトルドは立ち上がり、声も大きくなる。

ドナートがこうも慌てるのは、大陸の重大な危機か…。


「さっきユーゴ殿が、湖の国の王の子供2人を、保護していると言って来たのだ!」


「…そうか」


例の男が絡んでいるかである。


ベルトルドはどっかりと椅子に座ると、机の引き出しにしまってある、頭痛用の鎮痛薬と、胃薬を同時に口入れ、水で流し込むのであった。


リガの街 ユーゴ邸


「じゃあね皆!」


「お世話になりました!」


「この度は誠にお世話になりました。この老骨、ご恩は決して忘れません」


朝一番のユーゴ邸の前にて、上等な服を着たグレンとジェナ、そしてダンが、見送りするユーゴ一家全員に、別れの挨拶をしていた。


ユーゴがドナートに会いに祈りの国へ赴くと、すぐに湖の国に動きがあり、宰相が血統に反応する魔道具を持ってユーゴ邸に赴き、ドナート立ち合いの元でグレンとジェナに使用すると、すぐに魔道具は反応し、それとダンが持っていた、グレンとジェナの母親の血判書、この2つが決め手となって、晴れて双子は湖の国の王族と認められたのである。


「元気でな」


「ありがとうおじさん!国に来るときは寄ってよね!」


「ありがとう!」


大陸中を駆け回っていたせいで、あまりこの双子に構ってやれなかったことを残念に思いながら、ユーゴも彼等に笑みを浮かべて、見送ろうとする。


「達者でな」


「風邪をひかないようにね」


「びええええええん!」


「うええええええん!」


「ぐす。おにいちゃん、おねえちゃん」


ジネットやリリアーナが元気でと言っても、子供達はそうはいかなかった。


ユーゴと違い、ほぼ一月ずっと一緒に遊んでいたクリス、コレット、ソフィアの3人は、幼いながらも、もう会えないであろう兄貴分と姉貴分の分かれに、大泣きしていた。


「そんなに泣くなよ。こっちまで泣きそうになるじゃん」


「ほらほら、笑顔笑顔。ぐす」


そんな涙の引き留めに、グレンとジェナも目を潤ませながら、弟分、妹分の頭を撫でたり手を握ったりで応え、別れを惜しむ。


「じゃあね皆!ほんとうにありがとう!」


「またね!」


昨夜に開かれたお別れ会で、もう十分挨拶はしたため、これ以上湿っぽいのは必要ないとばかりに、双子は馬車に乗り込み、窓から手を振って最後の別れの言葉を送る。


「ああまたね。何かあったらすぐに言うんだぞ。力になるから」


「びええええええ!」


「うええええええ!」


遂に出発した馬車にそう声を掛けながら、ユーゴはこの後、自分の子供達がどうやったら泣き止むかと、頭を抱えるのであった。



人物事典


"チェンジリングの双子"グレンとジェナ


本名は、パーシルとマナ


人間種である湖の国の国王と后の間に生まれるも、大陸でチェンジリングと呼ばれる現象により、妖精族として生まれてきた兄妹で、そのため血統に紛れ込んだ異分子として、実の父から命を狙われることとなる。

しかし、それを危惧した彼等の母親の手により、名前をダンと変えた老人が密かに脱出させ、その後サーカスの雑用係として働いていた。


命を狙っていた国王の死と、実行犯であった暗殺組織が壊滅した事もあり、晴れて元の身分で湖の国に帰国。現在は2人とも、宰相から王族としての教育を受けているが、元々妖精族は頭の回転も速いため、特に苦にはなっていない様である。


ー結ばれた線を切ろうとした切っ先は、よりにもよって怪物の逆鱗をつついてしまったー



種族辞典


妖精族


妖精族の外見は、金髪に尖った耳、白い肌とエルフと非常に酷似しています。また、エルフの森の周囲の小国に、彼等が多く住んでいることもあり、エルフと混同されることが多いです。


しかし差異もあり、耳もエルフ程尖っておらず、寿命も少し短いです。また、魔力についてもエルフ程の適正を持っておらず、極一部では、エルフが劣化した存在、エルフ擬きなどと称するものもいますが、これらの言葉は当然ですが、妖精族から非常に激しい敵意を持たれるので、絶対に言ってはいけません。

ギネス伯爵夫人著 "大陸の種族"より一部抜粋

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