侍女は見た4

「あああ極楽なのじゃああ」


「ほかに凝ってるとこはございませんかー?」


「ないのじゃー」


リビングの扉を少しだけ開けて、中の様子を確認する。

中ではおひい様が、ユーゴ様に肩を揉まれている所だった。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


「ありがとうアリー」


「ありがとうなのじゃああー」


おひい様は目を閉じたまま、顔も俯いている。よっぽど気持ちがいいらしい。


ちらりと視界に子供用の滑り台が入ってしまった…。


私は知っている…。

おひい様がこの滑り台をヒッソリと試していたことを…。


ユーゴ様達が散歩に出かけた後、誰もいなくなったリビングで滑ろうとしている所を、偶然目撃してしまった。

目論みは見事に成功し、滑り終わった後、うむ、これなら子供達も楽しめるのじゃ、とお墨付きを出していた。

その後に、もう一度乗っていたが…。


「寝てしまいそうじゃー」


「はっはっは。いいよいいよ」


吸血鬼の王族として生まれ、こういった遊具に馴染みのないおひい様が、つい試したくなるのも理解できる。

しかし、おひい様にも外聞というものがある。

この事は黙っておこう…。



「意外と上手いね」


「どうも」


珍しい事が起きている。

リビングに行くと、ドロテア様の肩をユーゴ様が揉んでいた。


しかし、どう見ても年老いた祖母に、孝行している姿にしか見えない。


「アレクシア。そこで突っ立ってないで、入っておいで」


私に気付いて!?


「失礼します。お茶が必要な方はいらっしゃいませんか?」


「一つ頂こうかね」


「俺もお願い」


「わたしものみたいです!」


「畏まりました」


ユーゴ様、ドロテア様、ソフィア様にお茶を注ぐ。

しかし、屋敷にいるシルキーの私に気がつくとは…。


「おばあちゃん、きもちいいの?」


「ああ。坊やの特技さ。腕がいい理由は物騒だがね」


「そうそう。って物騒言うな!」


「医者でもないのに、人体に詳しい理由を言ってみな。治すも壊すもだったかい?」


「力加減はいかかでしょうか?」


「いい感じさ」


ドロテア様が来てからよく思う事だが、どうやらユーゴ様は彼女に頭が上がらないらしい。今にも手を擦りそうな程ペコペコしながら肩を揉んでいる。


「よくわかんないけど、おじさんすごいんだね!」


「ソフィアちゃんは、本当にいい子だなあ」


「そうだろう。そうだろう」


「何か釈然としねえな…」


ソフィア様の反応に、感動しきったように、しきりに頷いているユーゴ様と、自慢げにソフィア様の頭を撫でているドロテア様。


「なに、坊やの子達もいい子さ」


「そうだろう!そうだろう!いやあ、ソフィアちゃんもうちの子達も、世界一さ!」


「わたし、せかいいち?」


「そうとも!世界一の子供が3人もいるとはね!」


「わあい!わたしせかいいち!」


興奮したように力説しているユーゴ様だが、ソフィア様の方はよく意味が分かっていないらしい。

でも、確かにウチのクリス坊ちゃまと、コレットお嬢様は世界一だ。

いや、おひい様も入れると、世界一が4人いた。


世界一が4人もいる屋敷に仕えられるとは、シルキー冥利に尽きるというものだ。


「ここにも親馬鹿が1人いたね…」



「まま!」


「まま!」


「ふふ。もうすっかりママって呼べるようになったわね」


「クリス。よしよし」


それぞれ母親に甘えている、コレットお嬢様と、クリス坊ちゃんにも秘密がある…。

いや、この場合私かもしれない…。


「今月の納品分の製作終了!パパだよ子供達!」


「ぱぱ!?まま!まま!」


「まま!」


「コレット。ママのお腹に顔を埋めても、隠れられてないわよ」


「まあクリス。ママから離れたくないのね」


どうやら、注文されていた像の製作が終わったらしい、ユーゴ様が走りながらリビングに入ってくると、坊ちゃま達は慌ててママと呼びながら母親のお腹に抱き着き、ここから離れないと徹底抗戦の構えだ。いや、顔を埋めているから、ひょっとしたら隠れているつもりかもしれない。


そう、秘密とはママという呼び方だ。


「そんな!?確かにママの所にいた筈なのに、クリスもコレットも、消えてしまった」


ユーゴ様がわざとらしく辺りを見渡しながら、少しづつ近づいていく


少し前にはっきりとママと、お坊ちゃま達が言ったと、ジネット様もリリアーナ様も喜んでいたが…。


「おんやあ?可愛い足があるぞ?くすぐってみよう。こちょこちょー」


「ぱぱ!めー!えっへえっへ!」


「えへへへへ!」


「ふふ。ダメじゃないコレット。笑ったからパパに気づかれたわよ」


「写真写真。クリスー、コレットちゃんー。こっちよー」


足をくすぐられ、思わず母親達から手を離し、笑い転げる坊ちゃま達。


実はその前日に、私がママと呼ばれていたのだ。


「おお!こんな所にいたのか!捕まえた!」


「きゃあ!」


「きゃー!」


遂に坊ちゃま達は掴まってしまい、抱えられる。


しかし、この事は黙っていよう。

折角喜んでいる所に、水を差すのも悪い。


「それでは回転します。ういーん」


「えっへえっへ!」


「えへへへ!」


そのまま回転するユーゴ様。

坊ちゃま達はそれが楽しくて仕方ないらしく、ずっと大笑いだ。


今日も私は秘密を抱いて生きていく。

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