とりあえず殴ってみよう こっちもあっちも

剣の国 ???


「本当に…何を言っているのだ…」


軋むような声で、こちらを睨みつけてくる女をこちらも見返す。

本当に美しい女だった。ダークエルフとは何人かと会ったことはあるが、彼らですら及ばないだろう。

彼女にこっちへ来てと言われれば、男なら誰もがスキップしながら移動するだろう。その顔は今、殺されそうなほど怖い表情を浮かべているのだが。


「まあ、信用なんざこれっぽっちも出来んわなあ。というわけで、勝手にこっちで進めさせて貰うな。」


これぞ善意の押し売り。タダだから許してほしい。なに、時間は無さそうだし勝算はきちんとあるとも、殴れば大抵は解決する。

"倉庫"から転移魔具とガラス状の触媒を取り出す。


「転移魔具!?どこから出した!?」


「はっはっは」


見た奴は必ず聞いてくるが説明がめんどくさいので誤魔化す。

転移魔具に触媒を入れ女の顔の前に出す。


「さて、人質にされてる人の顔を思い出してくれ。」


「さっきから貴様!いったい何をやっているのだ!私の質問に答えろ!」


「はっはっは」


何度でも答えてやろう、お節介焼きの押し売り業者だ。


「出た出た。…妹さんか娘さんか?」


映し出された映像にはベッドの上で、苦しそうにしているダークエルフの少女だった。顔や手に呪いの紋様が浮かび上がっている。


(苦痛、衰弱、死…大丈夫だ。これなら問題ない)


最大の問題点だった呪いの種類が解析でき、次点の監視の有無だったがどうやら無いらしい。魔法も感知されない。呪いに絶対の自信があったのか………人が減りすぎて出来なかったのか、それだったら謹んでお悔やみ申し上げよう。


「ルー!!?」


「ここ何処だか分るかい?」


「離せ!」


ダメだ押し売りしすぎて、会話が成立しない。仕方ない、顔を覗き込み無理やり目を合わせる


「ここあんたの家かい?…当たり」

道理で綺麗な部屋だと思った。しかし、身柄も移せんとはマジで人が…。

それはそうとして、この目だ。家族のためにこんなことをしているのだ、分かってはいたが普段は優しさに溢れているのだろう。映像を見た後からこちらを見る目が今にも爆発しそうだった。覚えがある、絶対に守る、死んでも果たす。そういう覚悟を決めた者の目だ。そんな目をするんじゃない。普段の顔でそいつに笑ってやれ。

知るべきことは知った。後は行動あるのみ。

"倉庫"から転移用の触媒を取り出す


「さあ、行くぞ!」


なあに、殴れば解決するってのは嘘じゃないんだぜ。



??? ジネット


「さあ、行くぞ!」

男の声とともに、景色が変わる。


(転移している、どこへ!?)

この男に会ってから訳の分からないことの連続だ。私を、私たちを一体どうしようというのだ。

転移するとそこは見慣れた我が家で、ベッドには大切な妹が苦しそうにしていた。



「ルー!」


「……お姉ちゃん…?」

男が立ち上がり…拘束を解いた!どんな技を使って自分を制圧したかわからない今、ルーを連れて逃げるしかない!


「ちょいとごめんよ」

それよりも早く男がルーを殴りつけた!


「あああああああああああああああああ!!!!」

短剣を奴の首に、刺さらない!


「分かってる!本当にすまん!説明のしようがないんだって!これ!」


何かを言っているが分からない。早く殺さなければ!


「お姉ちゃん待って!」


ルー!?

待っていてくれなんとしてもお前は。


「待っててばお姉ちゃん!こっちを見て!」


この男を前にして目を離せるはずがない。いったい何があったというのだ。


「もう!」


何かが自分にぶつかってきた。これはルーか?

男から視線は外さずに少し後ずさり、ぶつかってきた方を見るとルーが自分に抱き着いていた。


「ルー!?呪いは!?」


見ると顔や手に有った呪いの紋様が消えていた。これは一体どういうことだ!?


「分かんない。でもすっごく体が楽なの!」


「大丈夫なのか!?だがさっき殴られて…」


「全然痛くなかったの」


張本人に問いただそうと視線を向けると、いつの間にか離れた壁に寄りかかってこっちを見ていた。まただ、いつの間に…。


「呪いは解けた。それでいいじゃないか。気にせず続けてくれ」


「戯言を…殴ったのをしかと見ている!」


「確かに殴ったが、あんたの身内をじゃなくて呪いをだよ。これ以上は勘弁してくれ。ほんとに説明しずらいんだ」


意味が分からない。よしんば呪いを解いたところでこいつに一体何の得がある?


「それがお前の何の得になる!」


「言ったろ?お節介焼きだって」


あくまで白を切るか。!?何か来る!



side ???

「言ったろ?お節介焼きだって」

それ以外に何と答えろというのか。ああ、返品とクーリングオフには対処してないぞ。

男が少しぼやいていると転移の気配を感じた。


(遅かったな)


呪いが解けたのを気が付いてやってきたにしては、やけに遅い。無いとは思うが関係ない人物だったらまずいから、出合頭に殴るのはやめておこう。

ローブを纏ったいかにも魔法使いと言った男が現れた。


「貴様、呪いを解いたな!?」


「"杯"め!」

気を利かして少し離れた位置にいたせいで、どうも視界に入っていないらしい。だが、呪を掛けた張本人で間違いないだろう。妹?と会話して落ち着いてきた女の目がまた、苛烈な色を宿している。

なら遠慮はいるまい。


「ぐ」


しまった。つい落としてしまった。まだ、聞くことがあるのに。


種族辞典

ダークエルフ:現在、ダークエルフの大半は魔の国で生活しており、人間種の生活様式と大差はありません。寿命は200年から300年ほどで、氏族自体は存在していますが、大抵は街の各地にて3,4人の家族単位で生活してます。

ダークエルフの共通点として、褐色の肌、銀の髪、男女ともに美形が上げられ、また、短剣と闇の魔法を使いこなす夜の戦士、諜報員としても有名です。この特徴のため、人間種の権力者が求めてやまなかった存在でありますが、彼らはプライドが高く、その望みが叶えられたことはありませんでした。

冷たい印象が強いダークエルフですが、反面、家族や氏族、自分の認めた存在に対しては非常に愛情深く、献身的であり、これも権力者が求めた一因かもしれません。

エルフとは歴史的に仲が悪く、エルフはダークエルフを闇に染まった存在であると罵り、ダークエルフはエルフを代り映えしない植物であると嘲笑しています。

このエルフたちの罵りが正しければ、ダークエルフの発生はエルフが何らかの要因によってーーーーー

ギネス伯爵夫人著 "大陸の種族"より一部抜粋


人物事典

リュドヴィック:特別抹殺対象。国家脅威度最大評価 個人戦闘力最大評価

人間種、身長180㎝、肌の色白、瞳の色青、毛髪なし、悪名高き杖"赤髑髏"を常に携帯しており判別は容易。似顔絵と杖の形は別紙。

"杯"盟主である"死力"のリュドヴィックを発見または、それに準ずる有力な情報を入手した場合、即座に帰還し総長に報告すること。万が一戦闘に発展した場合、すぐさま撤退。不可能な場合情報を残すことと、できる限り自分の遺体を発見されないように努めること。爆発による自爆等は相手に魔力を奪われる恐れあり。

100年前から活動。死霊魔法、暗黒魔法を極めており戦闘評価値は最大。特に死者から魔力を取り出す力に優れており、大量虐殺を行い、この能力を使って何らかの目的を達成しようとしている。

追記

海の国による事件において、極秘に派遣された特別隊にも発見されておらず、依然として行方が分かっていない。リュドヴィックを始末せねば"杯"は息を吹き返す。必ず見つけ出せ。

祈りの国 守護騎士団によるリュドヴィックの手配書及び総長の追記


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