恐ろしい者

リガの街 ユーゴ邸


「お帰りなさいドロテア様」


「ああただいま」


朝方に、海の国で行われた、船の国についての会議に出て、帰って来たドロテアが、リリアーナに出迎えられる。


「坊やは暫く帰ってこないって?」


「まあお分かりに?はい、お仕事に少し時間がかかると置手紙が」


「まあそうだろうね」

(大陸中のあちこちで、坊やの力が感じられるんだ。虱潰しに、闇組織の拠点を回ってるねこりゃ)


ユーゴが留守な事を言い当てた、ドロテアに驚くリリアーナ。

もっともドロテアからすれば、ユーゴの力が大陸の方々で感じ取れるのだ。明らかに転移を繰り返している事が分かる。


「もう少ししたら、あの双子も外を出歩ける様になるね」


「ああ、やっぱり暗殺組織の」


「ああ」


ユーゴが保護した双子を残して行く仕事となると、原因の暗殺組織だろうと予想していたリリアーナである。


(大方、身内ごと狙われたか、家族がどうなってもとか言われたんだろう。大分キレ散らかしてるねこりゃ)


恐らく大陸で、己しか気づいてないだろうが、なんとか気配を抑え込みながらも、それでも届いて来る怒りの気配に、ドロテアはかつてのユーゴを思い出す。

ユーゴが大陸に来てすぐ、ようやく現状を理解して怯えも無くなり、さあどうするかという時期に、トラブルばかりに巻き込まれて、世の理不尽に怒りを抱いていた頃を。だが、今感じる気配は、その時よりもかなり濃い。


「クリス見つけたぞー!あ!?避けた!?」


「えへへへへ!」


「どうソフィアちゃん、コレットちゃん?積み木のお城!」


「おねえちゃんすごい!」


「えっへえっへ!」


(まあ、5歳の子を殺そうとしたんだ。因果応報という奴だね。フェッフェッフェッ)


その怒りを向けられている相手を嘲りながら、ドロテアは子供達が遊んでいるリビングへと足を向けるのであった。



大陸に、人型の嵐が吹き荒ぶ。

怒りの化身が進撃する。

死が…


抑えがたい怒りによって噴き上がる気を、無理やり抑え込んだ結果、黒い人型の靄の様になった死は、血走った目だけを爛々と赤く輝かせながら、大陸中に散らばる暗殺組織、"満月"の拠点を一つ一つ蹂躙していく。


死は経験で知っていた。一度闇の組織と命のやり取りを行うと、どちらかが死に絶えるまで終わらないと。


面子を潰された。報復を行わないと、下に示しが付かない。復讐。裏の組織ゆえ弱みを晒すと、他の組織に襲われやすくなる。そんな様々な要因がもとで、闇組織は止まらないのだ。特に、戦闘や暗殺系の組織はその傾向が強い。


ならば、対処は一つだけ。


(一人残さず殺し尽くす!)


怒りの化身でありながら、闇に溶け込み命を刈り取るその姿。まさしく怪物。



港の国


(うん?何で開いてないんだ?)


港の国にて、海運業を営んでいる店の隣に住んでいる青年が、朝一番に表に出ると、まだ隣の店が閉まっている事を不思議に思う。

港町の朝は早く、今まで隣の店もこの時間にはいつも開いているのだ。


「弱ったな…。勝手に入るのもな…」


(お客さんも来てるのに)


しかも店の前には、よくこの店に商品を卸している商人の姿もあった。


「よかったら見て来ましょうか?隣に住んでますから、特に変に思われませんし」


「おお!ありがとうございます!是非お願いします!」


そこそこ大きな店であったため、どうしても立場が下な商人は勝手に入る事が出来なかったため、変わりに青年が、店の裏手から敷地の周りをぐるりと一周しようとする。


(変だぞ?声も聞こえてこない)


異変に青年はすぐに気がつく。

いつもなら、大声で仕事している若い衆たちの声も聞こえないのだ。


「え!?」


そしてとうとう決定的な物を彼は目撃する。


「なんだこれ!?」


勝手口の一つが開け放たれていたが、扉が開いているのではない。壁にヒビを走らせながら、大きな穴が出来ていたのだ。


「誰か!?誰かいませんか!?」


これはただ事ではないと、彼は大声を上げて周囲に助けを求めるのであった。



「商店の方!誰かいませんか!?」


「いったいどうなってんだ!?」


すぐに駆け付けた街の警備隊が目撃したのは、何も異状はないという異常事態だった。ただ一つ、誰もいない事を除いて。


コーヒーは湯気を立て、厨房にも火が入り、浴室に設置されている魔石のシャワーだって出ていた。

それなのに、誰も商店の中に居ないのだ。警備隊が気づくのはもっと後になるが、秘密の地下室にさえ。


この怪奇現象に、ただただ警備隊は戸惑うばかりであった。



「たまには本業の方もやりたいんですけどねえ。船長はどうです?」


「全くだ。早いとこ次期党首を決めて欲しい」


現在、怪奇現象に見舞われている商館に所属する船が一隻、近くの魔の国の港に積み荷を運んでいた。

しかし、この海運業は副業であったが、彼等の言う本業と言うと、現在ストップしている状況であった。そして、この船の乗組員全員が全員副業中である。


「海賊でもやってみます?」


「ははは!実は本店の方でもそういう話はあるみたいだ」


「マジっすか!?」


「ああ。お前らもそっちの方が楽しいだろ!?」


「したいでーす!」 「もう船員は飽きました!」 「腕が錆びちまう!」


「ははは!」


周りで作業する乗組員にも大声で聞く船長に、彼等も賛成の言葉を返し、船のあちこちで笑い声が起き上がる。


そのまま楽し気に、船は魔の国を目指すのであった。



魔の国 港町


「いったいどうなってるんだ!?まさか難破でもしたのか!?」


魔の国の港町で、積み荷が届かない事を憤っている、例の商店の関係者が複数いた。港の国から魔の国の港町まではほんの少しだったため、かなり予定がかっちりしていたのだ。

いや、最初は船の運送だから数時間遅れてもしょうがないと思っていた彼等だったが、もう到着の予定日から半日も経っていた。


「こっちの支部も予定があるのに…!」 「港の国の本店にも連絡が付かん!」 「ああもう!」


口々に本店に文句を言い合う彼等だったが、内心でもう一つの文句を言っていた。

それは


(本業の方をしたいしたいと言っていたが、副業の方もきちんとしろ!)


というものだった。

そして、御多分に漏れず、彼等も現在副業中である。最も、本業の方は、彼等が内心で文句を言った様に、表に出せない物であったが…。


「とにかく、本店の方にもう一度…」


その続きは言えなかった。

誰も。

永久に…。



ーこの世で最も強いのに、最も隠れるのが上手いなんて、そんなこと想像できるか?だから最も恐ろしいのだ-

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