幕間 像の行方
本日投稿2話目です。ご注意ください。
祈りの国 闘神マクシム神殿
祈りの国に存在する闘神マクシムの神殿で、あるお披露目式の様なものが開かれようとしていた。
マクシム神が最も高名な神の1柱であるため、その神殿は首都の本殿からほど近い場所にあり、噂を聞きつけた多くの者達が見物に来ていた。
「ん?ベルトルドではないか」
「おおドナート」
その中には、私的に神殿に訪れいた枢機卿ドナートと、守護騎士団総長ベルトルドの姿もあった。
「体調の方はいいのか?」
「あ、ああ。もう大丈夫だ」
「それならいいんだが」
かつて共に勇者を務めていた2人は親友同士であり、プライベートで来ていることもあって気安く話をしていた。
また、長く勇者として活躍し現在でも高い地位にある2人であるため、注目も少し集めていた。
「しかし驚いたぞ。お前が急に倒れたと聞いたときは」
「ああ、もう歳かもしれん」
「ん?」
「しかし、先輩が我々にも来て欲しいとはな。休んでいて噂に疎いのだが、何か知っているか?」
「なんでも見事なマクシム像の寄付があったとか」
どこか苦虫を噛み潰したような顔のベルトルドに、どうかしたのかと疑問に思うドナートであったが、ベルトルドに話を変えられる。
それこそが、この2人がここに来たわけであった。この神殿の神殿長は、彼等が勇者に就任したばかりの時の先輩であり、今でも元気な老人であったが、その先輩が是非にと2人を招いたのだ。
「ほう?余程見事なのだろうな。これほど人が集まるとは」
「ああ。それに先輩が像の見事さを力説していたらしい」
「ははは。それは楽しみだ。しかし、中央の空いた台にその像を置くとして、左右の空いた台は何を置くのだろうな」
「それは私も気になっていた。3つの台全部が神殿入って直ぐ正面とはな」
彼等の言う通り、神殿を入って直ぐと言う最も目立つ空間に、3つの空いた台座が置かれており、まるで主役の像は一つだけではないといった感じであった。
「先輩だ。となるとあれかな?」
「なかなか大きいな。さて、どんな像か」
2人が疑問に思っていると、神殿長と共に、布を被せられた像だと思われる物が、お付きの司祭の魔法によって、浮かせられながら運ばれていた。
布を被っているためハッキリと分からなかったが、それでもその大きさは、大体人の2倍から3倍はあり、本殿にある神々の像と比べてもそう変わらないほどであった。
「皆様、わざわざお集まりくださり感謝しております。まあ、長い挨拶はよしましょう。それではご覧ください!」
ある意味で闘神の神殿長らしく、挨拶を省いて像に掛かっていた布を魔法で外す。
「おお!」 「なんと見事な!」 「まるで生きているようではないか!」 「あれこそまさに闘神マクシム!」
大きなざわめきが起こる。
姿を現したマクシムの像は、竜の首に巻きつかれ絞められながらも、殺意溢れる顔をしながら、その足で竜の頭を踏みつけ、槍を頭蓋に突き立てている姿であった。
白石で作られているにも関わらず、竜の首をものともせずに盛り上がった筋肉には力強さを感じ、竜の頭部に向けられた厳めしい顔と目は、裂帛の気が宿っている様であった。
「なんと見事な」
「ああ…」
驚嘆のため息を吐くドナートとベルトルド。かつて戦士であった元勇者2人は、この像が動き出したら、竜の頭を槍が粉々にするだろうと確信し、もし本当に動けば、ただの像であるにも関わらず、かつての自分達ですら敗北するだろうと感じるほどであった。
「何たる事だ。像に勝てる気がせんとは」 「ダメだ。串刺しにされて終わりだ」 「これが闘神マクシム…」
2人だけでなく、闘神の神殿だけあり、集まっていた武芸者や腕自慢達も像の迫力に飲まれていた。どんなに戦うイメージをしても、戦いにすらならなかったのだ。
「見事でしょう。この像をお持ちになっていた御方が、我が国のマクシム神殿に置かれていることが最も相応しいと寄進されたのです。お名前は言えませんが、この場で改めて感謝申し上げます」
ある好事家が一目ぼれしてオークションで手に入れたマクシム像であったが、見れば見るほどもっと相応しい場所があるのではないかと思い、思いついたのが神々の総本山とも言える祈りの国に寄進する事だった。
そしてその好事家が寄進したのはこの像だけでは無かった。
「皆様も、左右の空いた台座は何かと思ったのではないでしょうか?その御方から寄進されたのは一つでは無いのです。こちらもお見せしましょう」
そう言いながら、運ばれてきた2つの像の布を外す神殿長。
マクシム像の左右に置かれたのは、2つとも男が盾と剣を構えている像であった。どちらも少し腰を落としながら盾を前に出し、剣はどのような事態でも対処できるように力強く握られていた。
そしてその表情は絶対にここは退かないという決意に溢れており、まさに不動と言っていい像であった。
「むう…。なんという気迫」 「モチーフは誰だ?凄まじい男達だが」 「どこかで見た様な…」
あまり像の男達と馴染みが無いのか、マクシム像と同じく気迫を感じながらも、首をひねる見物客達。
「ベルトルド…ひょっとして…」
「ああ…。俺とお前だ」
そんな中、ドナートとベルトルドはいち早くモチーフに気がついた。なにせ勇者をしていた頃の自分達の顔と装備だ。昔は鏡があれば毎日見ていたのだから当然気がつく。
「この像の男達に馴染みが無い方もいらっしゃるでしょう。彼等は、左は勇者ドナート。右は勇者ベルトルドと言い、今は枢機卿ドナート、守護騎士団総長ベルトルドと言った方が馴染みがあるでしょう」
「あれが武名高い勇者ドナートとベルトルド!」 「これほどだったとは…」 「そうだ!枢機卿と総長だ!」
神殿長の言葉にざわめきが大きくなる。どちらの勇者も、大陸の危機にあっては祈りの国から派遣され、その勇名は各地に残っている。
その勇者達が当時の姿で、今にも動き出しそうなのだ。感嘆と驚愕の声が漏れる。
「これらも寄進されたものです。本当に感謝申し上げます」
「先輩が私達を呼んだのはこれだな」
「ああ。間違いない。気恥ずかしいんだが」
「私もだ」
神殿長が自分達を呼んだ理由を察した2人であったが、若い頃の自分の像が一番目立つ台座に置かれたことに羞恥心を覚えてしまう。
周りも察し始めたのか視線が集まる。
「それでは皆様。是非ごゆっくりとご鑑賞ください」
「誰が作ったのか気になるな」
「ああ、先輩に聞いてみよう」
これほど見事な作品であるし、自分達をモチーフにして作成したのだ。気になったため、親しい仲でもあるから教えてくれるだろうと思い、去っていく神殿長の後を追う。
◆
「驚いたろう?」
「ええ」
「勿論です」
神殿長の部屋に入った2人は、素直な感想を口にする。まさか自分の像が置かれるとは夢にも思っていなかった。
「製作者はどなたです?私達を作ったのはまあいいとして、あのマクシム像は見事でした。気になります」
「本当にそれだけか?文句の一つもあるだろう」
「いや、それは」
ドナートが聞いたが、勝手に作られたのだ。そういう気持ちがあるのは否定しずらかった。
「冗談だ。実のところオークション経由で連絡は取れるが、詳細は教えてくれんかった。必要以上に目立って、他の造形師に目を付けられたくないらしい。あれだけ大きく値段が張る像は、得意な闘神とか戦士しか作らんとも」
「なるほど…」
非常に気になるが、そういう事なら仕方ない。実際あの腕の作品が溢れたら、世の造形師は職を失うだろう。
「オークションに直接行ったときに、お前達用に土産として小さい方も買っておいた。自分達の方は嫌がると思って、マクシム神の方だ」
「おお。ありがとうございます」
「小さいと言っても見事な」
実際自分達の方ならどこかへ隠していただろうが、マクシム神とならば話は別だ。これもまた見事な出来のため、2人とも自分の執務室にでも置こうかと考えた。
「それでは自分達はこれで」
「お邪魔しました」
「ああ」
その後世間話をした2人は神殿長の部屋を辞し、自分の執務室にマクシム像を置くことにした。
「うむ」
執務室の自分の机の後ろにある棚に、マクシム像を置いたベルトルドは満足げに頷いた。この時は無邪気に満足していた。この時は…。
◆
「あれ?私の作品を置いてくれてるとは嬉しいですね」
ー"造形師"ユーゴー
◆
ベルトルド総長がもう少し休みが欲しいとの事なので、引き続き業務を副長の私が代行する。また、ドナート枢機卿の体調が悪いらしいので、お手を煩わせない事。
ー守護騎士団に貼られた連絡ー
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