有り体に言うと、昔に比べてかなりキレやすくなっている怪物

祈りの国 ベルトルド総長執務室


「む?そうか、今日から休暇明けか。ご苦労だったな騎士マイク。そうだ、世界は広い。そしてそれ故、常に危機を孕んでいるのだ。我々は常にその事を意識して、職務に励まなければならない」


「ん?奴がどうしてあれほど強いのか私にも分からん。しかし、怖さならば少しだけ話せる。もしお前があれほどの力を持っていなたら、単なる市民として生活できるか?社会に埋没する事をよしとするか?そうだろう。普通は無理だ。のし上がる、頂点に立つ、名をあげる。色々考えれるだろう」


「しかし、奴はそれを望んでいない。分かるか?この世界で最も恐ろしい男が、人畜無害な存在を装っているのだ。人に頼まれるのをよしとし、金を払うのをよしとし、子供達と遊ぶのをよしとする。これで一体誰が気づくというのだ?」


「だからこそ恐ろしいのだ。何人も触れてはいけない存在でありながら、社会に溶け込んでいる。社交性を持っている。つまり、何も知らない者にとって、接触しやすいのだ。脅しやすいのだ。害を加えやすいのだ」


「そしてその怪物は、なんと話合いまでしようとする。なるべく穏便にしようとな。だが、もうこうなるとどうしようもない。飲めるはずのない要求を突き付けて、怪物を怒らせ、その力が振るわれてそいつは死ぬ。さっきまで人畜無害だったはずの男の手によって」


「分かるだろう?この恐ろしさが。よし、騎士マイク。お前には非常に期待している。これからも励んでくれ」



「報告します。残念ですが、聞き込みを強化しても目立った成果は上がっておりません…」


「そうですか…」


日が落ちてしばらくたった時間に、今日の報告を受けるウィルソンであったが、聞き込みを強化した甲斐なく、成果はゼロであった。

そして、夜になると酒を飲んだものが多くなり、聞き込みの精度が非常に怪しくなるので、今から出来る事は殆どなかった。


「こうなれば、隣町にも人を入れる必要があるかもしれませんね」


「はっ」


一向に姿を掴めないターゲットに苛立つウィルソンは、もうターゲットは、この街を離れたのではないかと考え始める。


(しかし、子供と老人が我々の網からすり抜けれるものなのか?まさかルーカス派は、見つけれていないふりをして、既に首を別の者が届けているのでは?)


「失礼しますウィルソン様!」


ウィルソンが疑心暗鬼になっている時である。テントの外から自分を呼ぶ声が聞こえてきたため、彼は我に返る。


「入りなさい。何かありましたか?」


「はっ、失礼します!実はテントの外に、ダンという老人が連れた双子なら、覚えがあるという男が来ていまして」


「それはっ!」

(やはり聞き込みを強化して正解だった!)


まさにその老人の名こそ、彼らのターゲットを連れた人物にほかならず、ウィルソンは思わず立ち上がって喜色を顔に浮かべる。


「その男をここに連れて来なさい!今すぐ!」


「はっ!」


思わず声が大きくなり、ルーカス派に洩れる事を気にして、慌てて声を潜めたが、それでもつい声は大きくなってしまう。


「お客様をお連れしました!」


「どうぞお入りください」

(いいぞ、ちゃんと出来る奴だ)


出迎えに行かした部下が、重要な情報を持っている相手を、不快にさせないようしている事に満足しながら、テントへ入る許可を出す。


「失礼します」


「どうぞお掛け下さい」

(未熟者め。今さら興奮してどうする)


入って来たのは、東方風の黒髪黒目と言うこと以外、取り立てて特徴のない中肉中背の男であった。その男を椅子に案内しながら、ウィルソンは音を立てている自分の心臓を煩いと感じていた。


「初めまして。ウィルソンと申します」


「これはご丁寧に。ユーゴと申します」


「なんでもダンさんと、双子のお孫さんの事を知っているとか」


「はい。グレン君と、ジェナちゃんですね」


「おおそうです!今彼等はどこに?」


まさに彼等あ血眼になって探しているターゲットの偽名を聞き、ウィルソンは身を乗り出さんばかりに所在を聞く。


「その件なんですが、ダンさんから色々と聞きましてね。どうか手を引いてくれませんか?」


「何のことでしょうか?」


「子供達の殺害です」


(こいつは馬鹿か?)


ダンから話を聞いているなら、自分達が腕利きの暗殺者という事くらい、見当がつくはずだ。それなのにのこのことやって来て、挙句の果てに自分達に手を引けと来た。正真正銘の愚か者である。


「ユーゴさん。何か誤解があるようです。私が直接会って誤解を解くので、どうか案内してくれませんか?」


「すいませんがお断りします。どうか手を引いてくださいませんか?何も幼い子達を害する事はないでしょう?」


「うるせえんだよ!」


顔を真っ赤にさせて立ち上がるウィルソン。

今にも宝を見つけられそうなのに、目の前の馬鹿のせいで話が進まないのだ。この馬鹿から双子達の場所を聞きだすには、痛めつけるか…


「この糞野郎!目を抉ったら素直に喋ってくれるか!?それとも」


脅しつけるかである。だから言ってしまった。


「てめえの身内を殺せば言ってくれるか!?」


ブチリ



ー気怠さを感じていた怪物は、ある日を境に愛を知り、番を得て子供まで授かり、すっかり体を丸めてしまった。そして、子供達を目を細めて見守り、時には腹を出してあやすまでになっていた。しかし、怪物は怪物であった。少しも衰えるばかりか、むしろ、守るものが出来た怪物は、同時に、今まで存在していなかった逆鱗も出来上がっていた。絶対に触れてはいけない逆鱗が…ー



「馬鹿め」

ー"始まりの1人"ドロテアー


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る