第14話 おんがえし その1

 道の駅。屋内の一画に設けられたフリースペース。木のテーブルとベンチが並んでいる。客の姿はここでもまばらだった。

 土手の上の立ち話では凍えてしまうので場所を移した。猫娘にとっては迷惑だったのかもしれないが、少々強引にでも話を聞かなければと思ったのだ。

 すのりとかおれの睨みが効いたということもあるが、まあ、承諾してくれているのでよしとする。

 テーブルの一つ。俺は猫娘を前にして座った。すのりとかおれは、梛乃と一緒に隣のテーブル。

 かおれはいいのだが、すのりは怒りが収まっていない様子。隙あらば、ガブリといってしまいそうな勢いだったので、とりあえず食べ物を与えて気を逸らしておくことにした。

 しかし、制服姿の女子と向かい合うというのは、なんともむずがゆいものだ。きっと女子の制服には、なにかしらの魔力が宿っているに違いない。

 すのりの威圧から解放された猫娘。梛乃が差し出した缶コーヒーを手の中で転がし始める。それを見計らって、俺はここまでの簡単な経緯を話して聞かせた。


「ふーん、そうなんだ……あんたたちが、弓糸呂の白山さまに呼ばれてる理由は分かんないけど、その子たちが言ってるんなら、行くしかないんじゃない」

「えっ? 俺たち、その神社の神さまに呼ばれているの?」

「違うの? そうでしょ?」

 猫娘は目元にほくろのある瞳を細める。微笑むでもない、無関心な表情。

「いやいや、神社に行けということだけだし、まだ漠然とした話なんだけど……」

 訴える俺だが、やはり猫娘の反応は薄い。

「……まあ。それは、行ってみれば分かるんじゃない。神使は多くを知らないし、知る必要もないの。ただお役目を果たしているだけだから」

「……お役目? どんな?」

「いろいろよ」

「いろいろ?」

「そう、いろいろ。なんでもあり。神さまが必要だと思ったら、神使が遣わされるって感じかな……まあ、多分だけど」

 俺はすのりとかおれを見遣る。

「この子たちのお役目が、白山水迎神社に行くことだと?」

「そうなんじゃない……てゆーか、あんたたちをそこに連れて行くことでしょ」

 じゃない、連発の猫娘。軽いツッコミも忘れない。

 どうやら、俺の神使に対する考えは的外れではないようだ。この娘の話も正しいとするなら、神の世界はますます適当なんじゃないかと思えてくる。

「君は氏神さまの神使と言っていたけど、その神社はこの近くに?」

「うん、すぐそこ」

「ちなみに、神さまって、どんなもの?」

「どんな? ……ああ、五穀豊穣ごこくほうじょうを願って祀られている神さまだけど」

「いや、そうじゃなくて。神さまの見た目というか、形というか……」

「はあ? そんなの、無いわよ」

「無いの?」

「そうよ、見えないから。形が無いの。ただ、そんな存在を感じるだけ。これは、神使にしか分かんない感覚なんじゃないかな」

 俺はまた、すのりとかおれを見遣った。

「そうなのか?」

「……まあね。そんなところかしら」「……そうですね。説明は難しいと思います」

 と、シンクロした返答はとても淡泊。

 おいおい。そういう情報があるなら意を汲んで、先に言っておいて欲しいものなのだが……まあ無理か、基本がこれだからな……

 二人が気もそぞろなのは、両手に持った特選飛騨牛ひだぎゅう肉まんと飛騨特産リンゴジュースのせい。理屈よりも本能に忠実なのが柴犬なのだ。

 ともあれ、俺は頭を掻いた。

 神使たちが言っているのは、なにかしらの概念のようなもので神の存在を感じられるということだ。人間でもテレビとかで、希にそんなこと言ってる奴居るよな……

 うーん、感覚的なものだから情報としては、あまり参考にならんな。もっと、いろいろ聞いてみよう。

「――じゃあ、君のお役目ってなに?」

「えっ、あたし?」

「そう。さっきの様子からすると……この土地を守っている、とか?」

「はあ? なにそれ、ウケるし。そんなことしてないわよ」

 鼻で笑う猫娘。

 うーん。言葉遣いだけでなく、性格もめちゃ癖が強いな。しかし、大人の男はそれくらいでめげたりしない。

「それじゃあ、君はなんのための神使なんだ?」

「それは……」

「それは?」

「あたしは、ただ……」

「ただ、なに?」

 ちょっと、意地悪く押してみた。微妙に言葉を詰まらせていた猫娘。俯き加減で目を伏せる。そこに、微かな変化を感じた。

 ぎこちなく長い黒髪を指で弄び始める。分かりやすいくらいに戸惑が透けて見えた。

「……なんていうの……単に、あたしを助けてくれた人に寄り添っているだけよ」

 意外な言葉に聞き直す。

「……どういうこと?」

「なんでもない」

 言った端から口ごもる猫娘。とはいえ、そこは聞きたくなるのが心情ってもの。

「あ、いや……話したくないなら無理にとは言わないけど。君の言う通り、俺たちは神使についてなにも知らない。こんな機会は貴重なんだ。だから、なるべく多く話を聞きたいんだ……この子たちのためにも」

 猫娘はすのりとかおれを横目で見る。飛騨づくしの味に魅了され、良い子を継続している二人。借りてきた猫のよう。犬だけど。

 つまり、すのりとかおれが持つ神使本来の力がどうであれ、知識や経験をこの猫娘と比べたら、生まれたての子供同然なのは確かなこと。そして、この先が読めず、困っているのも事実なのである。

「……分かった」

 猫娘は軽い吐息を一つ。

「同じ神使だしね。あなたはこの子たちのことを大切にしているみたいだから……まあ、役に立つか分からないけど話すわ」

「……ありがとう」

 俺の言葉を聞くと、僅かに視線を泳がせた猫娘。思い起こすように話し始めた。


「……あたしさ、子猫の時に車にはねられたんだ。怪我で身動きできずに道端に転がっているところを、ある夫婦に助けられたの。夫婦はあたしを家に連れ帰り、怪我の治療をしてくれて……あたしは、そのまま夫婦の飼い猫になったの。

 凄く可愛がってもらって、とても幸せだった。生まれてから、ただの野良猫だったからね。でも、その夫婦。普段はとても朗らかなんだけど、時々酷く悲しい表情をすることに気付いたんだよね……

 で、ある時、理由を知ったの。夫婦は昔、一人娘を交通事故で亡くしてたんだ。それをずっと引きずっていたの。そう、車にはねられたあたしを懸命に治療してくれたのは、そういうこと……

 夫婦は娘を失ってから、すべてのことを心の底から喜ぶことができなくなっているんだと分かったの。あたしは恩返しがしたかった。大好きな、その人たちに本当の笑顔を取り戻して欲しかった。

 だから、あたし、ここの氏神さまに願ったんだ。夫婦の悲しみが少しでも癒えますようにってね。毎日毎日、願い続けたんだ……

 そしたらさ。ある朝、あたしは人間の女の子になってた。驚いたね、まさかってさ。それは夫婦も同じだったんだけど、なぜだか夫婦はすぐにあたしを受け入れてくれたの。なんの迷いもなくね……おかしいでしょ」

 猫娘は屈託のない笑みを浮かべる。そこに嘘は読み取れない。

「それからは、人間の家族みたいにして一緒に暮らすようになったんだ。そしたらさ、夫婦があの悲しい顔をしなくなったんだ……多分、亡くなった娘とあたしが重なったんだよね……」

 猫娘は視線を落とす。

「でも、まあ。あたしでも考えるよ。これが本当にいいことなのかなってね。だけど、夫婦の幸せがあたしの願いなの。こんなことが、いつまで許されるのか分かんないし、本当の娘の代わりになんてなれないことも分かってる。

 でも、この偽りの家族ごっこでも、夫婦の悲しみが少しでも癒されるんならそれでいい。あたしは許される限り、夫婦に寄り添うつもりでいるの……」

 当然、俺は言葉に詰まった。思いもしなかった内容だったからだ。

 こんなの誰だって、胸が熱くなる。JKため口キャラの猫娘が、そんな話をするなんて反則だ。

 勘弁してくれ。俺は奥歯を噛みしめて、涙腺が崩壊するのを堪えた。

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