激化


日の上った平原で、馬に乗った一団が祈りの国の街道を進んでいた。中には金属甲冑を纏った2人の守護騎士の姿もあった。悪魔の出現によって警備が強化され、少数ながら常は神殿にいる守護騎士団も動員されているのだ。


そんな彼らは、感知した異常の正体を見極めようと、馬を早める。


「隊長見えました!魔力の歪み…デカい!」


「総員戦闘態勢!信号を上げろ!守護騎士の方々お頼みします!」


「応!」


「任されよ!」


守護騎士は、剣技と魔法、両方を扱えるまさしく精鋭だった。


「出ます!…手が沢山生えてる丸型だ!」


出て来たのは生理的嫌悪感を覚える、幾つもの人の手の様なものが生えた塊だった。


「相棒炎だ!」


「ああ!」


【猛る 炎よ 我が敵を 燃やせ】


【猛る 炎よ 我が敵を 燃やせ】


二人の守護騎士は、報告にあった通りに炎が効果的と判断し、悪魔を燃やそうとする。許可は神殿を出たときに下りていた。


【偉大なる 闇よ 我を 覆いたまえ】


しかし、炎は突如現れた、黒い天幕の様なものに遮られる。


「なに!?」


「4つ言ったぞ!?」


その場の全員が驚愕する。単なる悪魔ではない。呪文を4つ読んだのだ。


「隊長!人を出せ!推定中級以上!呪文を4つ言える!」


【光の 槍よ 我が敵を 貫け】


部隊の隊長に指示を出している間、もう1人の守護騎士団が闇ならばと光の呪文を唱えた。


「だめだ!通じない!」


【迸る 雷よ 人に 走れ】


塊からでた雷が守護騎士達を襲う。


【光よ 我らを 守れ】


【光よ 我らを 守れ】


長い付き合いから、言葉も交わさず守りの呪文を合わせる。


ビシャ!!


「っ」


歯を食いしばりながら耐え、次の指示を出す。


「総員逃げろ!情報を持ち帰れ!!」


今の呪文で分かった。魔法を使えない他の兵士に、こいつは無理だ。万が一自分達が敗れた場合の保険を掛けなければならない。


「はっ!お前達行くぞ!手筈通りの街に行け!行け!行け!行け!」


命令を与えられた隊長はすぐさま指示を出す。事前に騎士達から逃走先を何組かに分けられていた。リスクを分散するためと、他の街に警告を出すためだ。


その間も戦いは続いている。


「挟むぞ!俺がそのまま右だ!」


「分かった!」


馬を走らせ、的を絞らせないよう左右に分かれる。


【強き 光よ 我が槍に 宿れ】


【猛る 炎よ 我が槍に 宿れ】


槍に魔法を纏わせる。あの黒い天幕を貫かねば。


飛んでくる雷を防ぎながら、手の塊に肉薄する。


「ぐっ」


片割れの馬に雷が直撃し落馬するも、そちらを見ずに突っ込む。


ガギッ


「くそがっ!」


馬の速さと体重を乗せ、突きつけた槍が天幕に阻まれる。


【雷よ は】


悪魔は危険と判断し、短い詠唱で魔法を唱えようとするが、


「おおおおおおお!」


落馬しながらも態勢を戻し、そのまま突っ込んできた騎士がさらに槍を突きつける。



一瞬の拮抗であったが、二人の槍はそのまま天幕を突き破り、塊の中心に突き刺さる。


殺った!!


手応えあり!!


gaaaaaaaaa!!


塊は叫び声をあげながら、内部から炎を噴き上げ始める。


しばらくそれを油断なく見続けた2人であったが、やがて燃え尽きると、二人とも腰を地面に落とす。


短くとも濃い死の時間だった。


「はっはっ!生きてるぞ!お前落馬は?」


「怪我はない。しかし、死んだとは思った」


「そりゃそうだ!はっはっはっ!…しっかし、やっぱ何か絡んでるなこりゃ」


「違いない。なるべく早く報告をしなければ…。だが…」


「そうだなぁ…」


二人とも当分立てそうになかった。




◆   ◆   ◆




「もうだめだ!!」


「死にたくない!」


こちらの警備の兵は悲惨だった。巡回中に魔力の歪みを見つけたものの、通常の兵しか居らず、手の塊のような悪魔に蹂躙されているのだった。


既に隊長が戦死し、指揮系統は崩壊。全滅は時間の問題だった。


【迸る 雷よ 人に 走れ】


「いやだ!!!」


残った者たちの息の根を止めようと、魔法が放たれる。


【輝く 聖なる 光よ 彼らを 守れ】


しかし、光り輝く壁が出現し、雷を防ぐ。


「なんだ!?」


「ここは引き受けた!下がれ!」


「あれは!?勇者様?勇者様だ!?」


輝く鎧に緋色の槍、3人いる勇者の中で、1人だけ各地を巡回することになっている番の勇者が、交代の儀に合わせて帰還している最中、異変を察知し、供を置いて先行してきたのだ。


【迸る 雷よ 人に 走れ】


「4つか!」


馬に乗り、自らに接近してくる勇者に向けて、悪魔は再び魔法を放つも、なんと槍で払われる。


【迸る 雷よ 人に 走れ】


再び放つも結果は同じ。


【強く 輝く 光よ 我が槍に 宿れ】


槍の範囲に入った勇者は、5つの力ある言葉を槍に宿らせ、悪魔に槍を突き立てる。


【偉大なる 闇よ 我を 覆いたまえ】


させじと悪魔も身を守ろうとするも、


ギシャ


破れる様な音とともに、槍は悪魔を貫き、そのまま悪魔は光に貫かれる。


そのまま、消え去っていく悪魔を見届け、勇者はため息をこぼす。


「これは、大事になりそうだぞ」





◆   ◆   ◆





祈りの国 神殿 大会議室


会議室には祈りの国にいる、全ての枢機卿と大司教、それと守護騎士団の総長が出席していた。


「もはや疑いようがない。悪魔が計画的に襲撃をして来ている。総長、報告をお願いする」


年嵩の枢機卿の声に、老年の守護騎士団総長ベルトルドが報告する。


「はっ、最初は、守護騎士2名が同行していた巡回が、魔力の発生を確認し、調査のため近づくと手の塊のような悪魔が発生。少なくとも4つの言葉を使っての魔法の行使ができる、中級以上の悪魔と交戦し、これを消滅させています。なお、この2名は守護騎士団において最も熟達し、連携の取れた騎士達であり、通常では最低でも5名以上での対処が必要だと判断しています。」


部屋に緊張が満ちている。


「続いては、通常の巡回兵が恐らく同一種族と遭遇し、ほぼ全滅。神殿に帰還する途中であった勇者ブルーノに討たれています。」


そして最大の問題を報告する。


「この2体は、最初の悪魔が発生した地点から、真っ直ぐにこの王都へ向かっており、明らかに中級以上を使役できる悪魔による威力偵察だと思われます。恐らく、結界の強さを判断しながら進んでいると、我々は判断しています」


誰かが唾を飲み込む音が響く。


「では高位の悪魔が関わっているということだな?」


「はい、即急に王都と神殿の警備を強化する必要があります」


なんたることだ  直近ではいつ現れた?  10年以上は前だ、対処も載っていなかった   高位だと…


騒がしくなる大会議室に最年長のドナート枢機卿の声が響く。


「特級冒険者の招集はどうなった?」


「はっ、そのことで報告があります。各国で悪魔が活発化し、特級達は全員その対処に追われています」


「…謀られたかな?」 


「恐らく」


「戦力を集中させるか?」


「はい、裏をかかれる可能性はありますが、まず狙いは神殿でしょう。」


「分かった。受け入れの準備をしておこう」


「はい、お願いします」


大体の流れは決まりつつあった。


「諸君、国家の危機だ。意見とこれからの行動を擦り合わせよう」


ドナート枢機卿の言葉に皆が頷いた。





技術辞典


魔法:「はい皆さん、今回はおさらいから始めましょう。まず最も初歩的な【現象】からです。これは単純、【光よ】【火よ】といった起きる【現象】を魔法の力で唱えることです。しかしこれでは、小さな光や火が出るだけです。もちろん魔法の達人は【現象】だけでも大きな光を出したりできますが、皆さんにはまだちょっと早いです。」


「次に【起動】、または【目的】と呼ばれる呪文、これは光なら【灯れ】、戦闘なら【貫け】というような言葉で唱えます。これを【現象】と組み合わせると、【光よ 灯れ】となり、明るい光を出すことが出来ます。世間一般的なイメージの魔法は、大体この2つの魔法の組み合わせです」


「そして、【標的】【地点】です。【我】や【空に】などで表します。戦闘時には、【炎よ 我が敵を 燃やせ】となります。具体的な目標を定めることで、照準や威力を上げているのです」


「最後に【どのような】、です。これは【激しい】【強き】の様な言葉で表されます。実演しましょう。【強き 光よ 灯れ】はい、どうでしょうか?物凄く眩しかったでしょう?【どのような】を組み合わせることで劇的に魔法を強化することができます。これは、皆さんの卒業にも大きくかかわってくる物です。この上、【目標】【地点】を足したり、他の方法で4つの言葉を唱えられるのは、熟達した魔法使い、5つもになると、我が国の最高位の魔法使いや、勇者、魔法を扱う特級冒険者など錚々たる人物に当たります。そして、皆さんが目指す最終地点でもあります。あと、これは余談になりますが、先ほど挙げた人物達は【現象】を唱えるだけで【どのような】まで加えた呪文に匹敵する魔法を行使することができます。…さあ、それでは今日の授業を始めましょう」

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