後日

オリバー商会 会長室


「カ、カエラに殺されるところだった…ん?」


商会の会長室に、昨夜の事を思い出しながらオリバーは入ると、机に妙なラッピングがされた箱があることに気が付く。

心当たりがないため、訝しく思いながら机に近づいて見てみるが、変わったところはない。


(青の歌劇のお礼参りとかないよな…)


ついこの間の事であったため、一応用心しながら中身を確認すると、手紙と何らかの高級そうな魔具らしきものが入っていた。


『オリバー商会会長オリバー様 この度は貴方様のおかげで、リリアーナ誘拐の依頼主を素早く知ることが出来ました。貴方様の協力なくして出来なかったことで、大変感謝しております。そのため、お礼としてはささやかな物ですが、貴方様方が困った時にそちらへ行けるよう魔具を入れております。物理的な問題にはほぼ、金銭と権力的な問題にもある程度は対処できますので、困った際には是非お使いください。最後に、改めてお礼申し上げます』


(なんだこれ!?情報流してるのバレてるわ、魔具入ってるし、そもそも誰だよ!?)


手紙を読み終え混乱していると、もう一通入っている事に気が付き、恐る恐る開封し読み始める。


『追伸 必要なときに現れる様になっておりますが、返品には対応しておりません。諦めてお節介を受け入れてください』


(だからどういうことだよ!?お節介を諦めろって意味分からん!)


その後、何故か捨てたら呪われそうな気になったオリバーは、商会の倉庫の隅に魔具を置くことにした。

この魔具の、連絡先の存在を知っている者がここにいれば、憐れまれるか、一応大丈夫だと元気付けるかであろう。

もしくは、家宝全てを渡してでも手に入れたいと思うかである。


剣の国 宰相執務室


宰相の執務室には、宰相とローワンの姿があった。

砂の国から王都に帰って来たローワンは、その足で王宮に報告に上がって来たのだ。


「ご苦労だったローワン」


「はっ。ありがとうございます」


労いの言葉を掛けられるローワンであったが、青の歌劇そのものの捕殺には失敗しているため、内心は喜んではいなかった。

彼にとって連絡役を逃がしたことは、失態であったのだ。


「それほど気を病むな。結果は出ているのだ」


「はっ。ありがとうございます」


ローワンの内心に気が付いたのか、改めて宰相はそう発言する。

事実、青の歌劇はリガの街から姿を消し、聖女誘拐の恐れはもうなかった。

しかし、それはそれで、この件に巻き込んでくれた依頼主の方は自分の手で始末したが、もう片方殺してやりたいと思った実行犯の親玉を逃がしたことは、ローワン個人的にも片手落ちであった。


「帰って来たばかりなのだ、今日は休むといい」


「はっ。ありがとうございます。失礼します」


宰相がローワンを労い、退出するのを見届け一息ついたときであった。


「失礼します宰相閣下」


他に誰もいないはずの部屋の隅から、突然男の声が聞こえて来たのだ。

何度か経験したことであったが、それでも宰相の心臓の動きが早くなる。

本来、王宮内部の宰相の部屋に、突然人が現れるなどあってはならないのだ。

出来るだけ緊張が悟られないように、そちらを向く。


「此度の一件、ご苦労をおかけしました」


「いえ、国内で誘拐組織が暗躍するなどあってはならないことです。お気になさらず」


事実ではあったが、それだけではない。

宰相にとってこの男が暴れまわることの方が、よほど恐ろしかったのだ。

うっかりや余波で、今も各地にある大穴や、根元から無くなった山がこの国に出来るのは御免被るとも思っていた。


「それでご用件は?」


「はい。今回各所にお礼をしたいと思っておりますが、流石にテイラー伯爵や、他の方々に渡す分けにもいきませんから、どうか宰相閣下からという事でこれらを渡して頂きたいのです」


恐らく通貨の入った袋であろう、それらが部屋の机に出て来た。


「分かりました。こちらから渡しておきましょう」


宰相にとって、特に問題は無いので了承する。


「ありがとうございます。それでは私はこれで」


「ええ」


今さっきまで目の前にいた男が一瞬で消え去った。

それを確認した後、宰相は椅子に座りため息を一つこぼした。



ローワンは王宮から出た後、自分に割り振られている家に帰宅したが、机の上に何か細長いものが置かれていた。

よく見ると、手紙が一通あり読んでみる。


『ローワン様へ この度の一件では大変お世話になりました。つきましては、何かお礼がしたいと思い、業物を一振り送らせて頂きます。握りや構え、振り方を見るに、恐らく合うと思います。どうかお受け取り下さい。改めてお礼申し上げます』


「ひぃっ!?」


リガの街で、手紙の送り主であろう人物と会って以来、剣を振るったのは一度切り。

あの場にいたのが自分だけではない事を知り、ローワンは思わず悲鳴を上げて周りを確認してしまう。

もう二度と関わるものかと決心しながら。


深夜の一軒家に男が帰宅する。


「あなた、お疲れさまでした」


「あれ、起きてたの?」


もう寝静まっていると思っていた男は驚く。


「ええ、お仕事帰りの夫を出迎えるのは妻の特権です」


「これ以上好きにさせてどうするのさ」


「きゃ」


流石は夜の住人にして、その道の達人だ。何していたかバレてたかと思いながら、男は妻を横抱きにして寝室へと共に入って行った。



人物事典

"若旦那"オリバー:暗殺と誘拐の達人を父に持つが反発し、商売の勉強をしていた。一応訓練自体はしており、腕前はそこそこ。

父が病死した後、暗殺に嫌気がさしていたカエラや古株の一部を掌握、父の葬儀の場で危険な人物や思想を持つものを纏めて粛正し、裏の組織としての"木漏れ日"を壊滅させる。

組織壊滅後は、付いてきてくれた者たちと商会を立ち上げ、勉強の甲斐あってか繁盛させている。

姉貴分のカエラとは、幼少時の教育係として付けられていた時期からの長い付き合いで、現在では夫婦として一緒に生活している。

オリバー商会2代目が近々…。

ー若い半人前と侮ったツケは命で支払わされた 覚悟と腹の据わりを考えもしなかったのだー


"若奥様":カエラ:若輩の頃から木漏れ日に所属していた、背の高い糸目の女性。

才能があったようで、成長後は組織でも凄腕として知られるようになり、その才能を見込まれてオリバーの教育係に指名されるも、徐々にオリバーと惹かれあっていく。

普段の口調は、周りを油断させるための演技で、素の口調を向けられるのはオリバーだけである。

木漏れ日末期には、頭領の病気からくる危険人物たちの台頭と、それによる暗殺依頼の増加に嫌気がさしていたため、オリバーの覚悟に賛同。組織粛正の手助けをする。

商会設立後、公私に渡ってオリバーを補佐し、聖女誘拐事件後にオリバーと結婚している。

ーこら、無理はダメよー


"潜まぬ爪"ローワン:剣の国の、闇の部分に所属する男。

骨格が太く筋骨隆々で、顔も厳ついため、実は"潜まぬ爪"というこの二つ名、暗部の男であるにも関わらず、一目で戦闘の達人と分かるローワンを揶揄している側面がある。

しかし、その腕前は剣の国随一で、裏世界でも恐れられる存在であり、武闘派組織の幹部でも逃げの一手を打つ。

実働部隊のトップも務めており、剣の国で暗躍するものは常にこの男に怯えている。

ーしなやかでいて力強く 太くありながら柔らかいー


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