狂気の獣

夜の国 イオネスク城


「そうか…パトリックはしくじったか」


「はい御当主様…」


イオネスク城では、若々しい外見の現当主エミールが部下からの報告を受けていた。

外部には急な方針転換を怪しまれぬよう、パトリック達に幽閉されているという事になっていたが、裏ではある計画のために平然と活動していた。


「向こうを削り切れなかった事も痛いが、なにより小娘の血を手に入れれなかった事はかなり拙い」


「はっ」


「両家はこちらに来る様子か?」


「はっ。準備を整え次第、共同でこちらに攻めて来るようです」


「忌々しい偽りの血共め…。そうとなれば打って出るしかないな。ナスターセ城に向かい小娘の血を捧げた後、パトリックを助ける。出来ればナスターセの軍勢はすり抜けたいが…」


元々、イオネスクとナスターセはほぼ互角であったのに、そこへバセスク家が加わるとなれば抗しきれないと判断したエミールは、先手を取ってナスターセ城に攻め入り、そこで切り札を確保したのちに息子を助ける決断をした。


「急げよ。当然、向こうも分かっているはずだ。拙速が必要なのだ」


「はっ」


「真なる始祖よ。必ずや貴方様を復活させ、偽りの血族を根絶やしにして見せまする。ですのでどうか玉体を動かすことをお許しください」


エミールが見つめる先には、一抱えほどある黒い肉塊が、祭壇に恭しく安置されていた。


夜の国 ナスターセ城


「お注ぎしますね」


「あ、アリーさんありがとうございます」


「それでじゃのう…式場は小さなところでわしたち3人だけで…」


「おひい様…」


朝食中なのだが、セラちゃんは椅子を寄せて俺にぴったり。アリーさんも世話を焼きたがっている。

なんかのタイミングが良かったのか悪かったのか、あんな時間に女の部屋に来るということは、そういうことですよね?と言われたばかりか、何でか向こうも受け入れる気満々だったのを、嫁入り前の娘さんだからと必死に説得したが、じゃあ貰って下さいねと言われてしまった。

据え膳なの?頂いちゃっていいの?新郎新婦になっちゃっていいの?そんな潤んだ目で可愛い娘さんと女性に言われると男はイエスしか言えないよ?


「お父さん帰ってきたら報告しよっか。私達結婚しますって」


「う、うむ!!」


「はいユーゴ様」


出会ってすぐだが、この世界はこんなもんだ。

人間種の生存圏の中に居ながら、手が付けられないような奴から発生した魔物のせいで、ついこの前まで、昨日話してたやつが突然襲われて亡くなるなんて事が多く、都市部ですら飛行型にやられてたくらいだ。

明らかにそれが原因で、お互い好きになった!結婚しよう!はありふれている。

……

大陸各地に大穴やらこさえて、一部に局地的災害男扱いされている俺だが、動かず魔物を生み出し続けて所在が割れてる奴や、人間種を殺すことに喜びを感じているような目についた奴を始末した事で、そんなカップルに少し余裕が生まれたのは、数少ない自慢だ。

だから、山が2つ同時に吹っ飛んだのは許してほしい。山そのものが魔物だったんです。


「じゃが…その…お父様が…許してくれんかも」


「うーむ」


どうやら準備が整うと、すぐに出陣したお父さんと仲が悪い様だ。今回の結婚もお父さんから命じられた政略結婚の様だし。それに、どうも自分の事もかなり警戒している。まあ、急に表れた強い奴なんだ。そりゃするだろう。結婚許されんかもな。今回の戦い俺に出て欲しくないみたいだし。まあ、これについては同意だ。人間種同士の戦いに俺の力は強すぎる。

この歳になると、流石に政略結婚というものもあると理解しているが、その本人に自分と結婚したいのにと潤んだ目で見上げられると、そうも言ってられん。


「よし、じゃあ反対されたらセラとアリーを奪ってく。もう嫌だって言ってもウチに連れ帰ってお嫁さんにするからね」


「あ、あう…あう…わしお嫁さんにされちゃうのかの…」


「ユ、ユーゴ様のお屋敷に一生縛り付けられて…」


膝に乗せて告げると、セラは可愛らしく顔を赤くしてるけど、アリーさん?


「きゃっ」


「縛り付ける気はないけど、ずっと一緒に居て欲しいとは思ってるよ?」


「は…はい…。きつくしてください…」


アリーを隣に座らせて、腰から腕を回しながらセクハラ発言すると、さらに上の発言が飛び出してきた。なんてこった…。


「討ち取れ!!」 「【闇よ 我が敵を 貫け】!」 「バウ子爵討ち死に!」 「行け行け行け行け!!」 


夜の森を吸血鬼達が疾駆する。その赤い眼は、まるで明かりの様に光りながらぶつかり合い、徒手を持って怨敵を貫き、その牙を首筋に打ち立てる。

戦いはお互い共に、全く予期していない遭遇戦で会った。双方とも、会敵するのはもう少し先であると思っていたのだ。そのため、森であったことも災いし、陣形とか作戦とか、そんなもの何の役にも立たぬとばかりに辺り一帯が制御不能の戦いを繰り広げていた。


「このままではいかんな…」


エミールは、このままでは負けると判断していた。ナスターセの軍勢とかち合ったことで、ナスターセ城に辿り着く前に、もう一方のバセスク家が駆け付ける方が早くなってしまったと計算していた。


「ならば仕方ない。アウレルの血で代用しよう」


完璧を期すならば、ナスターセのセラの血が必要であったが、もはや不可能であるならば、近しい始祖の血の持ち主で軌道修正を図ろうとする。


「始祖もお運びする。守れよ。狙うはアウレルの血ただ一つ。位置は始祖が教えて下さる。行くぞ!!」


乾坤一擲の勝負に出る。当主と、それを守る精鋭が混沌の地と化した森に突っ込むのだ。混乱に巻き込まれれば、もう立て直しは効かない。それでも、座しているのもまた死であるなら、少しでも勝算がある方に彼らは全てを賭けた。


「見えたぞ!ナスターセ王族の旗!!」


木々と戦いをいなし、すり抜け続け、彼らは賭けに勝った。もはや後は運ではなく力のみ。


「突っ込め!!」


イオネスク最強の自負があるエミールは、顔中に血管が浮かび上がり、目を真紅に光らせ、牙を伸ばしながら吠え、ナスターセ本陣にいの一番に突っ込んだ。


「ぐぎゃ!!?」 「御当主様に後れを取るな!」 「死ねナスターセ!!」 「イオネスクだ!!」 

  「敵襲!!」  「【闇よ】!!」  「いかん!?」 「ダメだ!」


なんとか統制を取ろうと四苦八苦していたところに、突然精鋭からの奇襲を受ける形になったナスターセ本陣は、切り裂かれるように壊乱していた。


「守れ!守るのだ!!」 「ここを通すな!!」 「ご当主様、ここは一旦お引きに。御当主様が討たれれば全て終わります」 「うむ」


(アウレル!!!)


信じがたい事に、悲鳴と怒号、魔法による爆発まで聞こえる戦地にも関わらず、全神経をアウレルを探すことに動員していたエミールは、その声と位置をはっきりと認識していた。


「始祖様は!?」


「ここに!」


「よし!付いてこい!」


始祖の肉体を持たせた、最も信頼できる部下が己の背にしっかりといる事を確認したエミールは、周囲の者と共に疾駆する。


「来たぞ!!」 「絶対に通すな!!」 「槍衾を早くせい!!」「オオオオオオぉぉぉぉ!!!!ぐうっ!?」 「エミールだ!敵の大将!!」 「将軍が討ち取ったぞ!」


繰り出される剣、抜き手、槍を受けながらエミールはアウレルにどんどんと肉薄し、後一歩と言った所だったが、アウレルを守っていた、剣の名手としても名高い将軍がエミールを袈裟切りにすると、周りにいた者達が槍で刺して再生を妨げる。


「エミール。クズめ。貴様の死体は燃やした後、灰は川だ」


「ごふっ。ふふ、ははははは!」


己を謀った怨敵に末路を宣言するも、エミールは笑うばかりだ。


「何が可笑しい。貴様の周りも今息絶えたところだ」


「ふふごほ!?いや、なに、その顔、新しいべにでも買ったのか?」


「なに?…この程度」


自分の顔に手を当てると、ほんの少しだけ白い手袋に血が滲んでいた。


「そう!その程度でよかったのよ!ふはははは!!!」


「首を刎ねよ」


「はっ」


狂笑するエミールの首が落とされたときであった。


ドックン…


森中に、まるで心臓が脈打つ音が聞こえて来た。

死体に埋もれた黒い肉が、怨敵の血族から流れ出した血を感じ取り、震えだす。


肉が足りない


「なんだ?死体が…」


困惑する兵達。死体が一点に、吸い込まれるように集まりだしたのだ。


肉はこれでいい。血だ。血が足りない。私に相応しい血が。少し遠くだ。怨敵の血。清らかな乙女の血だ。私に相応しい。


「い、いったいなにが!?」

「あれはなんだ!?」


死体が吸い込まれた場所から巨大な黒が起き上がる。夜だというのにはっきりとわかる黒が。全てを終わらす黒が。


「お、おい!消えたぞ!?」

「何だったんだ!?」


かつて存在した2人の始祖。同胞に裏切られ葬られたはずの片割れは、怨敵の血族の血を求めて復活を果たした。


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