第25話 まにあ

 俺が内風呂から部屋に戻ると、勢いよく黒髪と琥珀色の髪の頭が通り過ぎた。一目散のダッシュ。後を追いかける梛乃。慌てながらも、その顔は嬉しそう。

「もう少ししたら、朝食の準備を始めますって。今、フロントから連絡があったわ」

 通り過ぎながら彼女が言った。

「了解。ごゆっくり」

 目を覚ました神使たちは、露天風呂への再突入を今か今かと待ちわびていたようだ。よほど気に入ったらしい。これから川遊びができない時期は、露天風呂のある温泉に連れて行くことにしよう。

 待てよ。そうか、暖かくなったらキャンプでの川遊びはもちろん、プールや海水浴も一緒に行くのか。となると、あの子たちにも水着を買ってやらねば。これからは何でも賑やかになるな。

 さて。楽しみが増えたわけだが、まずは今回のお使いとやらを終わらせないと始まらない。ともかく、瓶子を笠隠神社まで運ぶところからだな。と、俺はなんとなく、今日の予定を頭に描いた。


 意外とゆっくり現れた仲居さんたち。俺が配膳を眺めていると、女性陣がお風呂から戻ってきた。

 部屋で朝食なんて珍しいと思ったが、朝のひと時を内輪だけで静かに過ごせるのは悪くない。まあ、バイキング形式のビュッフェだと、うちの美少女大食いファイターが注目を浴びてしまうので、その点からも良かった。

 テーブルには和食中心の料理が並んだ。やはり、たいそうな品数である。朝食だけでも、結構な値段になるだろう。再び、今回の料金の破格さに気が引ける……うん、それはそれとしておこう。

「……これ美味しい」

 梛乃は小ぶりな土鍋を前にして呟く。口に運んだのはお粥だった。

 白米のご飯とは別に用意された薬膳粥。俺と彼女のための特別メニュー。仲居さんが、女将さんからだと告げていったもの。こんな細かい気遣いは、うれしい限りである。

「本当だ、うまい。五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡るって感じだわ~」

 俺がしみじみ言うと、彼女は苦笑した。

「なに、それ。大げさ……でも、ほんとに……いいお味」

 薬膳なのに口当たりがとても良い。お酒を飲んだ次の朝にはぴったりだ。昨夜の料理といい、ここの食事は素晴らしい。

 ちなみに、この料理を造ったのは、琴音女将の旦那さんだそうだ。この宿の板長をしているという。朝食の配膳の時、お喋りな仲居さんから聞いた話である。

 梛乃はその話をネタに盛り上がる。

「なんだが、ドラマにありそうな話ね」

「そうだね。老舗旅館の女将を継ぐことを定められた美しい娘と腕の良い料理人……神使の伝説的なエピソードを加えたら、ちょっとした小説が書けそうだ」

「――書けるの!?」

 軽く目をしばたたかせた彼女。俺は半眼になった。

「いや、書かない。書けないでしょ、俺だよ」

「なんだぁ~」

 えーっ。そこにがっかりするのかと俺は苦笑いで返す。梛乃はときたま変な反応をする。そんな小ボケは嫌いではない。

「えっと……」

 続けて彼女は思いついたように声を上げた。

「どした?」

「そういえば、小太郎さんが神使だってことは、誰まで知っているのかな?」

 俺は同意して頷く。

「確かに……」

 そこはまでは訊いていなかった。

「どうだろう……きっと一族というか、身内だけじゃないかな」

「そうよね……」

 神使と一緒に暮らしていくのは、その秘密を抱えることになるわけで。つまり、周囲に嘘をつかなければならない場合もあるはず。多少なりとも、そういった心労は生じる。

 物憂げになった梛乃。俺はその顔を少し下から覗き込む。

「すのりとかおれも同だけど……まあ、俺たちもうまくやれるさ。大丈夫だよ」

 不安が無いと言ったら嘘になるが、俺の決意に偽りはない。

「……うん」

 ぎこちない笑みをつくって返した彼女。俺はもう一度「大丈夫だよ」と心の中で呟いた。


 さて、すのりとかおれだが、相変わらずの食欲を発揮していた。

 俺と梛乃の向かいに座り、掘りコタツに下ろした脚を二人揃ってブラブラさせながら、順調に料理を平らげている。

 前から思っていたが、なにかを食べている時の仕草はとても幼く見える。そうでない時はそっけなく大人っぽいのに、妙なギャップである。もちろん、これも嫌いではない。

 それから、二人は好き嫌いなく食べるが、好みはあるらしい。

 見ている限り、すのりは甘い物には目がないようだ。デザートを食べていると目尻が下がっているのでよく分かる。一方、かおれは断然肉食系だ。メインディッシュを平らげるスピードが凄い。共に、こぼれんばかりの笑顔で好きなものを頬張る姿は見ていて微笑ましい。

 そして、やはり食べる量は半端ない。薬膳粥で満足している俺と梛乃の料理を加えても楽勝な感じだ。

 高い身体能力を維持するためにも必要なエネルギー源なのかもしれないが、この華奢な体のどこに、これだけの物量が納まっていくのだろうか。胃がちょっとしたプレス機になっているとしか思えない。

 ともあれ、楽しい露天風呂のあとに美味しい食事。二人とも上機嫌であることに間違いはなく、それを見ているこっちも気分がいい。俺自身癒されているのは間違いないようだ。このまま元気良く、育って欲しいものだ。

 などと、どこか親心的な感情を噛みしめていると、ノックの音が部屋に響いた。

「あ、栗原さんかな?」

 立ち上がりそうになった梛乃の肩に手を当て、俺が腰を上げた。

 入口のドアを開けると。琴音女将の笑顔がそこにあった。宣言通りの登場だったが、俺はその容姿に目を奪われた。

 昨日と打って変わって、うぐいす色の和装に身を包んだ琴音女将。丁寧に後ろへまとめ上げられた黒髪。控えめで品のあるメイクは、大人の色香を感じさせた。美人だとは思っていたが、本気女将モードの栗原琴音はとても美しかった。

「うわっ……キレイ」

 部屋に通した途端、梛乃が呟いた。それが聞こえたかどうかは分からないが、琴音女将は今日も元気いっぱいのご様子。

「皆さん、おはようございます……食事中にごめんなさいね。今しか時間が空かなかったものだから……このあと、チェックアウトするお客様のお見送りが始まってしまうのよ……でも、どうしてもちゃんと会っておきたくて」

 と、一方的なペースは昨夜と同様。そのまま滑り込むように、すのりとかおれの傍に着物の裾を整えながら膝を着いた。やはり目的はそこらしい。

「どう? すのりちゃん、かおれちゃん。食事は口に合ったかな?」

 白い歯を見せて、並んだ神使の顔を覗き込んだ琴音女将。

「はい。昨夜も今朝もとてもおいしく頂いています」

 と、いつもの優等生かおれ。

「料理もおいしくて、お風呂も素敵で、本当に感激しています」

 と、すのりが愛想のいい返事……ん?

「良かった。喜んで貰えて、私もうれしいわ」

 満足そうな琴音女将だが、俺は目を瞠った。多分、梛乃も同じだろう。驚くなかれ、すのりが常識的な言葉遣いをしているではないか。しかも、丁寧で完璧な返しときている。

 どうなっているのかな、すのりさん。もしかして、ちゃんとした会話もできるということ? なんで俺たちには、ああいう喋り方になるのですかね……

「二人とも、やっぱり可愛いわね。本当は浴衣姿が見たかったんだけど、残念……どうだったかしら?」

 と言って、こちらを見遣る琴音女将。あ、俺ですか……まあ、男目線では相当に堪能たんのうさせてもらいましたが、言葉にするのははばかれるというもの。

「いや……それはもう可愛くて――」

「写真ありますよ!」

 梛乃が携帯を取り出してみせる。おお、ナイスフォロー。

「見せて! 見せて!」

 飛びつく琴音女将。無邪気にぱあっと表情を明るくする。可愛いものの前では、女性は少女に戻るらしい。

 画面をタップしながら、会話を弾ませる梛乃と琴音女将。

 そういえば、昨夜は熱心にすのりとかおれの浴衣姿を撮っていたっけな。そういうところは、さすが女子だと感心する。ちなみに俺の場合は、心のメモリーに愛しい彼女の浴衣姿をきっちり収めてあるので、瞬時に思い起こして見ることができる……

 まあ、俺の痛い話はおいといて、昨夜はあまり喋らなかった梛乃が積極的なので、琴音女将も嬉しそうだ。すのりとかおれを交え、なんだかんだと盛り上がっている。

 とはいえ、傍から見る琴音女将の行動は、欲望を露わにした神使マニアが美少女神使たちを愛でているだけと見えなくもないのだが……かなり変わった人なのかもしれない。

 それにしても、うちの神使たちは自分から主張することはほとんどない。柴犬が持つ内向的な性格のためかは分からないが、琴音女将の言葉に頷くのが大半で、質問にも簡単に答えるだけだ。

 でも、この光景に少しばかり安堵する。すのりとかおれも今後は社会との接点が増えるはずだから、いろいろな人との交流に慣らしておきたいものだ。


「ねえ、ちょっと触っていい?」

 わんこ神使たちとの会話に飽き足らなくなった神使マニアは、そんなことを言い出した。

「いや、あの……」

 困惑する梛乃をよそに、琴音女将は食事を終えた神使たちを見据える。まるで獲物を捉えたハンターのように、スルスルとすのりとかおれの間に割りこんだ。その両手を二人の肩にまわす。

「もう本当に可愛いわね。なにこれ、なんて柔らかいのかしら」

 そう言って、すのりとかおれの二の腕やら頬をムニュムニュと触りまくる。「チョーカーも似合っていて、可愛いわね~」などとも言っている。

 おいおいと思ったが、意外と二人は嫌がっていない。撫でられることに慣れているからかもしれないが、既に琴音女将を受け入れている様子。誰でも良いというわけではなさそうなので、人を見る目はあるらしい。

 見た目に違和感は無いが、行為だけ見ればキャバクラ嬢に絡むおやじと大差ない気もする。

 そんな状況に、手をこまねいて見ていることしかできなかった俺と梛乃。その手を止めさせたのは、再び聞こえてきたノックの音だった。

「――なにかしら?」

 条件反射で振り向いた琴音女将。流れのままこちらに手をかざし、自分だけ入り口に向かった。俺と梛乃は顔を見合わせてから、その背中を見送った。

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