第43話 こうしょう
大鳥居が見える通り向かいの駐車場に車を停めた。ドアを開けるとひんやりした空気が流れ込んでくる。この地域にしては珍しい大雪。今は止んでいるけど、積もった
深夜でこんな空模様だから他に車は無く、人の気配もない。点滅する歩行者用の信号機を横目に、半解した雪に反射して青白く光る道路を渡る。
参道に入り、所々に灯る照明を辿るように石畳を進む。立ち入った境内は想像以上に静かだった。周囲の林は真っ白に雪化粧している。その影響かもしれないけど、最初の鳥居を通ってから場の変化を感じていた。私だから分かる感覚。それは良いものではい。
すのりが先頭を進む。私の手を取った治人が続き、後をかおれが付いて来ている。神使たちの服装は、すのりはミリタリージャケット風アウター、かおれは厚手のカーディガン。下はいつもの動きやすいショートパンツコーデ。
境内は一面雪だけど、トレッキングシューズを履いてきたので歩き辛くはなかった。
照明の明かりが届かない所は薄暗い。少し行くと開けた場所に出た。中央の石畳以外は砂利が敷かれている。先には十段くらいの石段があった。
石段の上部に二つ目の鳥居。奥に社が見えている。比較的近郊だけど、ここを訪れたことはない。綱張は大きくて立派な神社だった。尾張の総鎮守と呼ばれるだけのことはある。
不意に、見上げていた私の手に治人からぎゅっと力が伝わる。皆の足が止まっていた。手から辿り治人の顔を一瞥する。その視線はすのりより先に向けられていた。
同時に私の隣にするりと寄り添ったかおれ。私を不安にさせないためか目尻を落としてみせる。でも、上がった口角の隙間からは可愛い犬歯を覗かせていた。この反応は……
すのりは鳥居を挟むように左右に置かれた大きな灯篭の右側を凝視している。
「――ねえ。隠れていないで、出てきたら?」
石段の手前から、すのりの抑揚を無くした声が掛かる。一拍置いて変化が起こった。
「別に隠れていたつもりはないんだけどね」
灯篭に積もった雪の後ろから頭が現れた。身構えた私を治人がゆっくりと引き寄せる。
「それにこの場合、声を掛けるのはこちらの役割なんだけど……まあ、いいけどさ」
男の子のような口調の人影が、石段の上からこちらを見下ろす。しかし、照明で浮かび上がったのは、すのりと変わらない背格好の少女だった。小首を傾げながら不機嫌そうな顔で腰に手を当てていた。
その姿に目を瞠る。髪色は光沢のあるブロンド。揃った前髪に、おさげ髪ともツインテールともとれるヘアスタイルで、シュシュから先はふんわりしたソバージュ。細い眉、深い堀、ツンと尖った鼻。日本人離れした顔立ち。大きな瞳の色は分からないけど、フランス人形が出て来たのかと思った。
でも、服装はドレスではなかった。ゆったりしたサイズのピンクのパーカーにグレーのスキニーパンツ。足元はスニーカーという緩めのファッション。口調、容姿、格好とすべてがアンバランスに感じた。
「あなた。キャラ、ぶっ飛んでるわね」
「うるさいよ」
すのりの歯に衣着せぬ物言いに返した相手。でも、その通りだと思った。
ふと、隣のかおれが振り向いていることに気付く。見ているのは斜め後ろ。石畳の脇に植えられた、一抱えでは余る幹の太さの一本杉。雪の重みで垂れ下がった枝の影。
「はいはい。こちらも隠れていたつもりはないのよ。そんなに睨まないでくれるかしら。若い子は血の気が多いわね」
微妙にハスキーな声色。かおれの鋭い眼光をけん制しながら登場したのは、ブロンド少女と対照的な女だった。見た目は私より若いのに台詞が年寄り臭いのは何故なのか。
けれど、気になるのは色香を漂わせているその容姿。ふくよかな顔のラインに高い鼻と厚い唇。どことなく虚ろな瞳が妖艶さを醸し出している。緩いウエーブが掛かった長髪は落ち着いた茶色。
見過ごせないのは、私より高いと思える身長でも持て余す各部のボリューム。それでいて、黒のタイトなハイネックセーターにグレーのプリーツスカート。そして、黒タイツとブーツ。豊満な胸と腰のくびれが強調されないわけがない。清楚系ではあるが、そのセレクトは女子目線からするとあざとさが否めない。
治人はかおれの可愛さを小悪魔とか言ってたけど、この色気はまさしく悪魔って感じ……もちろん、個人的な
それにしても、神使は美人しかいないのかな。小太郎も男前だったし、神さまは面食いなのかもしれない。
「……どちらも、犬です」
かおれが私と治人に囁いて伝えてきた。ここは犬に馴染みのある神社。やっぱりと思ったけど、甲斐犬の神使の件もある。すのりとかおれにとって、同類の神使は相性としては良くない気がする。
色香漂う神使はこちらを一瞥して目を細めた。
「それで、どんな御用なのかしら? こんな夜更けに……ねえ、木曽の神使ちゃんたち」
既にこっちの素性を見抜いているみたい。でも、いきなりの交戦ではないので安心した。だた、水商売っぽい喋り方はとても気になる。
「なるほど……なら、話は早いですね」
腑に落ちた様子のかおれは頬の緊張を解くと一歩前に出た。
「私たちは綱張の氏神さまに、お願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい。世のもつれについてです」
かおれのストレートな物言い。色香神使はブロンド髪の神使と目を合わせる。まずい感じがしたけど、相手は冷静さを崩さなかった。
「それは、そちらの方々の事柄についてかしら?」
色香神使は私と治人を確認するように見遣った。この神使たちは今この地域で起こっている世のもつれを把握している。
「そうです」
かおれは淡々と受け答える。
「ふうん。それで、綱張さまになにを願うというの?」
「もうすぐ、世のもつれがほどけようとしています。その一部を修正して頂きたいのです」
色香神使の目の色が変わり表情が険しくなる。
「つまり、綱張さまに世をつくろうことを願いたいと?」
「つくろう……はい。つくろうという言葉が、世のもつれの問題となる部分を修正する方法を意味するのであれば、そうなります」
「そうね。世のもつれは時と共にほどけてもとに元るものなのだけど、つくろいによって修正は可能よ。でも、それは大きな災いを伴ってしまう結果になる場合などに限っておこなわれるもの。私たちの知る限りでは、この土地でそんなことは起こっていないと思うのだけど?」
「そうでしょう。これは、あくまでも個人的なお願いです」
堂々としているかおれの話は非常識らしい。色香神使は目をしばたたかせ、咳払いをした。
火が付いたのはブロンド神使の方だった。
「はあ? ふざけてんのか? 水神の神使だからって、なんでも思い通りになると思うなよ!」
威勢のいい言葉も、少女の声ではどうしても迫力に欠ける。でも、それを聞いたすのりは息巻いている。背中からピリピリ感が伝わってきた。緊張が高まる。けど、色香神使は取り乱すことなく話を続ける。
「そうね、意味が分からないわ。つくろいは極めて特別なもの。あなた方も神さまから遣わされている神使でしょう。
かおれは顎を引いて表情を強張らせる。
「戯言ですか……でも、私たちは本気です。それに、これはお願いではありますが、交渉でもあります」
「交渉……?」
色香神使は小首を傾げるも、戸惑いも透けて見えた。
「そうです。単刀直入に言います。瓶子を白山水迎神社に隠したのはあなたたちでしょう? 綱張の氏神さまが、何処までご存知なのかは知りませんが……」
驚いた。かおれの説明にはなかったけど、瓶子を隠したのはこの神使たち単独の仕業ってこと? しかし、かおれはそう見ている。でも、どうして?
「なんのことだか、分からないわね」
はぐらかし気味の色香神使。かおれは臆することなく言い切る。
「ここは、すぐそこを流れる木曽川の流域。神さま同士のお付き合いも色々だと思いますが、大きな力を持つ木曽の水神さまに有益な情報を提供したら、綱張さまの株もさぞ上がるでしょう。
まして、濃尾の三姉妹絡みならなおのこと。そのために仕える神使が、なにかしら動いたとしても私は理解します。それ自体を深く追及するつもりもありません。ですが、当てずっぽうでない証に、私の考察を言わせてもらいます」
再び名探偵かおれ登場。
「瓶子の入手経緯は別として、あなたたちはそれをあの神社に隠し、所在は綱張さまから木曽の水神さまへ伝わりました。当然、木曽の水神さまは瓶子を回収しようとします。でも、遣わせる神使を持っていません。だから、そのお役目は情報源である綱張神社の神使。あなたたちに依頼されるはずでした」
肯定するつもりもないみたいだけど、色香神使もブロンド神使も口を挟まず聞いていた。
「ところが、木曽の水神さまは自らの神使である、私たちを遣わすことに。本来なら難なく回収して、その手柄も立てるつもりだったのに想定外の展開となりました。事前にちゃんと埋めていたところなんかは手堅いと思いますが」
笠隠の氏神さまも、かすみさんに回収させようかと提案して断られていた。そもそも自分の神使を遣わすものと決めていたのかもしれない。
「それで、面白くないあなたたちは揖斐の水神さまに情報を流した。回収を果たした私たちから瓶子を奪わせ、奪った奴らから再びあなたたちが奪い取る。お役目に失敗した木曽の水神さまの神使のフォローができましたってね。甲斐犬の三坊主では、あなたたちの相手にならないでしょうし」
「喋り過ぎだよ……」
ブロンド神使は上昇中の怒りを抑えるのに必死の模様。でも、色香神使に従っているのか動く様子はない。しかし、かおれはそんな捨て台詞を聞き流す。
「話は以上。では、改めて交渉です。世のつくろいを私たちと一緒に綱張さまにお願いしてもらえませんか?」
かおれの
しかしながら、相手に身を引く様子はなかった。色香神使は吐息をひとつ。
「話は十分よ。で、断ったらどうするのかしら?」
「直接、綱張さまに伺いするだけです」
「綱張さまが、そんな無茶なお願いを聞き届けるとでも?」
「それは、そうなってから考えます」
かおれは微笑で返す。前から感じていたが、かおれの笑顔はなんとなく怖いときがある。
恫喝もここまでくれば立派なもの。だけど、なんでもして一緒に抗うとは言ったものの、少々後ろめたい気持ちにもなってきた。
相手はさぞや激昂するかと思ったけど、そうでもなかった。甲斐の坊主頭君たちとは格が違うみたい。
「いい度胸しているわね……ひとつ疑問があるわ。訊いてもいいかしら?」
色香神使がかおれに訊いている。
「もちろん答えてくれても、ここは通さないけどね」
無関心そうな虚ろな瞳の奥には好奇心が隠されているらしい。
「いいですよ、なにを訊きたいのです?」
「なぜ。そこまでして、その者たちを助けるの?」
かおれは呆れたように吐息を吐く。
「それは、訊くまでもないのでは? もちろん、私たちの大切な人たちだからです」
「忠犬かよ」
ブロンド神使がまた吐き捨てる。
「悪いかしら?」
すのりがニヤリと返す。色香神使は鼻から息を抜いた。
「そうね……そこは同じなのでしょうね。私たちも綱張神社の守護としてのお役目は果たさなければなりません。綱張さまの顔に泥を塗ってしまう失態は免れないようですから、あなた方を追い返して痛み分けとしますね。世のもつれの刻限も近いはずですし」
かおれが肩をすくめてみせる。
「そうですか。残念です。荒事は避けたかったんですが」
「ふうん。随分と強気なのね」
怪しげに微笑む色香神使。同時にブロンド神使がゆっくりと石段を下り始めた。
「腹立つな。勝手なことばかり言って。ここは通さないよ」
ブロンド神使はそう反発し、すのりを見据えたまま石段の下まで来る。
「気分悪いのはこっちもなのよね。あんたらの変な企みのせいで迷惑被ってんのよ。あんな坊主頭に膝つかされて……」
すのりが言い返すも後半は呟きになっていた。ブロンド神使が怪訝な顔で律儀に反応する。
「え、なに?」
「なんでもないわよ!」
あれ、そうなの。すのりは以外にも甲斐の坊主頭君たちとの立ち回りを気にしていたらしい。あの格好はやっぱり屈辱だったんだわ。
しかし、あの鳥居の先へ行かないと綱張さまとはお話しが出来ないみたい。すのりとかおれの言う通り、神さまと神使は常に繋がっているわけではないってことか。
もう、どちらも引けない状態。既に色香神使の目つきは変わっちゃってるし。
「相手はしてあげるけど、ぽっと出の神使ちゃんが私に勝てるのかしら?」
「ええ、もちろん」
悦な顔付きになるかおれ。こういう展開になってしまうのね。でも、既に命令は出してある。二人のリミッターは外れた状態。
「大丈夫、まかせよう」
黙っていた治人が耳元で囁いた。私は頷いて返す。一気に場の空気が張り詰めた。かおれが色香神使を見据えて言った。
「では、押し通ります!!」
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