ダークエルフ来る2

リガの街 


「ここか。随分大きな屋敷だが…」


「ですな。一応ご無事なのは間違いありませんが…」


「ああ…」


ジネットの住居について何度か人に尋ねると、その度に結婚していることや、商店街で見かける事を教えてもらったが、どうにも彼等にはそれが信じられなかった。


「『御用の際はこの鐘をお鳴らし下さい』か。まあこれだけ門と屋敷が離れていてはな」


「ええ」


門の横には、来客用の釣り鐘がぶら下がっていた。長く生きている彼等でも滅多に見ないほどの屋敷であり、門から玄関まで結構な距離があるための措置であった。


「姫様にお会いするのだ。私の姿はきちんとしているか?どこか汚れは?」


「ありません。我々は?」


「ない。よしでは鳴らすぞ」


ジネットに会う際に、自分の身だしなみを気にするほど彼等はジネットの事を畏敬していた。

そもそも彼等が彼女の事を崇めているのは、彼女が生まれた満月の夜に、月の女神アレクシアが直接降臨してジネットの名を与えたのが原因である。ジネットの父母は有力者でもあったため、その出産の際にはそれなりの人数が集まっており、目撃した者も多かった。

神々が直接降臨して名付けをするなど、大陸の歴史を紐解いても数例しかなく、ダークエルフにとっても初の名誉であったため、ジネットの事を敬うものは多い。

その上ダークエルフは元々長寿であるため、この一件をつい昨日の様に思っている者も多かった。


「おや、ダークエルフの方々。どうなされました?」


「む?この屋敷のさる方とお会いする予定だが、どなただ?」


ダークエルフの一行が緊張しながら釣り鐘を鳴らそうとした時だった。通行人の1人が唐突に彼等に声を掛けたのだ。中肉中背の男で、東方風でなければどこにでもいそうな男だった。

ちななみに、もしこれが若いダークエルフであれば、鼻で笑いながら無視をしただろう。その点で歳を取った者を中心に族長自ら来たのは英断であった。


「おお、それはちょうどよかった。私、この屋敷の主でユーゴと申します」


「なに!?では貴公が姫さ、いやジネット様の夫という事か!?」


街中で聞かされても、やはり当の本人が現れると衝撃は違う。驚きながらユーゴを観察するも、やはり特徴のある男には映らなかった。


「ああ、やっぱりジネットとルーのお知り合いでしたか。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」


「申し遅れた。エリュアル氏族族長のベルナールと言う。どうかジネット様に取り次いで欲しい」


「分かりました。家にいると思いますので、少々お待ちください」


「お願いする」


そう言って門の中へ入って行くユーゴであるが、ユーゴが聞こえない距離まで進むと、ダークエルフ達は口々にユーゴの感想を言い合う。


「東方の男であったが…」


「特に変わったところは無いぞ。何故ジネット様は奴と結婚を?」


「偽装ではないか?…やはり魔の国は住みにくかったのでは…」


「なんてことだ…」


出来るだけ考えないようにしていた事であるが、ジネットを煙たがる魔の国の国王と、彼女の扱いに関して意見が割れていた事が原因で、国元を出奔した可能性があった。

そのため彼らが行きついた結論は、ジネットは人間種と偽装結婚を行い、魔の国に戻らないという意思表示をしているというものであった。


「だが、地方都市といってもちゃんとした所だ。それに商店街にも顔を出しているようであるし、特に不便が無ければこのままでいいのかもしれん」


「それはそうだが…」


「ううむ…」


彼女の事を思えばその方がいいのだろうが、自分達が信奉している神の御子と言うべき存在でもあり、出来れば魔の国にいて欲しいという気持ちもあった。


「いずれにせよ会って確かめねば」


全てはジネットに会ってから、そう結論付る族長であった。



「氏族長が?」


「うん。今門にいるけどどうする?」


自分の氏族の族長が来ていることに驚くジネット。確かに崇められていた自覚はあるが、ダークエルフが魔の国から出て、自分を訪ねている事が予想外であった。最も彼女も人のことは言えないが。


「会いますけど…ルーは席を外した方がいいかもしれません」


「ああ、聞いてはいたけど…」


ジネットとは異なり、神からの祝福を受けなかったルーもルーで立場が複雑であった。普通のダークエルフであったため、ある意味ジネットよりも扱いが難しかったのだ。

はっきりと敬う対象では無いが、かといって姉の事を考えると粗略には扱えない。そのような事もあり、腫物扱いをされていたルーは、同族の事をあまり好いてはおらず、長老が来たからと言って会おうとはしないだろう。


「まあ一応聞いてみるね」


「お願いします」


故郷からわざわざやって来ているのだ。ルーも一応会う気になるかもしれないと思っての気遣いであったが…


「うーん止めておきます」


「そう。分かった」


(会いに来たのは私達にじゃなくて、お姉ちゃんにだろうし)


ルーの考えでは、氏族長達が会いに来たのは姉妹でなくジネットだけだと思っており、特に会う必要も感じていなかった。

実際、氏族長達もルーの事をあまり考慮していなかった。


(それに家事と食事の準備をしないといけないし)


ルーにとって、例え血の繋がっているのが姉だけだとしても、この家の家族の事が最も大事であった。それが例え同族の氏族の者だったとしても比較にならなかった。


「それじゃあジネットと会って来るね」


「はい!私は家の事をしてますね!」


(浴室の方も見てみよう。寝湯ってどんなのかな?想像通りだったらご主人様と…うふふ)


ユーゴが応接室の方へと向かうのを見届けたルーは、氏族長の事など全く気にせずに屋敷の奥へと去っていった。






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