第22話 おかみ その2

 すのりが幻の食材であることに肩を落とした琴音女将だが、すぐに気を取り直して訊いてきた。

「それで、どっちが、どっちなの?」

 ん? あ、うちの神使のことか。

「えっと。黒髪がで、茶髪がですよ」

「聞いたわ。わんこなのよね?」

 目を輝かせる琴音女将。なんだか二人のことが、とても気になる様子だ。それに、わんこ……ですか。まあ、確かに犬の神使より、わんこ神使の方が愛嬌があるかもしれない。

「ええ、柴犬です。見たまんまなんですけど、すのりが黒柴、かおれが赤柴です」

「へえ~、ちゃんと特徴が出ているのね。面白い」

「そうですね」

「そして、木曽の水神さまの神使というわけね」

 琴音女将はニヤリとする。その表情が何を意味するのか、俺には分からない。

「まあ、本人たちがそう言っているだけですけど……栗原さんは、神使に詳しいのですか? 木曽の水神さまって、どういうことなんでしょう?」

 琴音女将はかぶりを小さく振った。

「いいえ……詳しくはないの。身近な存在なので、それなりに知っているだけよ。お嬢ちゃんたちを神使だと言ったもの、経験からそう思っただけ」

 俺と梛乃の反応を窺いながら言葉をつなぐ。

「木曽の水神さまってことは、木曽川の神ね。神使を遣いにする神はいろいろよ。この国で言うところの神だから、それこそ八百万になるわ。人が祀り上げるものはすべてといった感じ。

 それらは御神体と称されるの。岩や滝や大樹などさまざまね。中でも特別なのは、大地の根源みたいな神々。海の神、山の神、川の神とかね。

 それぞれの神が持つ力は、崇める人々の多さに比例するの。それは、必然的に遣える神使たちも同じ。だから、川の神の神使である、すのりちゃんとかおれちゃんは凄い神使ってこと。

 そんな神使と出会えるのはめったにないことなの。少々強引な誘いになってしまったけど、どうしても話を聞きたかったのよ。

 この地方にも、白山さまが遣わす神使とかがいてもおかしくないと思うのだけど、お目にかかったことはないわ……まあ、全ての神が神使を遣わすわけではないのだろうけれど」

 おお、なるほど。琴音女将が目の色を変えて、すのりとかおれを見ていた理由が分かった。うちの神使たちは、とてもレアな存在らしい。猫娘や猿男が警戒していたのも納得がいく。

 すのりとかおれの生まれ故郷である犬山には、木曽川が流れているから、その神使だというもの頷ける」。

「良く分かりました。ありがとうございます。ところで、栗原さんのところの神使さん……は、どんな神さまの遣いなのですか?」

 猿男とは言えないので、変な呼び方になってしまった。

「あ。小太郎こたろうのこと?」

「……こたろう?」

 俺と梛乃は聞き覚えのない名前に小首を傾げた。

「やだ、うちのお猿さんのことよ。そのまま、小さい太郎って書くの」

 琴音女将がはにかんで言う。

「あ、はあ」

 一瞬、その表情に照れが垣間見えたことに戸惑い、俺は微妙な相槌を打ってしまった。

 しかし、小太郎とは風体から連想できない可愛らしい名前だ。うちの神使たちとの上下関係がはっきりしてしまった今、きっとすのりは「おい、小太郎」とか、かおれなんかは「小太郎ちゃん」とか、言ってしまいそうだ。

 俺の反応は気にならなかったようで、琴音女将はやさしい表情を浮かべている。神社の駐車場で見せたのと同じだった。

「小太郎は、ここの氏神の神使よ。昼間、私たちが出会った白山水迎神社がそれ。白山信仰の神社ではあるけど、祀られているのは、この地域に根付いた土地神なの」

「はは、そうなんですか……」

 額に冷や汗が浮かぶ。境内の河原を掘り返していたことに罪悪感を覚えるが、そんなことは知らない琴音女将は話を続けた。

「昼間は粋がっちゃったみたいだけど、いつもはとてもやさしい子なのよ。少々無鉄砲なのはご愛嬌としてね。

 本当は、お嬢ちゃんたちとのレベルの差に気付いていたと思うの。でも、彼にとって縄張りは絶対なのよね。それは、この土地を守ろうとしてくれているからなの。理解してもらえると嬉しいわ」

 そう言って微笑んだ琴音女将。ますます心苦しくなった。とりあえず今は置いておいて、話に集中しよう。

 確かに猫娘の件も含めて、神使は野生動物と同様に自分のテリトリーに敏感なようだ。土地に根付いた氏神の神使にとって、水神さまの神使なんてものは脅威でしかないのかもしれない。

 今後、二人を連れてどこかへ出掛けるときは、そこに居るかもしれない他の神使に配慮する必要があると思った。

 とはいえ、大きく進展し始めた話の展開に、俺は手ごたえを感じていた。

「それで。えっと、小太郎さんはこの宿で働いていたりするのですか?」

 女将さんと呼んでいたから、そう推測したことについて確認する。

「ええ。ここではないけれど、家の使用人として一緒に暮らしているわ」

「使用人……ですか?」

 確かに従属的な関係性を予想していたが、俺は使用人という呼び方に少し違和感を覚えた。

「ええ。私の家は代々旅館をやっていて、ここは新館なの。旧館が白山水迎神社の近くにあってね。今は宿として営業はしていないけど、こっちのバックヤード的に使っていて、そっちで仕事をしてもらっているの。私の家もそこ」

「……なぜ、神使が使用人を?」

 俺にとっては素直な疑問だが、琴音女将は何秒か黙考してから言葉を発した。軽く口にする話ではないらしい。

「そうね。古い話だから、始まりが何時いつなのかは正確に分からないのだけど、私の家には先祖代々から猿の神使が仕えているのよ。これ本当の話。小太郎は、その何代目かの神使なの」

「代々って……」

 なんとまあ、驚いた。神使は神さまの気まぐれ程度で遣わされるものだと考えていたが、俺が思うよりもずっと深いつながりで、人の世を巡っている場合もあるということだ。

「あの。詳しく、聞かせてもらえますか?」

 琴音女将はこくりと頷いた。


「それは、この土地の氏神を介して、我が家のご先祖と猿との間で交わされた盟約。もう、何百年も続いている人と神使の縁由えんゆうなの」

 琴音女将の言葉に引き込まれ、俺と梛乃は前のめりになる。

「なぜ、そんな約束が交わされたのかについては、今となってはよく分からないの。語り継がれていないのよ。実際、脈々と続いているのにね。変な話しでしょ?

 神使たちは代々よく仕えてくれているの。なんだか一方的なご奉公みたいなものになっているのだけど、当の神使たちはなにも見返りを望まないのよ。だから、一緒に暮らして家族同然に受け入れることをせめてものお返しとしているの」

 栗原の一族にとって、それが当たり前の日常となっていることが良く分かった。

「それから、神使は年老いてくると次の神使と交代することになっているの。私が高校生の時に代替わりがあって、小太郎が神使として仕え始めたの。それまでは直治なおじという小柄で物静かな男の人だった。

 当時、女将だった母の下で働いていたわ。初老を迎えたくらいの歳で、私は『なおじい』と呼んでいた。とてもやさしい人だった」

 琴音女将は穏やかな表情で、記憶のページをめくるように言葉を紡ぐ。

「小太郎は、私の家の庭によく遊びに来ていた子猿だったの。なんだが、私になついちゃってね、可愛がっていたのよ。小太郎って名前を付けたのも私。

 当時は自覚していなかったのだけど、代々仕える神使はわが家の家長とゆかりがある猿が選ばれるものらしいの。私はひとりっ子で、母に代わって家長を継ぐことが決まっていたわけだから、小太郎が神使となるのは自然の流れだったのね。

 神使やその代替わりのことは小さい時から聞かされていたから、小太郎が人の姿になっても驚くことはなかった。現れた彼は十歳くらいの容姿でね。幼い弟ができたみたいで私は嬉しかった。

 それ以来、私が女将を継いでからも、私が結婚して子供を育て上げた今になっても、変わらずに小太郎は仕えてくれているわ」

 これだけ具体的に聞かされると、神話の世界とこの世の関わりが普通にあったとしても、不思議なことではない気がしてきた。一生を掛けて代々仕える神使たち……か。

 しかし、俺の関心は別のところにもあった。「私が結婚して子供を育て上げた……」って、琴音さん。あなたはおいくつなのですか。

「えっと、栗原さんが高校生の時からって。小太郎さんは神使になってから、どれくらい経つのですか?」

 ストレートに訊けないので、間接的に時間軸を確認する。

「そうね……もう二十年と少しってとこかしら」

「二十年……」

 ちょっと待て。この若々しい女将が、子育てを終えたアラフォーだとはとても見えない。美魔女とはTVの中だけだと思っていたが、現実にも存在するのだと俺は痛感した。

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