一座2

「おお!あれだ!」 「来た来た!」 「ママー!サーカス来たって!」


リガの街は、そろそろ昼食時にも関わらず、城壁の上に多くの見物客が集まり、大道芸の一団を今か今かと待ち受けていた。

大道芸の一団、またはサーカス団といえるその集団と、そのほかの者達も含めた集団は、ゆっくりとだが街道に姿を見せ始め、彼等もリガの街が見えたのだろう、楽器を鳴らしながら向かって来ていた。


「いやあ、サーカスなんて初めて見るな」 「楽しみだ」 「踊り子の姉ちゃんたちはどこだ?」


地方都市に過ぎないリガの街に、演劇場や楽団がある分けが無く、市民は娯楽に飢えており、今回の大道芸の一団が来る事を皆楽しみにしていた。


「そういや、どこでやるんだ?」 「ああ、連中は街の外で大きなテントを張ってやるらしい」 「寝泊りも外みたいだな」


流石に大きなスペースを取る芸をする有名な一団だけあり、限られた街のスペースでは行う事が出来ず、大道芸の一団に限らず、行商や踊り子達も外で商売を行う事になっていた。


街の者達が話している間にも、一団はリガの街に近づいて来る。


「すげえ数だ」 「いったい何人いるんだ?」 「いろんなとこが、くっ付きまくってるなこりゃ」


まさしく長蛇の列と言うに相応しい数の人種達が、次から次へと姿を現していた。

そのせいで、ある男が困っていたのは、誰も知らなかったが…。



(多いわ!)


そのある男、ユーゴは自分の索敵網に次から次へと入って来る者達に、文句の一つでも言いたい気分にさせられていた。


(強い気配はないけど、これは困った…)


強者の気配なら、例えどれ程巧妙に隠していても察知できるユーゴであったが、妙な表現だが普通の暗殺者程度の腕の者がこの集団に紛れていた場合、かなり察知が困難な状況と化していた。


愛する家族を守るため、特に命を実際に狙われたジネットとコレットを守るため、常にリガの街周辺を索敵しているユーゴにとって、これは予想外の事態である。


(普通の腕前なら大して脅威じゃないが…)


今の彼の考えをジネットが知れば、大陸三指にはいる暗殺者の自分を苦も無く制圧して、脅威になる暗殺者が居るのかと苦笑していた事だろう。


(まあ俺が気を付けてたらいいか)


(街がどんちゃん騒ぎの中、ここにドンパチしようとしてる奴がいるね)


楽し気な街の中で、ユーゴが準戦闘態勢に入った事を、ソファで茶を飲んでいるドロテアだけが知っていた。



(考えすぎだったかな)


一応念のために城壁の外に出て、到着した一行を覗いているユーゴであったが、彼の懸念を余所に、裏の者特有の、血の匂いをさせている者は見つからなかった。


街の外では既にテントが立ち始め、軽い催し物が行われていたり、サーカスの予定を書いているビラを配る道化師、歌を歌っている詩人などで賑わっており、普段の外とは全く違う様相であった。


(ん?この気配どこかで…)


そんな中、ユーゴはかすかに覚えのある気配を感じ、少し奥へと足を運ぶ。


「なんでえ、こっから先は入れねば所に踊り子は居るのか」 「夜まで楽しみにしてろってこった」 「ちぇ」 「申し訳ありません」


するとそこには、大道芸の一団の関係者らしき男が、複数の男達を止めている所であった。

話を聞いていると、どうやら踊り子たちが奥にいるらしい。


(踊り子に知り合いはいないはず…。だがこの気配…)


ユーゴは退散していく男達を横目で見ながら、気配の持ち主を思い出そうとしているが、記憶に靄がかかったように思い出せなかった。


「すいません。ここからは関係者以外立ち入り禁止で」


「え?ああ、すいません」

(まあいいか)


黙って立っているユーゴを、先程の男達と同様に、踊り子たちを見に来たものと思った係の男は、やんわりとお帰り願う。

そんなユーゴが踵を返そうとしている時であった。


「んまあ!ユーゴちゃんじゃない!?」


「え?んげ!?マ、マダム!?」


奥から自分を呼ぶ声が聞こえたので、そちらを向くと、そこには青い髭の跡が残る男が、女物の服と口紅を塗った姿でユーゴに手を振っていた。


(し、しまったあ!思い出せないんじゃなくて、思い出したくなかったんだあああ!)


「いやん。本当に久しぶりねユーゴちゃん」


「お、お久しぶりです」


近付いて来る女装の男。マダムに、引き攣った顔で挨拶を返すユーゴ。


「最後に会ってから10年は経ってるかしら?」


「そ、そうですね」

(気配なんか無視して帰ったらよかった…)


くねくねしながら自分の胸板に字を書くようにしているマダムを、ユーゴはげんなりとした顔で見ていた。


「リガの街にいたのねえ。それとも話を聞いて近くから来たのかしら?」


「いえ。リガの街に住んでいまして。マダムこそ砂の国からどうして?」


ユーゴの記憶では、目の前にいる男は、砂の国の歓楽街で娼館を経営していたはずだ。しかもかなり遣り手のオーナだったはず。


「んもう。あの国ったら裏組織とか闇組織の抗争が、どんどん激しくなってね。巻き込まれ始めたから従業員の皆と逃げたのよん。そんで今は踊り子ってわけ。最初はどうなるかと思ったけど、こっちの方が性に合ってたみたいだし、気楽なのよねん」


(今このおっさん、自分を踊り子にカウントしなかったか?)


「それにしても、ここであったのも何かの縁ね。今晩どう?」


「え、遠慮しておきます。結婚もしてまして」


マダムの御誘い文句を、ユーゴは指に嵌まっている指輪を見せながら、断固として拒否する。


「んまあ!やっぱり!なんだか落ち着きが出てるって思ったのよ!」


「そ、そうですか」

(もう流石に歳なんだから、落ち着きもするわい!)


ユーゴは、自分の仕出かした事を無意識に無視して、心の中で抗議する。


「じゃあ、旦那様といつまでもここでお話しするのはダメね。勘違いされちゃうもの」


「は、はは」


「それじゃあユーゴちゃん。またね」


「ええ。それでは」


マダムの変な親切心を、これ幸いとばかりに足早で逃走するユーゴであった。



「あん。いけず」


そんなユーゴの背を、マダムはやれやれとポーズをしながら見送る。


「マダム。さっきの人は?」 「仲良さそうだったけど」 「すんごい普通の人」 「ちょっとタイプじゃないかな」


「もうあなた達、盗み聞きは良くないわよ」


ユーゴとの会話が終わったのを見計らって、物陰からまだ普段のちゃんとした服を着ている、踊り子の女性たちが出て来る。


「さっきの人は、そうねえ…とっても危ないいい男かしら」


「えー!?マダムがいい男って言うなんて!」 「いや、危ないって…」 「普通の人じゃん」 「おっさんだよ」


マダムの言葉に、中肉中背の、特に目立った所のない男への感想が湧き上がる。


「もう。あなた達も分かって無いわね。いい女って言うのはね、男のあぶなーい所も嗅ぎ分ける事ができるのよん」


そう言いながらマダムは昔の事を思い出す。

一見人畜無害そうなあの男に隠された、ぞっとするほどの血の匂いを感じたことを。


「ま、今はいい旦那さんしてるみたいだけどね」


「えー?」 「何それ」 「男は顔!」 「金!」


「はいはい。そろそろ仕事の準備に戻りなさい」


尤もあの男は、血の匂いは変わらないが、かなり落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

マダムはそれを、いい出会いがあったのだろうと思いながら、仕事をさぼっている踊り子たちを急き立てるのであった。

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