第17話 はくさんさま その2

 案の定。神使たちは雪に覆われた宮川を、一段高い石積みの護岸から見渡していた。

「――なにが、あるんだ?」

 追い付いき、二つの背中に訊く。

「今、探してる。まかせて」

 すのりは顎を上げ、目を細めた。薄い唇を閉じ、すました表情。短めのまろ眉がピクリと動く。周囲に漂う空気を嗅ぎ分けるような顔つき。おお、柴犬っぽい。

「分かります。すぐ近くにあります」

 かおれはそう言って、目を閉じて深く俯く。琥珀色の髪が褐色の頬を滑り、ふくよかな胸元に落ちた。耳を澄まして、なにかを捉えようとしている。こっちも柴犬の姿だったら、ピンと立てた耳をくいくいと動かしている様が想像できた。

 それぞれ、実際に匂いや音で探している感じではない。五感を研ぎ澄ますと、そういう仕草になってしまうのだろう。これはこれで面白い。つまり、身体をセンサーにして目標をサーチしているのだ。

「見つけた!」「ありました!」

 すのりとかおれが同時に叫んだ。そして、再び駆け出す。

「よし!」

 つられて感嘆の声を上げた俺。再び梛乃の手を取り、あとに続く。

 10メートルほど下流に走ると、二人は腰丈ほどの護岸から雪の積もる河原へ飛び降りた。まるで、雪中の宝探し。足元の悪さを予想して、全員防水のトレッキングシューズに履き替えておいたのは正解だった。

 膝までの雪をかき分け進んでいたすのりとかおれの足が止まる。雪に埋もれた河原の一画、二人向かい合い見下ろしている。俺は梛乃を残し、河原に下りて近付く。

「そこに、なにかあるのか?」

「そうよ」「そうです」

「それが、なんだか――」

「分んないわよ」「分かりません」

「だよね……」

 さすがに躊躇ちゅうちょする。この状況。まさに、ここ掘れワンワンではないか。おとぎ話では、大判小判がザクザクなのだが、多分そうはならない。俺は固唾を飲んだ。

 まったく予想できないから怖い。まさか、白骨死体発見でサスペンスドラマの展開が……いやいや、それはないだろう。大丈夫、俺たちにシリアス路線は似合わない。

 雪は30センチくらいだが、下の方は多分凍っている。

「――車に折りたたみのシャベルあったよね。持ってこようか?」

 肩越しに振り返ると、護岸の上で梛乃が手を振っている。そうだった、いい物があるじゃないか。彼女は賢い。俺は手を上げた。

「ああ、頼むよ」

「私が一緒に行きます」

 すかさず、かおれが踵を返した。本当に優等生である。

「ああ、よろしく」


 梛乃の提案は大正解だった。折りたたみシャベルが無ければ、なんともならなかっただろう。雪の下は堅い氷の層になっていた。シャベルの先端で突きながら掘り進めていくと、やっと河原の砂利が現れる。

「治人、それ!」

 俺が作業を進める中。隣で見ていた梛乃が声を上げた。石のようにも見える白い物体。砂利の中から一部が露出していた。

「これなのか? すのり、かおれ」

 小首を傾げる俺の前に、かおれが滑り込んだ。

「治人さん。ちょっと、触らせて下さい」

 その物体に指先を当てる。その途端、かおれの体がビクンと波打つのが分かった。そのまま俺を見遣る。

「間違いないです、これです」

 俺は戦々恐々としながら、それを砂利から掘り出した。氷さえなければ、あとは思いの外簡単な作業だった。

「……焼き物? 壺?」

 俺は手に取って呟いた。白い物体は、高さ20センチほどの陶磁器だった。陶器や磁器に詳しくないので、そう言っておく。川辺まで移動し、水の流れで汚れを洗い落とす。肌を刺す冷たさに耐えながら、キレイに中もすすぐ。

 目的は達したので、河原から上がって境内の端へと移動した。

 発掘した遺物を観察してみる。それは、小さな花瓶のよう。くすんではいるが、元は光沢のある白色だろう。うわぐすりで表面がまだらになっていて、所々が青白く反射している。

 形は口の部分が小さくすぼまっていて、丸みを帯びて膨らんだ肩から下へと細くなっている。古い物ではあるようだが、欠けているところもなく状態は良い。まあ、素人目での話だが。

 隣でじっと眺めていた梛乃。腕組みした片方の手の人差し指を唇に当てて黙考している。なにか思い当たる節があるのか。

 ふと、視線を感じる。すのりとかおれだ。じっと俺を見ている。

「……二人とも、どうした?」

 なんだか落ち着きがない……これは……そう、あれだ。

「さ、探し物を見付けたんだから……褒めなさいよ」

 堪えきれなかったすのりが、はにかみながら口にした。その横でニコニコしながら、体を小刻みに揺すってみせるかおれ。

 そうだね、大事なことを忘れていた。俺は遺物を梛乃に渡して、すのりとかおれの頭に両手を伸ばした。

「よしよし、偉いぞ。よく見付けてくれたね。ありがとう」

 艶のある綺麗な黒髪とふんわり琥珀色の髪を撫でると、二人がぎゅっと抱き付いてきた。

 おお、なんと従順なリアクション。これは受け入れるしかないだろう。俺の胸に頬をスリスリする神使たち。更に、よしよしと双方の頭を抱えて抱擁する。

 しかし、ちょっと遠慮がちなすのりは可愛らしくてよいのだが、思いっきり密着してくるかおれには、こっちが恥ずかしくなる。無論、これはモラルを保った常識範囲内でのスキンシップである。

 そして当然の展開と思いきや、梛乃は厳しい眼差しを向けたものの続けて吐息を吐いた。

「まあ、この場合は仕方ないわね……でも調子に乗って、余計なところを触らないようにね」

「触りません!」

 歯を剥いて見せた俺だが、どことなくぷりぷりしている梛乃を見て合点した。

「……ああ、そういうこと? さあ、梛乃もおいで」

 おれは両手を広げた。

「そ、そういうことじゃないわよ」

 そっぽを向いた梛乃。栗毛色の髪を揺らしてみせるが、照れは隠し切れていない。俺の懐は深いから、三人くらいどうということはないのに。可愛い奴め。

 彼女は咳払いで、俺からの愛をはぐらかしたあと、持っていた遺物を突き出した。

「それから。これ、瓶子へいじね。多分」

「へいじ?」

 俺は、片眉を上げて訊き返した。

「そう、瓶子。神さまに御神酒を捧げる時に使う容器。多分、白磁はくじと呼ばれる種類の焼き物ね」

「……ああ、神棚へお供えする時のあれか……でも、これデカくない。三合くらい入りそう。酒好きの神さま用?」

「神社でのお供えなら、そのくらいのサイズあるわよ。それに、御神酒おみき上がらぬ神はなしって、言うでしょ?」

「なるほど、それな。神さまは皆、酒豪ってことだ」

「……まあ、そうかもね」

 梛乃は苦笑いする。

 さすが、社家とかいう尊い方々と近い家柄。普段から物知りなのだが、この手の話はやはりお手の物だ。頼りになる。

 さて、お目当ての物は見つかったが、この後はどうすればいいのやら。今のところ、次につながる手掛かりはない。

 だだ、既に理解していることはある。この場合、押さえておかなければならないポイントってやつを。

 俺は腕の中にいる、うっかり屋さんたちを胸から離した。

「ねえ。ところで、お二人さん。さっきお社の前で、これの埋まっている場所を感じた時、他になにか伝わってきたことはなかった?」

 神使たちは虚を突かれた表情で瓶子を見遣ると、徐々に視線を泳がせ始めた。予想通りの反応だ。

「……そ、うでした。言われてみれば、ありました」

 やはりあるのですね、かおれさん。それで、すのりさんは……

「まあ、そうね。あるんじゃないかしら」

 いや、その返しはおかしいでしょ。知っているのに、なんで不確定な言い回しなのですかね。どうも、うちの神使たちはなにかに夢中になると、そこそこ大事なことを後回しにしてしまうきらいがあるようだ。

 俺は吐息を吐いて話をつなぐ。

「それで?」

「えっと、……美濃の笠隠かさがくれ神社ですねっ」

 バツの悪さを感じたかおれは小首を傾げ、照れ笑いでペロっと舌を出した。なにそれ、可愛いじゃないか。どこでそんなテクニックを覚えたんだい。

 だけど、なんとも簡潔過ぎる返答。思わず訊き返す。

「ですね……とは?」

「そこに行くの。さっき告げられたのは、そこまで。きっと、お使いの続きなのよ」

 付け加えたすのりだが、肩をすくめて目を伏せた。

「……それから、言い訳じゃないけど……私たちの言葉足らずは、わざとじゃないんだからね」

 と窮しながら、ほのかに頬を染めての照れ顔。なに、そのツンデレフォローみたいなの。それも可愛いですね。もちろん、なんでも許しますよ。

 俺は、二つの頭にポンポンと手を置き微笑んでみせた。

「――調べてみるね」

 早速とばかりに、梛乃が携帯を取り出した。

 どうやら、笠隠神社とは美濃市の長良川沿いにある神社らしい。携帯の画面に表示された地図を確認する。すのりとかおれも、まねして覗き込んでくる。梛乃は苦笑しながら、携帯を持ちあげた。

「こらこら、そんなに近付いたら、治人が見えないでしょ」

「あ、大丈夫。もう分かった。それ、鵜観うーかんの近くだよ」

「え。そうなの? 解禁の時の、あそこ?」

「そう」

 この展開には唖然とするしかなかった。

 その神社は長良川の有名ポイント鵜飼観光ホテル前、通称「鵜観うーかん」のすぐ上流に位置していたからだ。つまり、あのオオサンショウウオと遭遇した場所のすぐ近く。これは偶然ではないだろう。

 もし、あの主神が関わっているのなら、なんとまどろっこしいことをさせるのだ。よほど、俺に突っつかれたことを根に持っているに違いない。

「この瓶子をそこへ届けろってことだな……」

「そうね……もしくは、そこでまたなにかを見付けろ、的なものかも」

 俺と梛乃は神妙な顔で同時に肩を落とした。まずはそこへ行くしかないようだ。

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