待ち望んだ日編
もう少し
リガの街 ユーゴ
隣でジネットとリリアーナが眠っているが、いよいよお腹も臨月といった感じで、中のコレットとクリスもはっきり分かる。
今日は婆さんの定期検診もあるから、その時に出産時の打ち合わせをしよう。
ふう…。ここ最近落ち着かずにソワソワしてしまう。大丈夫だ落ち着け。きっと彼女達も子供達も無事に終わる。
父さん母さん、見守っていてくれ。
◆
「マタニティブルーがどうのこうの言ってた坊やがブルーじゃないかい。さしずめダメ親父ブルーかね」
うっせえよ婆さん!
婆さんに来てもらうために店に来たら、開口一番これだ。俺ってわかりやすいのかな。
「早く背負いな」
へい。
あ、健康のため歩きます?
「んな事しなくても私は元気さ。楽だからいいんだよ」
さよけ。
「なあ婆さん。子供の守りについて相談があるんだけど」
「ああ。必要だねえ。母親はどっちも貴種と言っていいし、坊やの子だ。何に巻き込まれるか分からん」
やはり守りを疎かにするわけにはいかない。ジネットもリリアーナも命を狙われていたのだ。子供達も利用される可能性が全く無いとは言えない。
後、俺がトラブルメーカみたいな言い方は止めてもらおう。
「今まで関わった案件を思い出してごらん」
ぐぬぬぬ!
「子供に指輪をずっと付けてろとは言えんからね。まあ、血の繋がった親子に使える呪いがある。指輪と同じように、危ない時に親がすっ飛んでくる奴だ」
ほほう。そいつはいい。お願いします。
「血が必要だから、へその緒をちょっと使うよ。それと坊やの血」
へいどうぞ。俺のならいくらでも。
「そんなおっかない物、大量にいらん」
単なる血だろうが!爆発物みたいな言い方するな!
「この前の人工精霊を作った時の、床についてた血の一滴を処分するのに、私がどれだけ苦労したか知らんだろう。大昔に愛用していた杖を使ってようやくさ」
ええ…。血じゃん…。そこまでせんでも…。
「いくつかの薬品がかかったら、爆発するね。位階の強さに反応するやつとか」
マジかよ…。ほんとに爆発物だったのか…。
ま、まあとにかく子供の守りはお願いします。
「はいよ」
そうこう話していたら、いつの間にか家の前まで辿り着いていた。門を開けると、ポチが俺達に気がついて走り寄ってくる。
そしていつもの顔面抱っこだ。
⦅ご主人お帰り!お婆ちゃん!いらっしゃい!⦆
「ただいまー」
「はいよ。今日も元気だねポチ」
⦅うん!⦆
ポチとタマは、自分の生みの親である婆さんに懐いているが、毎日会えるわけでは無いから、嬉しさを爆発させて背負われている婆さんに挨拶をしている。俺を挟んで。
目の前はポチのお腹だが、特に歩行に問題ないため玄関に向かう。
⦅お久しぶりです⦆
「邪魔するよ」
玄関にいたタマも婆さんに挨拶する。ジャンプしてポチの背にしがみ付いているが…。
これで前からタマ、ポチ、俺、婆さんという分けわからん状態になってしまった。
「よろしくお願いする」
「おはようございますドロテア様。今日もよろしくお願いします」
「ああ、おはよう」
ジネットとリリアーナのいるリビングに着いたので婆さんを下ろす。
お願いしまする。
◆
sideリリアーナ
「じゃあお腹に手を当てるよ」
そういうとドロテア様は私とジネットさんのお腹に手を当てて、目を閉じて集中し始めた。あまり出産の事は詳しく無いが、こういう事をしてると聞いた事は無い。いったいどれほど魔法に熟達すれば、お腹の赤ちゃんを調べられるのだろうか…。
旦那様の方は、俺はクリスとコレットが見える、と仰っていたがよく分からなかった。
「ん?ふーむ…」
ドロテア様が目を閉じたまま首を傾げている。今までこんなことは無かったから不安になる。子供に何かあったのだろうか…。
ジネットさんも不安そうにしている。
「何だ!?何かあったのか婆さん!?」
ポチちゃんとタマちゃんを、両手に抱えた旦那様が心配そうな声を出す。その姿と、私達以上に心配している声に思わずほっとしてしまう。
「ちと成長が早いね…。出産が早まるかもしれん」
成長が早い?
「どゆこと?大丈夫なんだよな?な?」
「ええい落ち着きな。特にマズい事が起きてるわけじゃないよ」
良かった。どうやら大丈夫らしい。でも一体何が?
「坊やの血のせいだね、成長がちと早い。位階を上げ過ぎなんだよ。子供も生物として、早く強く完成しやすくなってる。まだ産まれても無いのに、感じる強さがかなりだ」
そんな事が。
しかし、あまり触れてこなかったが、旦那様の位階はどれほどなのだろうか。まだ、お腹の中にいるクリスまで影響しているなんて。
「それでいつ頃産まれそう?」
「あと3週間といったところかね。前来た時に比べて急成長している」
「なぬ!?」
まだ少し余裕があると思っていたら、あと3週間。でも、クリスにようやく会えると思ったら、それでいいかもしれない。
「大丈夫?早く老化したりしない?」
「心配せんでもいい。母親は両方長命種。それに位階が強すぎて、老化が殆ど止まった奴が目の前にいるんだ」
「よかったー」
よかった。私も心配になっていた。
「それ以外特に異常なし。まあ、早く子供の顔が見えると思ったら、そう悪い事でも無いだろう」
「ぬ!?そっかあ。一足先にパパかあ。はっはっはっは」
ということは私も一足先にママに…。うふふ。
ジネットさんも嬉しそうにお腹を撫でている。
「それじゃあ私は帰るよ。ああ、身重は座ってな」
「そうはいきません」
「玄関だけでも送らせてもらう」
「へい婆さん。送らせていただきやす」
立ち上がる私達をドロテア様が止めようとするが、そうもいかない。せめて玄関までは。
「それじゃあね」
「ありがとうございました」
「感謝します」
旦那様に背負われたドロテア様に別れの挨拶をする。
旦那様が帰って来るまでは、リビングのソファにいよう。
ジネットさんもそう思ったのか一緒に入る。
⦅リリアーナママ!ジネットママ!クリスとコレットにもうすぐ会えるの!?⦆
⦅待ち遠しい⦆
「ええポチちゃん。もうすぐよ」
「ああ、もうすぐだ」
心配そうな顔をしながらも、お行儀よく静かにしていた2人だが、私達がリビングに入ると尻尾を振りながら足元に寄って来た。子供達が生まれる前に、彼らが既に子供の様なものだ。
⦅もうすぐ!もうすぐ!⦆
⦅もうすぐ⦆
そう言いながらポチちゃんは私のお腹に、タマちゃんはジネットさんのお腹に耳を当てている。
うふふ。そう、もうすぐ。
◆
物品辞典
"シディラ"の杖
神々と竜の戦いにおける神話の時代において度々伝承に現れる遺物で、白く長い木製の杖だったらしい。
元々は、戦争初期に"対処"の神シディラが死した後、その遺骸の一部を材料に、"シディラの長子"と言われる人物が、杖として作り上げたと言われている。
伝承においては、"対処"の力が宿っており、危機的状況や困難に対処すべく、シディラの長子のみが唱えれたとされる"8つ"の力ある言葉をさらに増幅し、竜達を次々に撃ち落としていったとされている。
最も強力かつ高名な遺物の一つであるが、神話においてのみ語られる杖で、存在を疑問視されている。
ーええい頑固な汚れだね。仕方ない使うとしようー
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