ちょっぴり単身赴任編

海から

海の国 赤砂の浜


「海魔の2陣だ!」


ここ、海の国にある赤砂の浜は現在、潮の匂いに血と何かが焦げた匂いが混じっていた。

普段は赤い砂と、透き通るような青い海のコントラストで有名な、海の国の名所であったが、今この地にいるのは観光客ではなく屈強な兵士と、海面から次々に姿を現す海魔達であった。


空中では人種の魔法と、ウニの様な海魔の体から発射されたトゲが交差し、波打ち際では上陸を果たそうとするサンゴや貝の海魔に対し、急所だけを魚鱗鎧で守っている軽装の魚人種が、銛のような武器で海魔の装甲を貫いていた。

普通の人間種なら砂浜と波に足を取られるが、彼ら魚人種はヒレや水かきだけでなく、海や水に対して格別の加護を海神から受けており、むしろ内陸の陸上で活動するよりも軽快に動き回っていた。


「行くぞ野郎ども!叩き割ってやれ!」


人間種も負けていなかった。まさに海の男と言った兵士達が、海魔の装甲を破壊するために作られたハンマーや斧を振り回しながら、波打ち際から漏れ出た海魔に対処していく。


本来天然の砂で赤かった赤砂の浜は、今や血で染まった戦場であった。



「閣下。長のアザサ殿がこちらへ」


「すぐに通してくれ」


激戦であったが海魔を掃討し終わった後の軍司令部に、現地で臨時編入された魚人種の長が訪れていた。

海の国は海魔の出現に国を挙げて常時備えており、軍に現地の住人や魚人種が臨時編入されることは珍しくなかった。


「軍司令官殿。早急な対処に感謝いたす」


「海魔は人種全体の敵。どうぞお気になさらず」


一応海の国に属する2人だが、少々種族の文化が異なるため、挨拶もどこか外交的になる。


「早速本題なのだが、最近海魔の動きが活発過ぎる。何かあったとしか思えない」


「ええ。もう今年は5回目です。明らかに異常です」


繁殖に適しているのか、浅瀬を好む海魔達は大体年に1、2回ほど陸上の人種を襲撃しながら、そこに住み着こうとする。

しかし、今年は既に6回もの襲撃を各地の浜などで受けており、何かが海で起きているとしか思えなかった。


「一応対策会議は行われていたのですが、国王陛下のお名前の下に、改めて国家を上げての会議をすることになっております。我々人間種に海の下は広すぎます。どうかお力をお貸しください」


「おお。それは喜ばしい。"年老いた者"イジシも喜ぶだろう」


この異常事態に、海の国は国家を上げて対処することが決定していた。


「この海魔の騒ぎが、何か恐ろしい事の前触れでなければいいが…」


母なる海を見ながら、まるで嵐に備える様な顔でアザサは呟いた。


海の国 入り組んだ岸


「"最も恐ろしきモノ"を呼ぶ必要があるかもしれん…」


「"年老いた者"よ。それは何者です?」


魚人種達の一大集落、入り組んだ岸の奥にある最も大きな家に、魚人種の有力者が集まっていた。

彼等は最近の海魔の騒動について話し合っていたが、その中でも、最も尊敬されている最年長の老婆"年老いた者"イジシが呟いた言葉を、赤砂の浜から集落に帰って来たアザサが聞いていた。


「む。聞いていたか"勇敢なる者"よ」


「ええ」


年老いて腰は曲がり、顔は皺だらけであったが、彼女の経験から来る知識は尊重されていた。


「赤砂の浜ではご苦労じゃった」


「ありがとうございます。して、"最も恐ろしきモノ"とは?」


老婆が話題を変えようとした事に気がついたがアザサであったが、聞こえた言葉のただならぬ表し方を無視することも出来ず、もう一度同じことを聞く。


「小童め。そこは話に乗らんか」


「いえ。口に出してしまった方が悪いかと」


「ふん。言うようになったわい。あの鼻たれがのう」


孫どころか、ひ孫ほど年の離れたアザサに失敗を指摘されてしまったが、老婆も言うつもりが無かったのに思わず口に出してしまったため、悪態をつくに終わる。


「また話を逸らそうとしてませぬか?」


「全く…。昨今の海魔じゃが妙におかしい。繁殖と言うには切羽詰まったように動いておる。それに、岩の少ない赤砂の浜は奴らに取ってそれほど魅力的な土地じゃないはず」


「それはそうですが、やはり逸らそうとしておりますな」


「いいから聞けい。儂はひょっとしたら、海魔が何かから逃げておるのではないかと思っておる…」


「海魔が逃げる?」


「うむ。海魔だけでない…。海のすべての者が恐れておる」


老婆は予測として話していたが、ほとんど確信していた。海魔は逃げているのだ。何か恐ろしいものから。そして、自分だけが感じている海からのピリピリとした気配。海魔だけではない。母なる海にいる全ての者が怯えている。


「いったい何から?」


「分からん…。分からんが何か恐ろしいものじゃ…」


「それと"最も恐ろしきモノ"が関係を?」


「…いや。そんな恐ろしいものは人種にどうこう出来ん。恐ろしいものを打ち倒す事が出来るのは、もっと、もっと恐ろしいものじゃ。その中でも"最も恐ろしきモノ"なら…」


「"年老いた者"よ。それは一体何なのですか?」


どこか怯えているような老婆に、その正体を訪ねるアザサ。


「言えん。言葉には力が宿るのじゃ。お前の"勇敢なる者"と同じように。じゃから、これ以上"最も恐ろしきモノ"の事は言えん。さらに恐ろしきモノになったらどうする…」


そう言いいながら老婆は思い出す。

あの海を割り、"最も強き者"であったはずの海竜を2つに裂いた"最も恐ろしきモノ"を。



竜辞典


"最も強き者"、"ここに有ってここに無い"海竜サヌ


海の国遠方の大海溝に潜んでいた竜。とある次元の首長竜に酷似していた。

海の中にいる限り、本体は違う位相の世界に存在することが出来る。そのため攻撃や衝撃はすり抜けてしまい、痛みや傷とは無縁な無敵の存在であった。

数十年前に覚醒し、海の生物を食べ尽くそうとしたが、"最も恐ろしきモノ"と遭遇。

その最期は、"最も恐ろしきモノ"が海を左右に割り、海との接触が絶たれた一瞬にその身を上下に裂かれるというものだった。


「魚が陸に上がったらどうなるか試してみるか!」

ー"最も恐ろしきモノ"ー

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