休息の獣
夜の国 ナスターセ城
ナスターセ城に帰還したセラとアレクシアは、ユーゴを伴ってアンドレイの部屋の前に来ていた。
「お爺様、セラです。帰って参りました。ユーゴ殿も一緒です」
「おお、セラや。話は聞いている。入りなさい」
「はい」
部屋に入ったセラとアレクシアは、アンドレイがとても緊張していることがすぐに分かった。
(2人に何があったのじゃ?)
「お爺様の下さった腕輪のおかげで、ユーゴ殿が来てくださり難を逃れました。ありがとうございます」
「なんの。それよりも…」
「アンドレイ翁お久しぶりです。あの時以来ですな」
「ええ…お久しぶりです。此度は孫娘を助けて頂き、このアンドレイ、感謝しております」
至って普通の会話の中で、アンドレイの緊張がさらに強くなっていくことに2人の女性は気が付く。
「いえいえ。何か縁があったのでしょう」
「そうですな…。セラよ、ユーゴ殿のお部屋は決まっておるか?」
「いえ、まだですが」
「そうか、ならば客室にご案内しなさい。細々とした事はアレクシアが」
「はい」
「…はい先代様」
(なんでまたアレクシアは顔が赤くなったんじゃ?)
祖父は特に変なことは言っていないのに、顔を赤らめたアレクシアに疑問を持つ。普段から表情を変えないアレクシアだから、余計に目立っていた。
「それではユーゴ殿こちらに」
「一段落着いたらまたこっちに来なさい。祖父と孫としてまた話そう」
「はい!」
もう会うことはないと思っていた祖父と、また孫として話せる事がセラは嬉しかった。
◆
ユーゴを客室に案内し、一息ついたセラ達は、再びアンドレイの部屋に訪れていた。
「お爺様、随分と緊張していたようですが?」
「ふふ…まあの。しかし、昔と違い随分と気配が穏やかになった…。いや、だからこそ更に恐ろしくなったと言えるのかもしれん」
やはり、セラ達は疑問であった。ユーゴから荒々しい気配や恐ろしさは感じなかったからだ。
「ふふ。疑問か?」
「はい」
「初めて会った時のあ奴は災害であった…。分かるか?竜巻、噴火…そんなモノが今にもあふれ出しそうだったのじゃ。到底人の身で宿せる力ではない」
「ですが今の彼は」
「そうそれじゃ…。全くそんなものは感じない。これっぽちも…。だが、弱くなったのではない。我が物としたのじゃ。そんな力を完全に」
「それは…」
そう聞いてもやはり恐ろしさは感じなかった。むしろ…
「ふふ、我が孫も女であったかな?違う感じ方をしたようじゃ」
「お、お爺様!?」
今だ胸と腹に宿る熱の元凶を言い当てられたようで、セラは慌ててしまう。
「ふふふふ、いやよかった。セラの嫁ぎ先を考え直さねばならなくなったが、あの男ならば一番大事な強さという点では満点じゃ。まずはそれだからの。性格の方は、強者にありがちな女を道具の様に見る奴ではないと知っているからの。変わってないとするのであれば…。うむ、なかなかいいのではないかの?」
「あ!?え!?お、お、お、お爺様のバカーーーーー!!!」
「おひい様!?」
「アレクシア、お主もじゃぞ。随分長く我が一族に仕えてくれた。自分の人生を見つけるのもいいのではないか?」
「…失礼します」
祖父から矢継ぎ早に繰り出された言葉に耐え切れなくなったセラは、部屋から飛び出してしまった。
慌てて追いかけようとするアレクシアであったが、アンドレイは彼女にも言葉を投げかけた。
「ふふ。女じゃのう…。しかしあ奴と親戚付き合いせねばならんのが唯一の問題じゃ…」
イオネスク家と婚姻が決まった時も取り乱さなかった孫娘が、ああも慌てるのが面白かったが、実際に結婚すれば、彼にとってとんでもない問題も引き連れて来るのを、ため息を吐きながら想像した。
◆
(眠れんのじゃあ…)
祖父の部屋から飛び出したセラは、ちょうどいい時間であったこともあり、そのままふて寝することにしたが、ユーゴとの結婚の事を想像すると体が熱くなり、全く眠ることが出来なくなっていた。
(ユーゴ殿と結婚…けっこん…)
彼女の中では、パトリックなどとっくに忘れた存在であり、自分が体験した結婚式はセラの中で、新郎服を着たユーゴとヴァージンロードを歩む姿を想像していた。
その後誓いの儀式で、首筋に牙を突き立てられて、彼が自分の中に入って来ると共に、己も彼の血を吸い血が自分の胎に…まじりあって……
(あああああああ!!??だめじゃあああああ!!?ねむれぬうううううう!?)
◆
(ダメだ、眠れない)
一方セラの侍女、アレクシアも眠れない夜を過ごしていた。服は普段と違いかなり薄く、自分でもはしたないと思っていたが、それどころでは無い体の熱さが原因であった。
こちらは主よりもずっと原因に心当たりがあった。
(男をこんな風に想うだなんて…)
薬で前後不覚になっていた時から、ユーゴの腕の中で力強さを感じたのに、馬車の中で長時間、至近距離で会話し、止めによく分からない空間でも腕の中にいたのだ。しかも、主も共に抱き上げれていたせいか、かなり腕の力が強く、意識が朦朧としていた時よりもずっと、男の力と熱さを感じる事になってしまった。
(ダメ…組み伏せられたいだなんて…そんな)
アレクシアもまた、セラと同じように式場で下種な吸血鬼に押さえつけられた体験が、ユーゴに両手を押さえられ、逃げられないようにされながらも、見つめられるというモノに置き換わっていた。
(先代様が仰った様に…でも自分からだなんてはしたなすぎる…。でも、もし求められて夜這いを受けたら、その時は…)
アンドレイから受けた指示を、妙な風に曲解しながら、アレクシアもまた眠るのに時間がかかりそうであった。
◆
セラとアレクシアがようやく眠りについた深夜、ユーゴは異変を察知して飛び起きた。
(セラちゃんは分かるが、アリーさんも同時に?やっこさん区別がついてないな)
即座に、来た時と同じように彼女達を取り込もうとしていた空間を迎撃。
この時間帯に、女性の部屋に行くことに罪悪感を感じながらも、アレクシアを連れてセラの部屋に向かう。
「あう…ついに初夜の時間じゃな…」
「お待ちしておりました…」
(あれ?夜這いOKサイン?というか寝ぼけてね?)
部屋に入るとどうもセラとアレクシアの様子がおかしい。顔が上気しており、潤んだ目でこちらを見つめて来るのだ。
セラは、時折唇をなめる舌とその時見える犬歯が妙に艶めかしいし、アレクシアは手を上に投げ出し、無抵抗のサインを出して、誘うようにこちらをチラチラと見てくる。
アホな事を考えながら、服を脱ぎだした2人を慌てて止めるユーゴであった。
◆
???「強い奴はモテるのか?」
???「そりゃ勿論。人間種自体が大陸じゃトップという分けじゃないからね。開拓地に適した安全な場所から徐々に増えて行って国が興ったけど、そうなると今度は厄ネタと出くわし始めた。そのせいで、ちょっと前まで最前線じゃ一進一退の生存競争だったし、大陸の内陸部にあって、だいたい生存圏が安定している軍事力屈指の騎士の国でも、踏んづけたらえらいことになる奴とか厄ネタとかあったりするからね。そういう分けで、強さってのはすんごいステータス。勇者だけじゃなくて、性格難ありの特級がモテるのはこのため。」
???「ほほう。最近、人間種側は落ち着いてきたのだな。どうして?」
???「何十年前からか、厄ネタが突然消えたり、出くわす頻度が極端に減ったから」
???「それはまた何故?」
???「さあね」
ーある次元での会話ー
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