お家騒動

湖の国


「ごほっ…。まだ忌み子共は見つからんのか?」


「いえ、どうやらあるサーカス団に溶け込んでいることまで分かりました。もう少しでお望みの物をお見せできるでしょう」


「ごほっごほ。そうか余の命もそう長くあるまい。もし万が一の事があっても、前金を払っているのだ。必ず成し遂げよ。いいな"満月"?」


「はっ」

(あんたのためじゃねえがな)


湖の国の国王と、暗殺専門の闇組織"満月"の次期党首の1人、ルーカスは、湖の国の国王の前で跪きながら、胸の中でそっと呟く。


「それでは私はこれで」


「ごほ。急げよ」


「はっ」

(分かってるっつうの)


またしても内心目の前の国王を小馬鹿にしながら、ルーカスは部屋から出て行く。


「ルーカス様。ウィルソン派も獲物を嗅ぎつけた可能性が…」


「なに!?」


城の外に停めていた馬車で待機していた従者が、つい先ほど知らされた情報をルーカスに知らせる。


「こっちの準備は終わってるな!?」


「はっ」


「なら今すぐ行くぞ!」


「はっ」


ルーカスが慌てているのは理由があった。

現在闇組織"満月"はお家騒動の真っただ中にあったのだ。


これは前党首である彼の父親が、後継者を指名せぬまま死去し、次の党首を誰かにするかで揉めていたのだ。

そしてこの話をややこしくしていたのが、前党首の息子達が双子であったことである。


彼ルーカスと、もう一人の双子のウィルソンはいがみ合う事甚だしく、もう血を流す事でしか次期当主の解決はしないのではと思う所まで来ていたが、そんなところへ秘密裏に湖の国の国王が接触し、ある依頼を莫大な前金で支払ったことで話は急転。

組織内で血を流して弱体化する事を恐れた幹部達が彼らを説得し、この依頼を先に達成した方が、次期党首に相応しいと何とか納得させたのだ。


「次期党首は俺だ!」


ルーカスは準備を整えて出発するため、すぐさま馬車を出発させる。


向かうは剣の国、リガの街、ターゲットはサーカス団に雑用として働いている5歳の双子の子供達。



「ウィルソン様。ルーカス派の動きが急に慌ただしくなりました」


「ちっ。感づかれましたか」


「はっ」


一方、もう一人の次期党首候補、ウィルソンもルーカス派の動きがあったことを苦々しく思っていた。


「こうなれば時間はありません。こちらもすぐに」


「はっ」


このお家騒動。双子が絡んでいるだけでややこしいのに、更に問題を大きくしていたのが、ウィルソンもルーカスも、暗殺者としての力量が共に一流であり、能力にほとんど差が無かったことがある。


そのため、彼等に取り入って上に上り詰めようとしている、今まで中堅で燻ぶっていた者がほぼ均等に両者に集まってしまい、勢力を完全に二分化してしまったのだ。


「こちらも急ぎましょう」


「はっ」


「次期党首は私にこそ相応しい」


彼等の目指す場所も、当然リガの街であった。


………

……


彼等には2つの幸運があった。

1つは現在リガの街には、大勢の人種が急に集まっていた事。

もう1つは、彼等が一流と自負している暗殺者としての力量が…、いや、大陸での尺度でも確かにぎりぎり一流であったのだが、魔の国の情報部やダークエルフの達人と比べたら、二流半もいい所であったこと。


この2つの幸運のお陰で街へとたどり着き、ターゲット暗殺のための準備と、情報の収集を行う事が出来た。


ただし、その幸運と引き換えに、獲物の匂いを嗅ぎつける事が出来ず、苛立っている化け物の巣に、土足で入り込んでしまったのだ。

苛立ちのため、普段よりも刺激に対して、過敏になっている怪物の…。



(全く…まさかまたマダムに会うとは…)


ユーゴは先程会った人物である、踊り子達の元締め、マダムの事を鳥肌を立てながら思い出す。


(初めて会ったのはいつだったか…。確かその時も闇組織との抗争に巻き込まれた時だったか…)


マダムが娼館を畳んだ理由と同じように、かつてユーゴも砂の国で闇組織間の抗争に巻き込まれた事があった。

大歓楽街があることでも有名な砂の国は、その利権を争って日夜裏の世界で暗闘が起こっており、表と裏の顔が激しい場所でもあるのだ。


(悪い人ではないんだが、俺の体を触りながらくねくねされても困る…)


そんな場所で長らく、大きな娼館を経営して来たマダムだ。

表にも裏にも伝手があり、娼館で気の緩んだ男が漏らした情報も持っている、油断のならない人物であるのだが、根が善性の人なのだろう。特に嫌な気配を感じる事も無かった。


「グレン、これ重いんだけど」


「文句言うなよジェナ」


(はん?えらく変装している子供達だな)


小さな5歳ほどの男の子と女の子が、大道芸に使うであろう小道具を腕一杯にして歩いて来るのを、ユーゴは妙な子供達がいるなと思っていた。


「おじいちゃんも手伝ってくれるはずだったのに」


「マダムに呼ばれてたよ」


「手伝ってあげようか」

(妖精族か。どおりで外見の割にしっかり喋っている)


ユーゴはその子供達に手伝いを申し出ながら、観察していた。

じっと観察すると、髪と目が魔法で染色されており、骨格も少し違うように見える。


「いやいいよ」


「うん。っあ」


「ほら、落としちゃったじゃないか」


急な申し出に不審を抱いたのか、断った子供達だが、女の子の方が持っていた幾つかのボールが地面に落ちてしまい、ユーゴはそれを拾って持っていくとジェスチャーする。


「うーん。じゃあお願い」


「正直無理があったの」


「お任せあれ」

(えらく変装させてるが、どっかの偉い手の子がお忍びか?それにしちゃあ慣れてる様子だな)


もうこれは仕方ないと子供達も納得して歩き出す。

一方ユーゴは、子供達がどこかの貴種ではないかと思ったが、慣れた様子で小道具を持ち運び、指の爪も特に手入れをされていないのを見て、素性がよく分からないと悩んでいた。


「そういえば、今日の晩御飯何か知ってる?」


「シチューって言ってたぜ」


「やった」


(多分双子だな。ふふ、コレットとクリスも、成長したらこんなふうに仲良くお話しするだろうな)


よく似ている2人を見て、ユーゴは自分達の子共達を重ねながら、彼等の後を追うのであった。



「マダム。お話とは?」


「ああ、ダンさん。ちょっとこっちへ」


一方、ユーゴと別れたマダムは、自分が呼んだ年老いた老人、ダンを小道具が積まれている、隅の目立たない場所に引き連れる。


「さっき連絡があったのだけど、どうやらあの子達がここに居る事がバレたらしいの」


「なっ!?」


年老いた、かつての名を捨てた老人は、マダムから聞かされた内容に絶句する。

こうならない様に、各地を転々とする大道芸の一団に身を潜めていたのに、自分達の存在が露見したのだ。


「今すぐ支度をした方がいいわ。今から昔の伝手を使って、かなり遠回りになるけど、港の国から船で北の国に行けるよう手配するから」


「何から何まで…。本当に感謝します」


「いいのよん。あんな幼い子達を死なせるわけにはいかないわ」


そう言って、マダムの手を取って深く頭を下げるダン老人。

ある理由で身を潜めている彼等を、マダムは今まで手厚く支援してくれていたのだ。


「今すぐあの方たちを」


「ええ。私も急いで…」


「あ!お爺ちゃんこんなとこにいた!」


「爺ちゃん、これ重いんだけど」


「ぬお!?マ、マダム!?」


そんな彼等の下へ、小道具を運んで来た子供達と、さっそくマダムの記憶を封印して、気配を忘れていたユーゴがやって来る。


「…グレン、ジェナ。この人は?」


「さっき会った人。道具を持ってくれたんだ」


「そうそう。腕から溢れちゃったの」


(ありゃ。やっぱりどこかの貴種かね?というかマダムの視線が痛い)


「…」


酷く警戒した老人を見て、子供達の生まれがやはり貴いのではないかと考えているユーゴを、マダムがじっと見ていた。


「…ねえユーゴちゃん。実は折り入ってお願いがあるのだけど」


「マダム?」


「はあ、なんでしょうか」


不審げなダン老人をあえて無視して、マダムはある意味一世一代の賭けに出ていた。


「この子供達なんだけど、命を狙われていてね」


ピクリ


(勝った)


マダムは賭けの勝利を確信した。

この場の老人と子供達は気づいていなかったが、ユーゴの気配がピり付いたのを感じ取ったのだ。

恐らく今のユーゴの気配を察せられるのは、彼の妻達とドロテアだけなことを考えると、はっきりと偉業といってよかった。


「マダム!?」


「え?どういうこと?」


「お爺ちゃん?」


血相を変えているダン老人と、困惑気な子供達を無視し続け、マダムは話を続ける。

ユーゴの強さを直接見ているマダムではなかったが、今まで数々の修羅場を潜り抜けた彼の女の勘?が、ユーゴに子供達の事を託すべきだとささやいていた。


「お話を聞かせて貰ってよろしいですか?」


「ええ。ごめんなさいダンさん。この人ならきっと大丈夫」


「いやしかし!?」


勝手に話を付け、ユーゴにも厄介ごとを押し付ける事になるのは、マダムとしても非常に心苦しかった。

しかし、何の咎無き子供達が死の危機に瀕しているのを、マダムは黙って受け入れる訳にはいかなかったのだ。


「少し奥でお話しするわね。さあ、2人もいらっしゃい」


「ええ」


ユーゴだけでなく、当事者である子供達にも話す時が来たと、マダムはそう思った。出来れば来て欲しくなかったとも思いながら…。



もう一つだけ運が悪い事があった。

怪物がターゲットである子供達に、同じ男女の、ある意味双子といっていい自分の子らを重ね合わせていたのだ…。

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