間が悪い2

リガの街


2人の男が密談をしていた。


「首尾は?」


「入った。が、いい事では無い。あれが成功するという事は、向こうがかなり神経質になっているという事だ」


「ああ。その通りだ…くそっ」


「こっちも随分神経質になってるみたいだな」


「ん?ああ連絡方法か…使い魔だったり置手紙だったり、訳分からん」


「はは」


やはりどこも大変の様だ。男達は揃って笑い声をあげた。


「おい!今日のチョコ美味いな!」「ホントだ!」 「もうない」


そんな時、外から子供達の笑い声が届いてくる。


「木を隠すならとは言うが、次はもっとましな家を見つけろ」


幾ら子供の声が大きいとはいえ、ここまではっきりと聞こえるのは拙いだろうと思い、仮拠点の選定に苦言を呈する。


「分かってる」


「だといいが。じゃあ俺は行くからな」


「ああ」


人知れぬ会話で会った。


テイラー伯爵邸


(よし、大体の間取りは分かった。あとは聖女がどこにいるかだ)


伯爵邸を歩き回っている兵士がいた。

この男、御用商人の店主の帰りを確認してきたはずの男であったが。


(早くしなければボロが出る)


まるで人に会うのが嫌かの様に、人気のない所を選んで進んでいた。


(あそこだ!間違いない!)


何気無さそうに通過した通路の入口に屈強な兵士が立ち、その奥の扉の前には、わざわざ女の兵を配置しているのだ。

この男は、聖女がいる部屋だと確信した。


(よし、あとは脱出だ)


「お仕事中に申し訳ありません。そこの方、お手洗いはどこでしょうか?」


どうやって屋敷から出ようかと男が思っている最中、曲がり角で男とばったり出くわした。

どうやらトイレを探しているようだったが。


(くそっ!知らないぞ!屋敷の者じゃないのかよ!)


男は聖女の部屋を最優先で探していたため、トイレの場所など知らなかった。


「申し訳ありませんお客様。ただいま急ぎの用がありまして…。誰か呼びましょうか?」


「ああ、それは申し訳ありません。お気になさらず。もう少し探してみます」


「申し訳ありません。私はこれで」


(ダメだ。やはりボロが出る)


男は足早にその場を後にし、一刻も早く屋敷を出る事を改めて誓う。


「ですから、現在屋敷は外からの方はお入りすることは出来ません」


「せめて商品だけを置いていくことは出来ませんか?」


(くそっ!門で揉めてやがる!)


見ると、門番と商家の若旦那が何やら揉めている様だ。

不自然になるが、ここまで来たらもう出るしかない。

出来るだけ用事がある様に、足を速めその横をすり抜ける。


(よし、後は連絡係を待つだけだ)


屋敷を出た男は路地裏で服装を変え、仮拠点の一つである宿へ向かう。

夜になると連絡員が男を訪ねる手はずになっていた。



男が路地裏から出て行くと、その後を物陰から出て来た男達が追いかけていく。



影そのものも…



夜 リガの街 宿


「ああー…やっぱりダメだった」


「若ー、仕方ないっすよ。明日に商品卸せることになっただけよしとしましょう」


「そうそう。朝一で納品して帰りやしょう」


宿にはオリバー一行が宿泊していた。

テイラー伯爵邸に辿り着いた一行であるが、懸念していた通り、屋敷の中に入れず、また、商品の受け取りも拒否されてしまったのだ。

その後、注文品を持ってきただけだと抗議して、なんとか明日に卸せることになったが、まあ、商品は騒動が終わるまで別の場所行きだろうなとは思っていたが、彼らにとって一刻も早くこの街を出る事が最優先なので、誰も気にしていなかった。


「と言っても、夜とか絶対に何か起こりそうなんだが…」


「若ー。ダメっすよ、現実になっちゃいますから」


「はは、そうっすよ」


「だよな!」


「あははは。ってなんか拙くないっすか?」


「え?げっ!?」


「やっば!?」 「これちょっとまずいぞ!?」 「ああ神様…」 「若とカエラの結婚式見れずじまいかあ」


賑やかな会話の最中に、突如カエラが部屋の中だが、辺りを見回し始める。

その声を不審に思った一同であったが、足を洗ったとはいえ一流の闇の住人であった。

宿が何者かによって包囲されていた。しかも、一同で最も手練れのカエラがここまで接近されるまで気が付かなかったほどに相手は凄腕であった。

即座に戦えるよう準備しようとした彼らだったが


「くそっ!ばれてた!」 「があっ!?」

「畜生!」

「逃げろ!」   「逃げたぞ!」

「くそったれ!」   「敵だらけだ!」

「逃がすな!」



どうも様子がおかしいことに彼らも気がついた

 

「あれ?カエラ今どんな感じ?」


「どうやら隣の様ね…」


「ええ…」


心当たりのないわけでは無い彼等だったため、酷い肩透かしを感じたが。


「【壊れろ】!こっちだ!がっ!?」


「くそっ!ぎゃ!?」


「げっ!?正気かよ!?」


なんと、隣の部屋の男が魔法で部屋の壁を壊し、隣の部屋から逃げようとしたのだ。

即座にカエラと他の者達が、侵入者たちを迎え撃つ。

幸い、カエラ達にとって、侵入者達は大した腕ではなかった。

問題があるとすれば…。


「何!?"木漏れ日"!!?」


後から出て来た方が、自分達のかつての組織を知っていたことであった。


その声を聞きつけてか、即座に抜き身の刃を持った、骨格が太い男が扉を突き破って入って来た。


「ローワン!?オリバー逃げて!!」


「げっ!?」 「ああ…神様」 「"潜めてねえ爪"!?」 「坊ちゃんこっちへ!」


「"木漏れ日"の糸目に4馬鹿とは…なぜここにいる?」


殺しに掛けて、剣の国随一の男の侵入に一同は驚愕し、ローワンもまた、一筋縄ではいかない者達の予想外の出現に警戒する。


「ローワンっ!」


「ああ神様…」 「馬鹿呼ばわりすんじゃねえ!」 「ちったあガタイを考えろ!それでも裏方か!」 「坊ちゃん!?」


「待った待った!!そんだけ有名人なら"木漏れ日"解散したって知ってるだろ!?」


「オリバー!?」 「坊ちゃん!?」


一触即発の雰囲気にまずいと感じたオリバーが割って入る。


「…確かに情報は上がっている…。先代が死んだことも、残った屑を粛正したことも…」


「だろ!?」


これなら上手くいきそうだと思ったオリバーだったが。


「だが、はっきり言ってタイミングが合いすぎる。来て貰うぞ」


「いや、俺もそう思うけど…」


聖女誘拐でピリピリしている所にやって来た、元とは言え非合法組織が腕っぷしを連れてきて、しかも隣には本命がいたのだ。どう考えても自分達は怪しい。


「隊長!連絡役が魔法で転移しました!」


「なんだと!?」


どうやら一番重要な連絡役を逃したようだ。しかし、極短距離しか飛べないとはいえ、魔法で転移するとは腕利きがいたようだ。

そこで、ふとオリバーは思いついたことがあった。

青の歌劇には心当たりは無いが、その大本には心当たりがあったのだ。


「あー。ちょっと取引したいんだけど」


「なに?」



◆   ◆   ◆


「はあっ、はあっ」


魔法使いの様なローブを纏った男が、息を荒げながら路地裏を走っていた。

宿から逃走した連絡役の男であった。

切り札である、魔法による転移で何とかあの場を逃げ出すことに成功し、安全な場所へ向かう最中であった。


(あった。あそこだ!)


なんの変哲もない一軒家であったが、今の彼にはそこが唯一の楽園のように思えた。

急いで家の中に入る。

少し休んだらすぐに発たねばならない。


「待ってたよ」


「え?」


◆   ◆   ◆

オリバー商会


「いやー。死ぬかと思ったっすね」


「冗談になってないよカエラ…」


自分達の商会に帰ってこれたオリバーとカエラはようやく一息付けたところであった。

今は二人でお茶を飲んでいる。


「それにしてもウチにも依頼してきた奴には感謝っすね」


「どうして知ってるんだってまたひと悶着合ったけどね…」


あの時、なんとか取引できないものかと考えたオリバーは、聖女誘拐の依頼をしてきた者をローワンに教えることで、事なきを得たのである。

しかし、商会へ転移で戻って依頼書を回収したり、どうしてそんな物があるかの弁明をしたり、身の潔白を証明するために大忙しであった。

幸い、信じて貰えたようで、商品も割増しで卸すことができた。多分、何らかの方法で裏も取ったのだろう。そこからは早かった。


「依頼主っすけど死んだらしいっすよ」


「もうかよ!早すぎ!」


つい数日前に、砂の国の大商人が依頼主だと教えたのに、既に殺害されていることにオリバーは恐怖する。


「まっ、これで青の歌劇も手を引くでしょ」


「だな」


依頼主が死んだのだ、青の歌劇が手を引くのはすぐに思えた。


「それじゃあ、いくっすよ」


「え?どこへって、ちょカエラ!?」


「寝室によ」


「ええ!?」


「ローワンの前に出て行くなんて…子供が出来たら少しは落ち着くでしょ」


「ちょっとまって!カエラ!?」


背が高く、戦士としても上のカエラに取り押さえられたオリバーはそのまま寝室まで連行されることになった。




青の歌劇 本拠地


大きな屋敷の一室で、数人の男達が今回の一件の話をしていた。


「奴らがどうやって依頼主を知ったかは知らんが、これはこれでよかった」


「左様でございますな、エイダン様」


青の歌劇のトップ、エイダンと複数の幹部たちであった。

依頼主の大商人が死んだことで、余計なリスクを背負う必要が無くなったので、即座に聖女誘拐を中止したのである。

前金をかなり貰っていたので、どちらかというと彼らは得をした方である。


「連絡役が帰ってこなかった時は焦ったが、奴もここは知らん。派手にやったし、依頼主も死んだし、風評にも少し傷がついたからな、少し休むか」


「さよパアンッ!!


突如、部屋中に何かが破裂したような音が響いた。

水袋が破裂した音に近いだろうか。


「ぎゃあああ!!!??」 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!??」 「ぎいいいいいいいいい!??」


「ああああああ!!!??」


エイダンが自分の腕と足を見ると、そこには骨と血の混じった肉片があった。

混乱と痛みに発狂寸前になりながら周りを見渡すと、皆同じような姿だ。


「普段はすぐ頭を潰すんだけど、ちょっと俺も頭にきててね」


突然部屋の中心から声が聞こえて来た。

エイダンの知らない男だ。

中心にいるにもかかわらず、暗がりで顔が見えない。


「だれ゛だぎざま゛あ゛!?」


部屋中に悲鳴とすすり泣きが木霊する中、エイダンは男に問う。


「夫さ」


ゴシャ


何かが潰れる音が同時に聞こえ、部屋に静寂がもたらされた。




組織辞典

青の歌劇:誘拐専門の闇組織。

構成員に変装の達人を多数抱えており、内部に潜入しそこから要人の誘拐に繋げる手法が得意。

先代が死去し、間もなく2代目が継ぐが、聖女誘拐に関わって以来音沙汰がない。

ー虎の尾を踏むなー


木漏れ日:暗殺と誘拐の達人であった男が一代で立ち上げた闇組織。

最盛期は、大陸でも名の通った存在であったが、初代が病で死去すると継いだ2代目が粛正を開始し組織は内部崩壊。

現在では生き残った者達が、新たに商会を立ち上げて活動中であるが、組織は残っていない。

ー今後ともどうぞ御贔屓にー



ー覗いているのは何も悪党だけではないー


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