皆殺し
ユーゴ邸
「ママ。パパ?」
「ふふ。そろそろパパも、コレットに会いたいって帰って来るわよ」
「えっへ!」
最近会っていない父親を寂しく思ったのか、コレットが首を傾げながら母に問うが、返事が満足いくものだったようで笑顔になる。
◆
???
「いったいどうなってる!」
「そんなに大声出さなくっても、ちゃんと聞こえてるよ」
暗殺組織"満月"の緊急幹部会議は、最初から荒れに荒れていた。
「若様たちどころか、かなりの支部も連絡が取れませんからねえ」
「だが、攻撃だとしても一体どこがどうやって?」
「死体がないどころか、争った跡さえないとは…」
この半月、最初の異変は大仕事に携わっている、次期党首のルーカスとウィルソンからの連絡が途絶えた事だ。
最初は幹部達は、さてはどちらかがルール違反である組織内の殺しを犯して、証拠を隠滅しているのではないかと疑ったが、幹部達がそれぞれ潜ませていた子飼いの者達からも連絡が途絶え、これは変だぞと思い始めた矢先、次は各地にある支部からも連絡が途絶えたのだ。
そんな事があり、幹部皆がそれぞれ情報を収集して、ようやく幹部会が開かれたのだが、結果は芳しくなかった。分かった事と言えば、誰がどうやってやったかも分からない事であったのだ。
「"草臥れ"と"明星"の線は?」
「いや、どちらも目立った動きをしていない。それに、あそこだったなら、こうも後れを取らないはずだ」
「じゃあ祈りの国の暗部か守護騎士団かしら?」
「それも無いと思いますねえ。言ってはあれですが、よっぽどやりすぎたならともかく、単なる暗殺組織の僕たちに、大陸の秩序を守る祈りの国が、わざわざ裏の人員や守護騎士団を動員するとは思えませんからね」
「お前の言う事は尤もだと思う。だが、俺はこれほど大規模に動けて、かつ我々の組織を一方的に叩ける存在となれば、祈りの国しかないと思っている」
「そこなんですよねえ。明らかに動きが大きすぎる」
まず、敵対している闇組織の名前が挙がったが、候補に挙がる組織はどこも彼ら満月と大差なく、ここまで大規模かつ、一方的に攻撃できる存在ではなかった。
そのため、最有力の候補として、大陸に秩序を守護していて、かつ、神々の遺物を多く所持している祈りの国の守護騎士団か、汚れ役専門の部隊が動いているのではないかと意見が出たが、祈りの国が守っている秩序とはもっと大きな視点の物であり、いちいち暗殺組織の一つに出張ってくるものではないというのが、大体の意見であった。
「とにかく!報復の準備をしなければならない!」
「そんな事は誰だって分かっとるよ。じゃが、誰がやったか皆目見当がつかんから、集まってるんじゃろうが」
「はあ、朝からずっとあの調子だ。ザグさん早く来て欲しいんですけどね」
「同意する。あいつが一番情報という点では得意だ」
「一番遠くにいるんだ。勘弁してやれ」
「もうやになっちゃうわ」
最後の幹部の到着を待っている彼等は、この時点ではまだそれほどの危機感を持っていなかった。
連絡が途絶えた支部が幾つかあろうが、次期党首が2人そろって死のうが、むしろあわよくば、自分が満月を牛耳ってしまおうかと考えている者すらいたほどだ。
「いやあ、すいません遅れました」
「ようやく来やがったか!遅えんだよクソッタレが!」
「は?」
柔和な顔をしたどこかの若旦那といった感じの、最後の幹部が会議室に入室したが、出迎えた声はこの場の全員が聞いた事のない男の声であった。
「だれ!?」
幹部全員が、聞いた事のない声を発した人物を探そうとしたが、それどころでは無くなってしまう。
なぜなら…。
「ぎゃあああああああああ!?」
ほぼ同時に、彼等全員の手足がへし折れて、あらぬ方向を向いていたのだから。しかも、人によっては、完全にもげていた者すらいたほどである。
「そろそろ頭が集まるだろうとここで待っていたら…。2日だ!2日もだぞ!?つまり俺は2日も家に帰るのが遅れることになるんだぞ!?分かるか!?ええ!?ただでさえ半月も帰っていないのに!お前らクソ共が大陸中にいたせいで!ちまちま、ちまちまと虱潰しする羽目になったんだ!クソなら始末しやすいように、一か所に集まってるってもんが筋だろうが!ああ!?そうだろう!?」
突然の激痛で、床を転がりまわっている満月の幹部達を、突如現れた、渦巻く黒い靄が赤い目で見下ろし、その溜め込んだ憤怒を口から発する。
「しかもだ!お前ら全員皆殺しにしないといけないから、わざわざ一人づつ拠点の場所を調べなきゃいけねえ!闇組織の幹部はいつもこれだ!幹部がそれぞれ、秘密の場所を2つも3つも持ってるんじゃねえよ!クソが!」
見下ろしている怪物は気配が一切変わらないのに、どんどんと靄が渦巻くスピードだけ速くなり、時折紫電までも迸っていた。
「ひっ!?お、お前は一体!?」
「ば、"化け物"だ!?ぎゃああああああ!」
「まずはお前からだ!」
「いやああああああ!」
「やめてくれええええええええ!」
「いやじゃあああああああ!」
奇しくも、怪物の異名の一つを呼んでしまった幹部が最初の犠牲者となり、その後また一人また一人と…。
怪物には、家族を害するものに情け容赦も、老若男女の区別もない。
◆
湖の国宮殿
「国王陛下!国庫から、用途不明な金銭の減りがあったのはどういうことですか!?」
「ごほっ。宰相。余の勝手であろうが」
湖の国の謁見の間で、知らない内に国王の名で使用されていた多額の金について、宰相が問いただしていた。
謁見の間には、少数の護衛の騎士と、口論する宰相と国王。
そして。
(どうするか…)
玉座に座る国王の背後に立ち、赤い目で彼を見下ろす怪物が1人。
怪物は、自分の家族を殺すと宣った連中の依頼者に、落とし前を付けようとしていた。
「よもや、誰かしらに追っ手を放ったわけではありませぬな!?」
「ごっほごほ。貴様…」
(かなり派手にやりすぎた…。ここでこいつを殺すと、分かる奴には分かるはずだ…)
怪物にとって、判断基準はただ一つ。ここで国王を殺害する事によって、家族を守れるか害になるかである。
しかし、今回の一件では、怪物は大陸中を飛び回っており、自分の事を知っている極僅かな者は、恐らく結びつけるだろうと判断している怪物は、ここで湖の国の国王を殺すと、国王をも殺す人物としてさらに危険視され、巡り巡って、家族に迷惑を掛けるのではないかと悩んでいた。
(さて…。仕方ない、魔の国の国王と同じにするか…。腹は立つがその方がいいだろう)
怪物が方針を定めた時であった。
「この際ですからはっきり申し上げましょう!王太子殿下達の暗殺を、どこぞに依頼しましたな!?」
「ごほっ!ごほおっ!貴様!?」
「裏も取ってあります!何卒お止めなされ!名を落としますぞ!」
「ごっごばぁ!?」
「国王陛下!?」
「陛下!?」
「陛下がお倒れになった!医者を!」
宰相とのやり取りで、顔を青と赤に目まぐるしく変えていた国王が、突如として血を吐き出し、玉座から転がり落ちたのだ。
(はん?おいおい…これは助からんな。鬱憤をぶつける相手がいなくなったと嘆くべきか、自然死ならしょうがないと思うべきか…。まあ、殺したかと聞かれても、やって無いと自信をもって言えるようになったが…)
驚いたのは怪物も同じであったが、先程まで殺そうかと悩んでいた相手だ。周りで騒いでいる者達程の感情は当然ない。
(まあ、屑でもあの双子の父親だ。これで良かったのかもしれん)
自分が殺したわけでも、心を壊したわけでもなく、自然死ならば特に負い目を感じる事も無いだろうと思い、双子の方も暗殺以来を出した大本がいなくなったのだ。これが一番無難だろうと思いながら、怪物は王宮を去るのであった。
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