かつての暴力の化身

ブチリ


そう聞こえてきた音は、怪物が切れた音だったのか…。

それとも…


「ぎゃあああああああああ!?」


ウィルソンの手足がもげた音だったのか。


「おいコラ。いまなんつった?」


ウィルソンの叫び声が外に漏れないように、机に消音の魔道具を置いたユーゴが、椅子からゆらりと立ち上がる。


「あ?誰を殺すだって?ええ!?言ってみろや!」


「ぎゃあああ!?」


そのままユーゴは、床に這い蹲っていたウィルソンの髪を掴むと、自分の目の前まで持ち上げる。


「子供を殺すなって、当たり前のことを頼んだよな!?ああ!?そうだろ!?」


「ぎいいいいい!」


痛みでそれどころでは無いウィルソンであったが、ユーゴはお構いなしに続ける。


「それで俺の家族を殺すだあ!?いいだろう!とことんまでやってやるよクソボケ!」


「ぎぎぎ」


そう宣言すると、ユーゴはウィルソンを床に投げ捨て、自分の"倉庫"からドロテア特製の自白剤と、鏡の破片の様な特殊な転移触媒を取り出す。


この鏡の様な触媒を使用すれば、ある場所に行った者の記憶を触媒に焼き付けて、そこに行ったことのない者でも、転移魔具にセットすることで、転移が可能になる代物であった。

しかし、使用された者の脳と視神経に多大な負荷がかかり、ユーゴもジネットと"杯"の一件以来使っていない、非常に危険かつ希少な物であった。


「くそったれが!どいつもこいつも俺の家族を…!」


だがユーゴは、そんなことお構いなしに、もう一つの危険な代物の自白剤を、ウィルソンの口に押し込み、無理やり飲ませる。


「組織!人員!拠点!全部喋ってもらうぞ!」


「ひいいいいい!?」


ウィルソンに最低限の止血だけしながら、ユーゴは暗い昏い黒い瞳に関わらず、真っ赤な真紅に輝いている目を彼に向けて、怨敵全てを暴き立てる。


「皆殺しだ!」


毛を逆立たせて夜に吠える怪物を止められる存在など、この世界のどこにも存在しなかった。



「ウィル…」


「クソが!てめえら一枚岩じゃねえのかよ!?めんどくせえ!」


ウィルソンに報告を上げに来た、彼の部下を消滅させながら、ユーゴは苛々と吠える。

さっさとこんなことを終わらせて、手を止めている子供達の成長記録のアルバム作成に戻りたい彼にしてみれば、組織内で2つに争っている"満月"は、手間を増やすとんでもない害虫であった。


「一々、2つがそれぞれ準備した拠点を潰せってか!?クソ!」


全てを喋らされ、本拠地の座標も無理やり脳から抜き取られたウィルソンは、最早虫の息であった。


「おまけに、どっちか死んでも、後継者争いは止まらないと来た!」


ウィルソンとルーカスの次期党首争いで、どちらかの死での決着にすると、必ずお互い殺し合うと確信していた満月の幹部達は、ルールを作る際に、どちらかが死んでも、次期党首の承認にはターゲットの首が必要であると決めていた。


下手をするとかなり長引くルールであったが、長引くなら自分が下克上するという、野心を秘めた何人かの幹部の思惑もあり作成された。

それが今回裏目に出た


「安心しろ!兄弟仲良くあの世に送ってやる!そこで決着を付けるんだな!」


「ぎゅ」


苛立ちを更なる燃料として燃え上がった怪物は、足元の汚物を踏み砕くと、テントを出て月を恐怖させながら、周りにいた満月の面々を瞬時に食い散らかす。


「クソ!クソ!クソ!」


魔の国との件では違う点。

それは、子が生まれた事により、更に過敏となっていた怪物が、怒り狂ってかつての"暴力の化身"に戻りかけている事だった。


そして、怒れる怪物が去った後に、何かが残るはずも無かった。



「ルーカス様。どうやらウィルソン派が、聞き込みを強化しているようです」


「ふんっ。焦ったなウィルソン。動きが丸わかりだ」


一方、ルーカス派のテントでは、ルーカスが部下からウィルソン派が聞き込みを強化しているため、大体のウィルソン派の人員の、把握が出来たことを報告されていた。


「幸い、数は殆ど変わりないようだな。このまま監視を続けさせろ。奴等がターゲットを見つけたら、美味しい所を頂くとしよう」


「はっ。では私はこれで」


「ああ」


「てめえがルーカスだな?」


「は?」


部下がテントから出て行こうとした瞬間であった。その部下は、まるで最初からいなかったように消え失せると、変わりに怒れる怪物がテントへと入って来た。


「誰っぎゃあああああ!?」


「クソが!やっぱりめんどくせえ!同じことを、またやらなきゃならないのかよ!クソ!」


ルーカスもまた、ウィルソンと同じように四肢をもがれ…。


「知っていることを吐け!」


怪物の腹に収まるのであった…。


ユーゴ邸


「あら?置手紙?旦那様かしら?」


所変わって、クリスを抱いてリビングに入って来たリリアーナは、机の上に置手紙があるのを発見する。

自分の夫が、よく仕事や野暮用と言って急に屋敷を飛び出す事が多いため、置手紙を書いた人物が、夫ではないかとリリアーナにはすぐに分かった。


「一度戻ったのかしら?」


夕方過ぎにユーゴが出て行った時、この置手紙は無かったため、一旦戻って置手紙を書いたようだ。


「『皆へ。ちょっとお仕事に行ってきます。今日の夕食は食べられそうにないです。急な話でごめんなさい。どうも思ったより長引くかもしれません。本当にごめんなさい。追伸、子供達がパパが居ないって泣き出したら、パパも寂しいって言っておいてください。ユーゴより』あらあら。私も寂しいのに、酷い人」


「ぱぱ?」


「ええクリス。パパはお仕事ですって。あら?裏に?」


子供達だけでなく、自分も寂しいと後で言っておこうと思ったリリアーナであったが、手紙の裏にも走り書きがあるのに気がついた。


「『恥ずかしいので裏に書きます。もちろん奥さん達に会えないのも寂しいです』あらあら。うふふ」


「まま!ぱぱ!」


「そうよクリス。ママとパパはとっても仲良しなの」


夫の気遣いに、思わず笑顔になりながらクリスに頬擦りするリリアーナ。

そんな母の様子に、クリスも笑顔でママと呼ぶのであった。

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