狂喜の獣
夜の国 ナスターセ城 sideユーゴ
「お爺様…その…報告したい事があって…」
「どうしたのじゃセラ?」
セラとアリーを伴ってアンドレイ翁に結婚する報告をするが、緊張するな。親族への挨拶は初めてだ。
「実は、セラとアリーと結婚することを決めまして、そのご報告にと」
「なぬ!?そ、そうか。め、めでたい事じゃ。うん。儂もユーゴ殿が孫娘の婿殿ならなんの心配もない」
ほんとか?今心拍数ヤバいぞ?
「お爺様本当ですか!!?じゃがその…父上が…」
「まあ、反対することは目に見えておるが…。セラには悪いことを言うが、結婚式があれでは次の縁談と言ってものう…なかなか…」
「うぐっ」
血まみれでしたからね。
「じゃ、じゃあお爺様認めてくれるんじゃな!?」
「うむ。ユーゴ殿、ふつつかな孫娘であるが、どうか幸せにしてやって欲しい」
「はい。もちろんです」
当然ですとも。だからちょっと仕事してきますね。こいつはマズい。
「ちょっとセラのストーカーを退治してくるので、待っててくださいね」
「なぬ?」
セラを横にずらして、床に出来た黒い穴の上に移動する。ちょっと城近辺でやるには危ないから、こっちも助かる。
「なに!?」
「ユーゴ殿!?」
「ユーゴ様!?」
「ご心配なくー」
黒い渦が俺を絡めとり、どこかへと転移する。さて、鬼が出るか蛇が出るか。新しい嫁さんは吸血鬼だけど。
ふむ。真っ黒だ。
『なに?生娘ではない?』
俺のどこを見たらそんな感想が出て来るんだ。
「セラを狙っているのはあなたでしょうか?だとしたら止めて頂きたいのですが」
つうか何処だよ?まさかこの空間全部お前さん?
『セラ?』
なぬ?
「吸血鬼の王族、ナスターセ家の娘です」
『偽りの血族の娘か!そ奴は私の物だ!飾り立てて永遠に血を啜ってやる!!』
悪い吸血鬼の見本の様なやっちゃな。
「かつて何かあったか分かりませんが、遠い子孫の者なのですが」
『ならぬと言っている!我は奴の血が欲しいのだ!!あの血族の生娘の血が!!』
興奮して一人称変わってるぞ。なんか拘りあるみたいだし。
『儂の腹の中で息絶えるがいい猿め!』
おっと、黒いのがワラワラ湧いて出て来たが…見えずれえな!!黒い所に黒で出てくんな!
ヒョボッ
んー。出て来たのは大したことないけど、本体どうすんべ。
『なんだ、やるではないか猿よ』
「そいつはどーも」
『では数を増やしてやろう』
めんどい…
ヒュボッ!!!!
『はははは!!いいぞ!それそれ!』
辺り一面吹き飛ばしても、前後左右どころか上下からも絶え間なく湧いて出て来る。
いやあ、しかし…
『いや、興が乗って来た!はははは!』
実は俺もなんだ。
少しだけ…よし。
ちょっと強めても…いいぞ。
もうちょい足に力入れても……よーしよし。
これならもう少し腕の力強めても…。
「うふ」
『なに?なんだ?』
いかん。思わず笑みが。
どうしたよ?数が追い付いてないぞ?
『貴様!?一体何をしている!』
運動だよ。ちょっと久しぶりなもんで、楽しくなってきただけだ。
「はは。そら、次が止まってるぞ」
『猿め!!よかろう!那由他の影に沈むといい!!』
ふふ、この程度で?無量大数でも足りないのに?
はは、あは、あははははははは!!!!
ー力が降臨したー
◆
「はははははははははは!!!!!」
『なんだ!?これはいったいなんなのだ!?』
力だ。ただただ、力が黒い世界に吹き荒れていた
黒い世界に滲み出る、無限とも思える影の兵達
そんなものは何の役にも立たなかった
地を踏みしめる度に吹き飛ぶ
腕を振るう度に全てが消し飛ぶ
「あはははははははは!!もうちょい!!もうちょいいけるだろ!!?」
『あ、あ、あああ!?』
力が狂笑しながら暴れまわる
柔らかすぎる大地も山も海も
今この隔絶された世界ならば関係なかった
最早戦いではなかった
力はただ動いているだけなのだ
『ああ!?あああ!?"ば、化け物"!!?』
「は!は!は!は!は!は!は!!!!!」
全てを飲み込むかと思われた黒い世界は、たった一つの力が己を突き破るのを感じながら息絶えた。
◆
sideアレクシア
「ただいま戻りました」
「ユーゴ殿!?」
「ああ!戻って来たのじゃ!!」
「ユーゴ様!お怪我は!?」
「いやあ、ぴんぴんしてますよ」
明らかに敵と思われる、黒い渦に入ったユーゴが無事に帰ってきたことで、一同は安堵する。
(よかった。もうユーゴ様のお屋敷でしか生きていけないのに)
心底惚れた相手の無事を確かめる様に、アレクシアとセラはユーゴの周りを移動しながら体を見ていく。
(このユーゴ様からの熱は何?今抱きしめられたら私一体…)
アレクシアは、ユーゴから漂う熱気の様なものを感じ取り、不思議に思いながらも女としての疼きも覚えていた。
「セラに付きまとってたやつは対処したから、もう大丈夫」
「ユ、ユーゴ殿おお!!」
(よかった。これで問題はあの男だけ)
アンドレイから、セラに仕えたアレクシアにとって、自分の妹の様な存在に愛情を示さず、イオネスクの件も皆が反対したのにも関わらず、家ではなく自分の都合でセラを好き勝手するアウレルは、元々嫌いな男であったが、今や自分達の恋路を邪魔するであろう障害物でもあった。
「ご当主様がお帰りになされました!セラ様をお探しのようです」
「わしを?」
「ちょうどよかった。結婚の報告もしよう」
「う、うむ!」
父が帰還してすぐに自分を探していることを不思議に思いつつも、ユーゴの言葉で笑顔に変わるセラであった。
◆
sideユーゴ
「セラよ。バセスクに嫁げ」
「なんですと!?い、嫌です!私はユーゴ殿に嫁ぎます!!」
「貴様こそ何を言っている。イオネスクが滅ぶ以上当然であろう」
中庭でまだ何やらやってるみたいだったから、こちらから行ってみると開口一番これである。まあ、当然っちゃあ当然なんだが、こっちもロミオとジュリエットみたいなのは御免なのだ。
「アウレル殿。どうかお認め下さいませんか?」
「貴様か…。そういえば貴様、随分と都合よく表れて引っ掻き回してくれたな。何が望みだ?」
「父上!」
「お認め下さいませんか?」
「くどい。寝たきりの老人に褒美でも貰ってとっとと去れ。それとも、ひょっとして貴様の仕業か?」
いかんな…。多分、自分の考えたことが何もかも裏目になって、俺にひっ被せようとしている。
仕方ない。腹を括ろう。
「最後にもう一度」
「くどい!!」
致し方なし。
「ぬわ!?ユーゴ殿!まさか!?」
「きゃっ!?あ、あついよぉ…」
そのまさか。
またしても、アリーの上にセラを乗せて横抱きだ。
「貴様!いったい何のつもりだ!」
「花嫁泥棒でございます。2人とも奪わせて貰います」
「あうあう…」
「とけちゃぅ…」
すんごい剣幕。周りの兵も剣を向けてくる。
「逃がすものか!例え逃げきれてもどこまでも追って殺してやる!」
そいつは勘弁。
空は…曇ってるな。あんまりいいことじゃないんだがっと。
「せい!」
「な、なにが!?」 「ああ!?」 「雲が!!?」 「そんな!?」 「化け物だ!!」
強い風が巻き起こると同時に、雲が二つに割れる。
「私一人を狙うなら、それで結構。ですが、他の者を狙うなら…」
「なっ!?なっ!?」
それではさらばだ!
◆
あった。こっちへ来て、神の残り香を感じていたが、ずばり教会だった。完璧すぎる。
「ユーゴ殿?」
「セラのご希望通りにしようかと」
流石はだな、誰も来ていないだろうにこの清潔さ。絨毯変えるだけでいい。
「ま、まさかひょっとして」
「ユーゴ様…」
ふっふっふ。死蔵していた遺物が火を噴く時だ。
「わわ!?ドレス!?綺麗なのじゃ…」
「私がこんな…」
ウェディングドレスの遺物だなんて、作った奴何考えてたんだ?それも着せ替え機能。
俺もタキシードっと。
「それでは新郎新婦のご入場です」
「ううう…ううう!」
「ぐす」
ほらほら泣き止んで。
吸血鬼の結婚は確か牙を立てるだけだったな。
セラじゃ俺の肌は無理だな。ちょっと首筋をプチっと。
「それでは誓いの儀式に移ります。新婦セラ殿」
「ぐす。はいなのじゃ」
ちっちゃい口をおっきく広げて俺の首筋から血を吸うセラ。
「ぷは。だんな様もどうぞなのじゃ」
そういって首筋をさらけ出される。
慎重にだ。
「あう。だんな様が入って来るのじゃぁ」
こらこら、そんな色っぽい声出さないの。
「誓いの儀を終えました。これで晴れて二人は夫婦です。次は人間種風。誓いの指輪です。幸せにするからねセラ」
「はいなのじゃあ。ぐす」
婆さんの指輪かなり買っておいてよかった。
「ユーゴ様」
「お待たせアリー」
困ったな。シルキーの結婚方法は知らないぞ。
「私もおひい様と同じように」
「分かった。シルキーの方法はいいの?」
「それでしたら…。何かチョーカーの様なものはありますか?」
あるある。
「こんなのとか」
黒い艶のあるチョーカーを取り出す。護身用としてかなりの遺物だ。
「それでしたらまずは吸血鬼の儀式の方から」
「分かった」
「それでは誓いの儀式です。新婦アリー殿」
「はい」
セラは結構ちゅうちゅう吸って来たけど、アリーは控えめだ。
俺の番
「あっ」
だから色っぽい声出さないの。
「もっと…」
ちょちょ、俺の頭を抱きかかえて、寄せようとするんじゃありません。
「誓いの儀式は終わりました。指輪を嵌めます」
「ユーゴ様。チョーカーもお願いします」
「え!?」
なんですと!?
「お願いします」
ええい!なるようになれ!
ぱちっとな
「はうっ!!?」
大丈夫!?腰から砕けたけど!?
「だ、大丈夫です…こ、これで私はユーゴ様の…」
ほんとに大丈夫?まさに産まれたての小鹿だよ?
「幸せにしてみせるよアリー」
「はい。ユーゴ様」
神聖な誓いの儀式だ
◆
人物事典
"吸血姫"セラ・ナスターセ
吸血鬼の始祖の血を受け継ぐ王族、ナスターセ家の少女。
父が周囲の反対を押しきって成立した、イオネスク家との政略結婚において奸計に陥り、危機的状況をユーゴの手によって助け出された。
母は既に故人で、自分に興味を示さない父であったため、家族や父性というものに飢えていた。そのため、ユーゴとの結婚では、仲の良い家庭を築いて見せると決心している。
実は、始祖に近い先祖返りを起こしかけていた吸血鬼であり、その上でユーゴの血を吸ったことにより、長ずれば史上最強の吸血鬼として名をはせる可能性がある。
ーその…もうちょっと吸わせて欲しいというか…吸って欲しいというかー
"毒舌鉄面皮侍女"アレクシア
古くからナスターセに仕えていたシルキーの女性。
先代の当主アンドレイからセラに仕えるように命じられ、彼女の教育係、または姉として彼女に尽くしている。
表情を全く変える事がなかったが、精巧な人形の様な美しさとスタイルの良さで、数々の男を虜にしてきたが、冷淡に罵倒して追い返していた。
結婚式から衝撃的な体験を連続で繰り返したためか、どうも愛した男性から、物理的に離れられないように強く抱きしめられたり、逃げられないようにして欲しいという願望があるような無いような…。
ーシルキー妖精は屋敷ではなく、主人に縛り付けられているのです。え?もちろん本当ですともー
"始祖・始まりの片割れ・影法師"ナータス
かつて存在した、吸血鬼の始まりである始祖の2人の内の片割れ。イオネスクの血族は彼から発生したもの。
影、闇、黒といったものを司り、敵を己の中に吸い込むことによって、それらを用いて圧殺する。
吸血鬼の後から誕生した人間種や他の人種は、下等であり下僕であるという思想の持主であったため、もう片方の始祖と対立し始める。
ある日、自領で部下が不用意に目覚めさせた竜を討伐するために、竜を己の中に取り込むが、まとわりついていた岩や植物のせいで体が銀で構成された竜と気が付かず、結果的に猛毒が体の中を暴れ回ってしまった。なんとか吐き出すも著しく弱体化してしまい、その隙を突かれてもう片方の始祖に封印されてしまう。
子孫たちの尽力により、不完全ながら黒い巨人として復活を果たすも、自分の許容量を遥かに上回る力が内部で炸裂し、果てる。
ーどうして何もかもが自分の獲物だと錯覚して食おうとする?自分の手に負えないモノだと考えもしなかったのか?ー
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