侍女は見た

剣の国 ユーゴ邸


あら?目を覚ましてユーゴ様を見るが、珍しくリリアーナ様も、おひい様も上に乗っていない。それなら私が…いや、下に潜り込むというのも…。


「なんか企んでたでしょ」


「そんなことありませんよ。おはようございますユーゴ様」


「俺は重いからダメダメ」


起きてらっしゃったのですね。しかも見破られていたらしい。残念。


「それでは私は一足先に起きますね」


「おっとその前に」


「あっ」


少し強めに抱きしめられた。

本当にずるい御方。

私もキスで反撃しよう。


身を清めた後は最初の仕事がある。


「総員整列」


鋏や熊手の様な庭道具に箒などの清掃道具、その他様々な屋敷の道具達が、玄関入って直ぐのフロアに集まっていた。


カッ!


「朝のミーティングだが手短に終わる。本日は来客の予定は無し、各員は持ち場での作業を続行せよ。以上解散」


ガシャン!


全員が気を付けの姿勢でこちらを向いたのを確認して命令を下す。

今日も普段通りだ。この屋敷に来客があったとしても、ユーゴ様の彫刻関係の取引先程度だ。

隣の道具にぶつかり、了承の意を表現したブラウニー達が、それぞれの場所に飛んでいくのを確認して厨房に向かう。


「うふふ。吸血鬼がトマトを好きという話は、やっぱり世間の勝手な噂話なのね」


「うむそうじゃ。あ、赤ワインは好きじゃぞ」


嘘だ。

世間一般のイメージ通り、吸血鬼は何故かトマトが好きだ。野菜を切りながら堂々と嘘をついているおひい様以外。

しかし、敬愛すべきおひい様の名誉のために黙っておこう。


「あら。アレクシアさんおはようございます」


「おお!おはようなのじゃ!」


「おはようございます」


ユーゴ様の所に、リリアーナ様のような方がいてくれたのは思わぬ幸運だった。私は、なんとか姉代わりの様なものにはなれたが、おひい様は幼い頃に亡くされた母親を求めていた。その点でリリアーナ様は満点だった。おひい様もこっちに来て笑顔が増えて私も嬉しい限りだ。

だから私もこの前うっかり見てしまった、ユーゴ様と2人きりの時に彼女が赤ちゃん言葉で甘えていたことは黙っておこう。

母性が溢れているだけではなく、子供にもなれてしまう様だ。


「それでは私もお手伝いします」



朝食が終わると、屋敷の見回りだ。

最初から活動していたブラウニー達はいいが、倉庫に眠っていた者達はまだまだなため確認が必要なのだ。

さて、最初の箒は…やはり…。


「そこの箒、落ち葉を散らかして楽しいですか?」


カタン


倉庫から引っ張り出して来た者達の中で、かなり注意すべき、箒に宿ったブラウニーの持ち場に来たが、案の定だ。掃除ではなく散らかして遊んでいた。かなり歳を取っているブラウニーにも関わらず、だ。

私が声を掛けるとまるで単なる箒の様に地面に転がったが、そう出るならこちらも考えがあります。


「よろしい、再訓練が足りなかったようですね。貴方は特別コースで泣いたり笑ったりできなくしてあげます。分かりましたね?このオンボロクソ箒野郎」


カタカタ


震える箒を見ながら、再訓練のメニューを考える。まずは我々だけが聞こえる声で、了承の大声を出すことからだ。


「流石はアレクシアなのじゃ。こっちでも口が悪いのじゃ」


「いやあ、あれは口が悪いというか軍曹なんだよねえ。それも、とびっきりの」


肩車されたおひい様とユーゴ様が通りかかったが、軍曹とはなんだろう?きっと私の様な出来る侍女に違いない。


「お買い物ですか?」


「うん」


「そうなのじゃ。アレクシアも来るのじゃ」


どうするべきか。おひい様とユーゴ様のデートを邪魔していいものか。しかし、出来れば私もいっしょに行きたい。決めた。


「お供します」


仕事は後回しだ。助かりましたね。


カタカタ



「ユーゴの旦那。奥さん増えたとは聞いていたけど、侍女さんだけだよね?肩車してる娘さんは親戚の子だよね?全然似てないけどそうだと言ってよ」


「いやあ、2人とも奥さんですとも」


「わしはこれでも100歳超えとるんじゃぞ」


「え?どういうこと旦那?」


「ははは」


パン屋に来ているが、なかなかいいパンを作っている。これならいいでしょう。

しかし、おひい様。100歳は吸血鬼の中ではかなり若い方ですよ。


「ありがとうございましたー?んん?」


さて、買い物もこれで終わりましたね。


「そこの侍女服の御方!しばしお待ちを!」


私?

声を掛けて来たのは吟遊詩人の様だが。


「私の名前は"燃える炎の情熱"クルト!貴方のために歌を作りました!どうかお聞きください」


(え?別口?何人いんの?)


(なんじゃなんじゃ)


おひい様とユーゴ様が何か言ってらっしゃるが、問題はこの吟遊詩人だ。


「消えなさい。私は人妻です」


「おお!美しいハープの様な御声!さあ弾かせてもらいますぞ」


全く話を聞いていない様だ。どうしてくれよう。


「吟遊詩人殿、彼女は私の妻でして」


「待ってくれ、少し集中している」


「この流れ慣れて来たな」


ユーゴ様?


「あうっ!?」


抱きしめられた!?しかも少しきつい!あついい…。


「なんてことを!?その御方が苦しんでいるじゃないか!」


「もう少し、もう少しだけ強く…」


「ダメだよ。これで我慢して」


あう…。キスされてしまった。


「ええのう、ええのう。わしも帰ったらしてもらうのじゃ」


「どうなっている!?君!まさかその肩の少女まで!?」


「さあ、帰ろうか」


はい。



「ねえセラちゃん。アレクシアさんどうしたの?」


「うむ。少し色ボケしとるだけじゃ。少ししたら戻る」


はっ!?

ここはお屋敷!?どうやって帰って!?


「おお、起きた。さて、調理に戻るのじゃ」


「だねー」


台所に向かうおひい様とルー様。

どうやら同じ年頃?でおひい様とルー様は仲がいい様だ。これからもおひい様をお願いします。

姉君のジネット様が着ていた、ユーゴ様持ち込みの衣装を自分も着てみて、胸の辺りを凝視していたのは黙っておきますので。


「む?珍しいな。大丈夫か?」


「少しぼーっとしていたようです」


ジネット様の事を思い浮かべていたら、ご本人が。どうやら心配してくれているらしい。ありがとうございます。

お礼に、こっそり干していたよく分からない衣装の数々の事は黙っています。次はどれにしようかと呟いていたことも。

あと、出来ればご自分の着ていた物を屋敷のあちこちに散らかすのは止めて欲しい。ブラウニーから地下のワインセラーに、リリアーナ様のとは違う神官服の様なものが落ちていると報告があったが、恐らくジネット様のだ。


意識が逸れた。夕食作りに専念しよう。



「お疲れ様アリー。座って座って」


「はい。失礼します」


夕食も終わりリビングに行くと、ユーゴ様がお気に入りのソファーに定位置で座っていた。

誘われたので素直に座る。私も妻なのですから。


「あう」


「このくらいでね?」


腰に手を回され、抱き寄せられる。

ユーゴ様の中で一定のラインがあるらしく、それ以上の力は込めてこない。

本当に憎らしくて愛しい御方。


「愛してるよ」


「はい。私もです」


ですがこの前のお香を、婆さんめ、俺には効かんが雰囲気だけのなんちゃってお香でも、皆が盛り上がりすぎるからこれは撤収だ。と言っていたのはいけません。今度それとなく皆様に話しておこう。

黙っているだけではなく、必要なことを話すのもいい侍女の条件なのですよ?

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