ダークエルフ来る3
「お待たせしました。ジネットが皆様と会うそうです」
「おお。感謝する」
とりあえず会う事は出来そうだと一安心するダークエルフ一行。今までのジネットに対するあやふやな対応を考えると、最悪門前払いされるかもしれないと考えていたのだ。
「ではこちらへ」
「失礼する」
「ユーゴ殿…でしたな。ジネット様と結婚をされている?」
「ええ、ルーと一緒に。私にはもったいない女性達ですよ」
(やはり国を離れるための偽装か)
実際にユーゴの口から聞いてもまだ信じられず、むしろ妹のルーとも結婚しているという事もあり、ますます彼等の中では、魔の国からの決別するための偽装結婚の線が強まる。
(だがこの毒にも薬にもならなそうな男と、屋敷を見るに心配は杞憂であったな。しかし、そうなるとますます魔の国にお帰りになることはあるまい…)
氏族長の目からすると、都合のいい男と彼女に相応しい住居に住んでいるため、最初の様な心配は無用に映っていたが、ほとんど完璧な環境であることを考えると、ジネットの本気さが窺えてしまう。
「ユーゴ様、お茶を準備しましょうか」
「うん。お願いアリー」
「承りました」
(屋敷に漂う魔力と同じだ。もしやシルキー?はは、どうやら本当に挨拶だけになるようだな)
長い庭を歩き玄関を開けると、そこには出来のいい人形の様な侍女が控えていたが、屋敷に漂う僅かな魔力と侍女の魔力が同じことに気がついた氏族長は、その侍女がシルキーだと見当を付けたが、そうなるといよいよジネットは魔の国にわざわざ帰るまい。これほど住環境を整えているのだから。
「こちらです」
「失礼する。おお!姫様!」
「姫様!」 「ご無事で!」
応接室に入ると、間違いなく彼等の目的の人物であるジネットが座っていた。
「久しぶりだな。しかしなんとまあ…。氏族長だけではなく年寄り衆まで」
(魔力は確かに姫様の物だ。しかし…本当に姫様なのか!?)
苦笑しながらどこか呆れたようなジネットの反応であったが、その反応やジネットの雰囲気、服装までもが氏族長達の知るジネットとはかけ離れたものであった。
冷たく光る目で他者とも距離を取り、常に革の防具を着ていたジネットの姿はそこに無かった。座っている彼女は鋭い目ではなく目尻も下がっており、服もゆったりした物でスカートまで履いているのだ。
氏族長達にとってまさに別人であった。
「ご健勝のようで何よりです…。その、ご結婚なされたとか」
「ああ。夫のユーゴ様だ」
「改めて自己紹介をさせていただきます。ジネットの夫、ユーゴと申します」
「はあ」
(お顔が赤くなっている!?精神の混乱は見受けられない!どうなっている!?)
闇に生きるダークエルフの中でも氏族長の立場にあるのだ。精神への魔法や薬物の影響を受けた者を見破るのは容易い事だ。
そんな物の影響は見られないのに、自分達の姫が顔を赤くして夫を紹介しているのだ。まさしく異常事態であった。
「どうやら心配をかけたようだな」
「い、いえご無事のようでなによりです」
(偽装結婚ではないのか!?)
「その、旦那様とはどのようにお会いを?」
「いや、ルー共々危うい所を助けられてな。まあ、なんだ、そのまま、押しかけたのだ」
(この反応。まさか本当に好いて結婚したのか!?)
もじもじとした反応を見せながら、手を隣に座る夫の手にまで重ねているのだ。信じられないことに、恋愛結婚のようではないかと氏族長は思った。
「それでその、魔の国には…」
「帰らん。それに元々、魔の国の国王には疎まれていたのだ。わざわざ帰りたいと思わん」
「そう、ですか…」
(しかし、これで良かったのかもしれん。最近の魔の国は少々物騒だ)
予想通りの答えに落胆する一行であったが、騎士の国が弱体化した現在、魔の国は情報部や軍部が活発に行動しており、そこにジネットが帰るのは危険であったため、彼女の事を考えればその方がよかった。
「それに子供も生まれるのだ。猶更危ない所には帰れん」
「?。誰の子供です?」
「私のだ」
「は?」
「だから私のお腹に子供がいる」
「なんですと!?」
一応聞こえていたが、彼等の中でジネットとお腹の子供という言葉は、全く結びつかない物であり、何度も聞き返してしまう。
しかし、返ってきた言葉は変わらず、何度もジネットの顔とお腹を見比べてしまう。
「ふふ、結婚しているのだ。何もおかしい事では無いだろう」
「それはそうですが…」
自分でも昔を考えると可笑しいのか、ジネットが笑いながら言うが、氏族長達は全く笑えなかった。ダークエルフの姫が人間種と恋愛結婚し、子供までお腹にいるのだ。若いダークエルフであるなら卒倒していただろうし、下手をしたら旦那の方を殺そうとするだろう。
「そ、そういえば情報部がジネット様に会いに行ったらしいですが、何かご不快なことはございませんでしたか?」
「なに?」
「あ、ちょっとジネット」
頭が白くなりそうな話題を変えようと、無事な姿を見たためすっかり忘れていた、当初の目的であった情報部の話をするとジネットは首を傾げるが、黙って座っていたユーゴがジネットの耳元で何かを囁いていた。感覚の鋭い氏族長達でも聞き取れない声であったが、ジネットにはしっかり聞こえていたらしい。
「あなたぁ…」
「ひ、姫様?」
会話中に戻っていたジネットの顔色が再び赤に戻り、しかも今まで見た事の無い女の顔をしてユーゴを見ていた。
「い、いや何でもない。この通り私は無事だ」
「はあ」
問題ないならいいが、族長達にとってはジネットと会ってから問題だらけであった。それにジネットの雰囲気がさらに変わっていたが、長い人生の中でそれに心当たりがあった。新婚の夫婦から醸し出される邪魔だからさっさと帰れと言うものだ。
「それではそのう、ご無事なようなら私達はこれで…」
「ああ、わざわざありがとう。子供が大きくなれば顔を見せる事ができるかもしれん」
「はあ」
そのままジネットと別れ屋敷の門から出ていった一行であるが、しきりに首を傾げていた。
「信じられん」
「いかにも」 「ハイエルフに化かされた気分だ」 「…晴れているな…」 「むう痛いな。夢ではない」
帰路に就くも全く現実感のないままであり、数日、年寄りたちがボケたと噂されることになる。
◆
sideジネット
「あなたぁ、あなたぁ」
「ははは」
私達を害しようとしていた者達がいたようだが、夫が対処していたらしい。心配かけないように内緒だったと言っていた。
この心の熱さをぶつけさせてもらう。
「愛してます。本当に。心から」
「ああ俺もだ」
そのまま座っていたソファの上に夫を押し倒し、上に乗って抱き着く。もう今日は離すものか。
そのまま匂いを擦り付けるかのように動いてしまったが、構うものか。愛し合っているのだから。
こんこん
「失礼します。あらお帰りになられたのですか?」
お茶を準備したアレクシアが入ってきたが。
ええい、邪魔をしよって鬼教官め!
「ちょうどよかった。皆でお茶にしよう」
「あっ」
「分かりました」
体を起こした夫が私を横抱きにしてリビングに向かう。でもその前に。
「あなたぁ。キスして」
「もちろん」
「後で私にもお願いします」
ええい!今度してもらえ!
チュ
愛していますあなた。
◆
ー礼には礼を 害には死をー
◆
神辞典
"月の女神"アレクシア
黒い喪服を着て顔を隠している女性の神。吸血鬼とダークエルフだけでなく、夫を不条理で亡くした寡婦の守護神としても知られる。
吸血鬼とダークエルフに加護を与え、未亡人のもとには彼らを遣わし、仇を討たせると言い伝えられている。
同じ加護を受けている者であるため、ダークエルフが数少ない対等の者と思っているのが吸血鬼である。
家庭を守る女性という側面もあり、シルキーであるアレクシアの名前も女神にあやかってのものである。
『この娘の未来は私でも見通せません。しかし、大きなことを最初に成すでしょう』
あるダークエルフの出生時に現れた月の女神アレクシア
余談
商店街でアツアツぶりを見せて数は減っているが、実は今でもユーゴ、ジネット夫妻の偽装結婚を疑っている者は多い
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