お招き


リガの街早朝


3人が横になっているベッドで、まだ朝早くにユーゴは目を覚ました。





誰か来たな


玄関前に2人の気配を感じる。


さて、こんな早くに誰じゃろかい?


「ごめん下さい!朝早くに申し訳ありませぬ!ユーゴ様は御在宅ではありませぬか!?」


ノックと共に自分を呼ぶ声が聞こえる。


「少しお待ちください!」


聞こえるよう大声で返事をしたが、その声でジネットとルーが目を覚ます。


「あなた?」


「ご主人様?」


「ごめん、来客みたい。ちょっと行ってくる」


そう言いながら服を着て、玄関に行く。


家の前には年のいった神官服を着た男性と、あと魔法使い風の男。


「お待たせしました。私がユーゴです」


「おお!朝早くに申し訳ありません。私、祈りの国の神官ですが、枢機卿ドナート様より、この手紙をユーゴ様にお渡しせよと命じられ参りました」


はて、枢機卿のドナート?…祈りの国と言えば…ああ!


「ひょっとして、ドナート様はかつて勇者の地位にいた方ですか?」


「その通りでございます。もう何十年も前になりますが、ドナート枢機卿は確かに勇者であられました」


えらい久々に名前を聞いたが、何十年ぶりだ?あのおっさん出世したな。いや、勇者やってた時点でそれなりの年齢だったのだ、もうかなりの歳か。


「こちらがそのお手紙になります」


「今、拝見しても?」


「はい、是非お願いします」


ふむ、どうもとんでもない事になってるみたいだな。本殿前まで上級悪魔がやって来て、残りの勇者は1人、他国から増援もなし。というか結界はどうした?機能不全を起こしているかね。


こりゃあ、自分に手紙を書くわけだ。最後にあった時は、大分自分の事を怖れていた感じだったが、背に腹はというやつだな。


報酬は出来るだけ答える、転移魔具と使用出来る魔法使いを送るから来て欲しい…か。


しゃあない、行くか。


「要件は分かりました。少し妻達と話してきてよろしいでしょうか?」


「奥方がいられましたか。どうぞどうぞ」


さて、話を聞いてたみたいだな。近くの部屋に2人ともいる。


薄い部屋着を着ていた2人に、手紙を見せて聞く。


「俺は行くことにするけどジネットとルーはどうする?かなり、危ないみたいだけど…」


「もちろん行きます!」


「お傍にいます」


危険であるが即答された。俺がいつ帰って来るか分からないのに、人間種の街に2人で居るのは酷かな。


それに2人とも、特にジネットはかなり強い。自分の身は守れるだろう。一緒に行こう。


「分かった一緒に行こう。」


「はい!」


「はい」


だがその前に皆風呂だな、昨夜もいつも通りだったのだ。流石にこれで人に会うわけにはいかん。表に一言断らねば。





◆   ◆   ◆


「お待たせして申し訳ありませんでした」


「そのようなことはございません。それに急に押しかけて来たのはこちらの方です。どうかお気になさらず」


「ありがとうございます。こちらが妻のジネットとルーになります


「よろしくお願いします!」


「…よろしく」


「おお、朝早くから申し訳ありません」


普段のメイド服じゃない2人が挨拶する。流石に余所からのお招きに、メイド服は勘弁してくれと泣き付いたのだ。強敵だったが、妻と紹介するには、少し分かりやすいほうがいいという必殺技で勝利した。


服屋の姉ちゃん完璧なチョイスだ。2人とも普段と同じように輝いてる。神官さんも2人も紹介されたのと、その美人さにビックリだ。


自分もキッチリした服だ。こんなの着るなんていつぶりだ?


「早速で大変申し訳ないのですが、出発してよろしいでしょうか?」


「ええ、お願いします」


「ありがとうございます。直接王都には転移できませんので、正門外に飛びそこから馬車で移動という事になります」


「分かりました」


「はい。では頼む」


後ろに控えていた魔法使いが頷く。


「では、転移します」


景色が歪む。





目の前には、開いた巨大な門と白く高い城壁。昔、来たことがある祈りの国の王都だ。懐かしいな。


「皆様、馬車にお乗りください」


すぐそこに、結構立派な馬車がいた。気を使ってくれてるらしい。


2人と神官さんと入る。中も立派だ。


「では出発します。」


「はい」


「出してくれ」





進んでいる馬車の中から王都の様子を伺う。


「市民はそれほど慌ててない様ですね」


「はい、悪魔は王都やその周辺からは現れずに、本殿に急襲して来ました…。ただでさえ広い神殿の一番奥の本殿で、警護も精鋭でしたから、今のところ、なんとか市民には漏れていません」


街中に入って確信した。結界が作動していない。


「結界の方は?」


「申し訳ありません。私も知らされていないのです」


恐縮そうに答えられる。


ふーむ。


色々質問していると、家が途絶え始め、神殿の前まで来た。普通なら本殿と思われるような、立派な物だが、まだまだ先だ。


「ここから先は歩いてになります。本殿のドナート枢機卿の元まで案内させて頂きます」


「お願いします」


入口の方はそうでも無いが、先へ進むとどんどんと警備が厳しくなっている。ジネットとルーが珍しいのだろう。チラチラと視線を感じる。というかやはり道が長い。


ようやく本殿前の広場に来たが、最警戒状態だった。守護騎士達は完全武装で警備しているが、目は血走っている。広場の至る所が、焦げてたり抉れているのを見るに、余程激戦だったのだろう。最前線そのものといった雰囲気だ。


「こちらへ」


本殿へ案内されるが、ギリギリここだけ結界が維持されていた。これなら、いきなり内部から悪魔が現れることは無いだろう。


本殿もやはりというかデカい。これだけ大きいんだ。神が関与したという話は本当かもしれん。居住空間でもないのに、部屋の数もかなりあるぞ。


「こちらがドナート枢機卿の部屋になります。ドナート枢機卿。お客様をお連れしました」


「入ってくれ」


「失礼します」


「失礼します」


「ありがとう、ジャンニ大司教。」


「いえ、では私はこれで」


顔パスでスルスルこれたとは思ったが、大司教だったか。


大司教が退出する。


「お久しぶりですな、ユーゴ殿」


やはり、老けたな。


「はい、お久しぶりです、ドナート枢機卿。枢機卿になられたのですな、おめでとうございます」


彼の中で張り詰め居ていた筋肉が、若干弛緩するのが分かった。


分かってるよ。もう、うっす。とか、そうっす。とか言う歳じゃないんだ。だから昔やったやんちゃも許してくれ。


「これはご丁寧に…。そちらのお二人はどなたかな?」


「私の妻のジネットとルーです。2人ともご挨拶を」


「ジネットです。よろしくお願いします」


「ルーです。よろしくお願いします」


2人とも外行きの淑女モードだ。ジネットなんて、じろじろ見られても、睨み返さなかったくらいだ。


「…これはご丁寧に。…ドナートと申します」


今一瞬、完全に気を抜いたな。


仕方ない。俺だって、街のがきんちょ達が奥さん紹介してきたら、腰が砕ける。


「早速ですが、質問させてください。結界はどうなっています?」


「その事ですが…。通知のベルが次の聖女を選ぶまで、結界が弱まるのです。今回はそこを突かれています。」


「なるほど。ベルが聖女を選んでいるのですね?」


「ええ。もし、今聖女様が失われれば、結界がどうなるか分かりません。ユーゴ殿には聖女の護衛もお願いしたい。」


「分かりました。聖女様にもう少し努めていただくというのは、出来ないのですか?」


「その事ですが、結界の維持には通知のベルと、聖女様が必要なのですが、そもそも聖女様が交代するのは、聖女様が神々の力を長く受けすぎているため、耐えきれなくなる前に、ベルを操作して、次の聖女様を見つけるようにしているのです。」


はああ、交代制と思っていたがそういう事情があったのか。


「分かりました。依頼の方ですが受けさせて頂きます」


「おお、ありがとうございます。心強い限りです。」


今度は、ほんの少しだけ目が泳いだ。地下から遺跡が消し飛んだのは不可抗力だ。許してほしい。


「それで報酬の件ですが」


「申し訳ありませんが、出て来るのがどういったものか分からないので…非常識ですが後からという訳にはいきませんか?」


「いえ、御尤もです。成果に応じて、でとりあえずよろしいかな?」


「ありがとうございます。その形でお願いします」


来なかったら観光に来たと思おう。


「ちょうどこれから会議があります。顔合わせもあるので出席して頂けませんかな?」


「分かりました。妻達もよろしいですか?特にジネットは特級ほど腕は立ちます」


「その事ですが…。失礼ながら奥方様達はハイエルフの方についてどう思われています?」


そういえば、種族的に仲が悪かったな。


「どうだい?ジネット、ルー」


「少々育ちが特殊でして、特にハイエルフの方を意識はしていません」


「ルーも同じです」


「それはよかった、女性しか立ち入れない場所もあります。特級ほどの腕が立つのであれば、それはもう歓迎しますとも」


切羽詰まっているというべきなのか。


「さあ、どうぞこちらに」


さて、行きますか。






人物事典


"2つ首"又の名を"裏切りの神ルベルド"神々と竜との戦いにおいて、神々が戦争序盤に大敗する原因となったモノの1つに、神ルベルドの裏切りによって、情報が筒抜けとなっていたことがある。ルベルドは竜の力を利用し、より高次元の存在になることを目論んでいた。

しかし、決戦の地であった、現在の祈りの国付近において、神々に敗北、ルベルドを殺しきれなかった神々はその地に封印することを決めた。

竜の力を取り込んだためか、神であった時の頭部と、竜の頭部2つが生えており、全身は混ざり合ったような異形の姿であった。

当時の聖女の交代時期に、ある程度力を取り戻したルベルドは封印を破り、大陸へと姿を現した。

ー恥ずべき者 裏切者 憎むべき者 怨敵 強き者ー 





やんちゃ:当時の勇者2人が、祈りの国辺境による異変を調査するよう命じられ、現地で会った人物と3人で地下深くの神殿を調査すると、復活直後の"2つ首"と遭遇、3人目の人物が体に飛び移り、その首を両方引き抜いた。なお、完全ではなかったとはいえ、相手は神であり、うっかり力加減を間違ってしまったようだ。

その結果、上方向に引き抜いたため、地下深くから地上部分まで巨大な穴が出来ることになる。

「試しに殴ったら、思ったより硬かったんだ。地下でおもいっきり殴るよりは、引き抜いた方がいいと思って」

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