溺れる者は


祈りの国 本殿前広場


おお感嘆 偉大なるどのような 闇よ現象 愚かなる貶め 人へ目標 死を起動


6つ!??


「全員逃げろ!!」


"勇者"ブルーノはありえない魔法行使を察知し、周囲で戦闘している味方全員に警告を発する。


浮遊する人間の頭の様な悪魔から発せられた、黒い波動に対処しようとするが、後手に回っている。


そもそも、このような事態になっているのは、王都付近に全く出現しなかった悪魔が、神殿の本殿に急に表れ、奇襲を仕掛けてきたことに始まる。今や、本殿の周りは戦場だった。


【光よ 我らを 守れ】!!!


何とか3つの【言葉】を発し、渾身の力で魔力を注ぎ込む。


「がっ!?ぎぎぎっぎ!!!?」


生命力すら注ぎ込んでいるが、明らかに押されている。そもそも、6つもの【言葉】に対して僅か3つで対処しているのが間違いなのだ。


【輝く 大いなる 光よ 我らを 守れ】


だがその一瞬の拮抗で、もう1人の勇者、カストが守りの魔法を唱える事に成功した。


魔力の衝突は僅かに拮抗しながらも、神殿側に爆発を起こし多数の兵士達を吹き飛ばす。


最も近くで爆発を受けたカストであったが、これ幸いと即座に身を起こし、煙に紛れ悪魔に突っ込む。


(ブルーノは…無理か!)


生命力すら注ぎ込んでいたのだ、煙の中に僚友の姿は無い。


ならば己がやり遂げるのみ!


煙が晴れたが、既に剣は届く。


しかし、悪魔ははっきりとカストを見ていた。


【雷よ 奔れ】


【光よ】!!


(差し違える!!)


既に悪魔が呪文を唱えきる寸前であることが分かると、瞬時に覚悟を決める。


「おおお゛お゛お゛お゛!!」


剣の切っ先は僅かに届かず、もろに雷を浴びるが、それでもなお切っ先を押し込もうとする。


【光よ】!


突然、後ろから振り下ろされた剣に、悪魔の頭部が両断される。


悪魔が目の前の敵に集中していた隙に、別の場所を制圧した年若い勇者、ビアジが駆け付け悪魔を消滅させたのだ。


「救護を!」


明らかに危険な状態の先輩ではあったが、ビアジにはまだこの場の敵を一掃しなければならなかった。


残りは、自分でも対処できると踏んだビアジであったが、またしても頭部の悪魔が現れる。


(同じ奴か!)


先輩の勇者2人が戦闘不能に陥ったのが、少し遠くに出現した悪魔と当たりを付け、即座に対処しようとする。


【おお 偉大なる 闇よ 愚かなる 人へ】


(長い!まずいぞ!!)


必死に止めようとするも周りの魔物が行く手を阻む。


光のどのような 神よ神  どうか願い 我らを目標 守り起動 たまへ祈り


何処からか別の声が聞こえる。


【死を】


(間に合わない!?)


しかし、広場を光が満たし、闇の波動を掻き消す。


「皆様、今少しご辛抱を」


(バカな!リリアーナ様!?)


本殿から女が出て来た。輝く金の髪に、普段は母性を湛えた、青空の様な青い目、女神と称される美貌、気配は清廉そのものであったが、しかし、聖女特有の、一枚の布を被っただけの体のラインが出ている服を着ているとはいえ、その豊かな胸と美しい体は、あまりにも女性的であった。


自分達が、最も守らなければならない対象の1人、"聖女"が最前線に出ていることに、ビアジは驚愕する。


gaaaaaaあああああ!!


光が満たされた広場にいる悪魔たちが苦しみだした。


決着を付けるべく、ビアジは驚愕を捨て悪魔達に切り掛かる。


「おおお!」


離れたところではベルトルド総長も奮戦していた。老いたりとはいえ、流石はかつての勇者だった。


祈りの国は辛くも勝利を抑えることができたのだ。





◆   ◆   ◆


祈りの国 本殿 会議の間


会議の間には、教皇、聖女、全ての枢機卿、守護騎士団総長が揃っていた。


「最早、通知のベルが次の聖女を選び、結界が元に戻るまでの余裕はない。先ほどの戦いも、勇者の献身と聖女がいなければ、祈りの国どころか"要"すら悪魔に破壊される恐れがあった。」


教皇がそう発言し、総長に向かって質問をする。


「勇者2人の容態は?」


「どちらも意識不明のままです。現状動かせるのはビアジ1人です」


「うーむ、特級と他国の勇者はやはり無理か?」


「はい猊下、強力な悪魔達が組織立って行動しており、こちらに来る余裕はありません」


「そうか…。6つの呪文を唱える、高位の悪魔を複数従えるなぞ、まさに魔王と言うに足る存在だと言えるのに、戦力を集めまいと動くか…」


呟くように、あるいはため息をこぼすかのように教皇は独り言ちる。


「聖女様、通知のベルに何か変わったことは?」


比較的年若で、行動派として知られるバルナバ枢機卿が聖女に問う。


「申し訳ありません…。通知のベルは沈黙したままです」


問いに、その柳眉を寄せ返答する。


そんな…。なんてことだ。


絶望のざわめきが起きる。


「皆、何でもいい。なにか戦力になりそうな者に心当たりは?このままでは大陸の、そして神々の加護が消える危機だ。本当に何でもいいのだ。」


考え込む枢機卿達であったが誰も声を発せない。


「私に…心当たりがあります」


最年長のドナート枢機卿が、意を決したように、そして絞り出すようにそう発言すると同時に、会議室をとてつもない威圧感が覆う。


発生源はベルトルド総長だった。


「ドナート枢機卿…。まさかとは思いますが…」


「……総長。……そのまさかだ」


威圧感が殺意に変わる。決して同じ仲間に対する目付きではなかった。周りの者たちも息をのむ。


「ドナート!!」


「…分かっている。…分かっているとも友よ」


かつて、同じ勇者だった親友にベルトルドは詰め寄る。


「いいや!分かっていない!あの"2つ首"を奴が引き抜いたときに誓ったはずだ!!金輪際、奴とは関わらないと!!」


「だが、他にどうする?お前に案はあるのか?このままでは無理だということは、お前にも分かっているはずだ」


「ぐっ、確かに対案は無い。恥ずべきことだ…。しかし、お前も分かっていない!あの力がよりにもよって、この本殿で振るわれるかもしれないんだぞ!!ええ!?何もかも吹っ飛んだらどうする!!?」


「…そんな事は承知の上だ。だが、問題は人間種に止まらん。人種そのものの生存に関わる」


ドナート枢機卿とベルトルド総長が言い争うという、かつてない光景に周りの物は絶句する。


最も、ドナート枢機卿も苦渋極まりないという表情だ。


「ドナート枢機卿。その心当たりとは?」


教皇がドナートに問う。


「私の知る限りにおいて、最も強い人物です」


「お待ちを猊下!確かにドナートの言う通りではあります!しかし、その強さのモノが違うのです!その奴が力加減を間違えるだけで、この国の何もかもが吹き飛びます!」


それほどまでに言う者であれば…  ひょっとしたら…


(まずい!?奴を知らんから、そんな事を軽々しく言えるのだ!)


周囲の枢機卿たちが、少しの希望を持ってそう囁きだす。


恐らくこの場で発言したのも、これを狙ってのものだろう。


「ドナートお前だって見たはずだ!奴の言う所の"うっかり"を!!」


「……ああ、そうだ。…………しかし…私は他に何も思い浮かばんのだ。それに…あれから随分と経っているんだ…もういい大人だ、昔の儘とは限らん」


「そんな事で!」


「まあ待て、ベルトルド総長。ドナート枢機卿がそう言うなら、我々は何にだって頼りたいのだ。それに彼の言う通り、他に案はあるのかね?」


教皇がそう割って入る。


「ぐっ…。それは…ありません」


「ドナート枢機卿。その者は確かに戦力になるのだな?」


「はっ…。間違いなく…」


そう、答える二人だがどちらも、今にも血を吐くような顔だった。


余程、問題のある人物なのだろうと、周囲の者は考えた。


「では決まりだ。その者をすぐに招集してくれ。報酬は出来るだけ答える」


「はっ、直ちに」


1つの行動が決められた。




















溺れる者は"化け物"をも掴む





悪魔辞典


犬擬き:"枯れた荒野"に幅広く生息する、犬を大型化して、醜くしたような生物。

筋肉が発達しており、4足という事も相まって、高い機動力を誇る。知能は野生動物と大差なく、高い思考能力は持たない。

注意するべきは、長い腕とそこから繰り出される鉤爪で、革鎧程度では防ぐことはできない。

下級の悪魔だが常に魔力に飢えており、大陸に来た場合、手あたり次第に生物を攻撃を開始する。

ー"向こう"ではただの犬かもしれんが、こちら側では獅々より恐ろしいー




手の集合体:人の手の様なものが一塊になって、あちこちから突き出ている悪魔。

4つの呪文を重ねることが出来る恐ろしい悪魔だが、移動が遅いため、自然発生した"門"に辿り着けず、まず大陸に出現することは無い。

中級の悪魔だが、魔法による防御、攻撃が可能で、剣を持っただけの一般的な兵10数名で、この悪魔を打倒することは、まず不可能である。


ーあれだけ唱えれるなら普通は口じゃないか?-




浮かぶ頭部:浮かんでいる人間の頭部の様な悪魔だが、あまり高くは飛べない様だ。

最も恐るべきは、6つもの呪文を重ねる事が出来る点で、大陸において6つは、今代の"聖女"や魔法の国の最高魔法使いなど、本当に極数人であり世に殆ど知られていない。

高位の悪魔であり、強力無比な魔法と尽きぬ魔力、人間と同程度以上の知性を備えており、確実に対処するには、複数の特級か勇者を投入する必要がある。

これほどの存在が通れる"門"が開かれることはまずなく、大陸に現れた場合、何か恐ろしい企みが絡んでいると断定される。


ー唱えているのは死だー

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