第2話 なぎの

 父親と二人で住んでいた一軒家。平屋の日本家屋だ。

 瓦屋根に昔ながらの庭に面した縁側、襖に畳敷きの居間。平成を飛び越して、まさに昭和感漂うといった雰囲気。だが、飾らず落ち着ける我が家であり、とても気に入っている。

 小さいけど庭があるし部屋も空いているので、犬を飼うのに問題は無い。梛乃も犬嫌いではないと思うのだが、やはり一言訊いてから決めれば良かったと感じていた。

 彼女もここに来ることは多いし、一緒にご飯を食べたり泊まっていったりしている。なおさらに、その意見は気になるところ。

「うむ……どう、切り出したものかな」

 居間で携帯を眺めていると液晶が光る。梛乃からだった。なんという、絶妙のタイミング。しかしながら、どう釈明、いや、説明するかはまったく決めていない。

 ともかく電話に出る。

『あ、もう帰って来てる?』

 いつも通りの彼女の声。

『……今日は釣れた?』

 昨日聞いたばかりだが、この声を聞くととても落ち着く。

『なに? どうしたの!?』

 いろいろ考えていたら無言になっていた。慌てて返す。

「――いや、なんでもない。家に居る。釣れたよ……あ、で、今日来る?」

『夕ご飯、まだ食べてない?』

「ああ。梛乃は?」

『私も……じゃ、これからお邪魔するね』

「おう、いいよ」

『えっと。適当に買い物して行くから……なにか食べたいものある?』

「そうだな……っと、チャーハン」

『おっ。好きだね、チャーハン。では、高菜チャーハンなんて、どうかな?』

「いいね。頼むよ」

『了解。それじゃ、あとでね』

「ああ」

 通話が終わった携帯を眺める。

「……」

 切り出せなかった。

 いやいや、大丈夫だ。こっちには秘策がある。ご飯を食べながらでも話そう。と、マイナス方向の雑念を掻き消した。


 電話のあと、小一時間で梛乃はやって来た。だが、肝心の話はできていない。

 もたもたしているうちに、台所から芳ばしいごま油の薫りが漂ってきた。宣言通りの高菜チャーハン。食欲をそそられる。もう、でき上る感じだ。

 居間から台所に立つ梛乃の後ろ姿をチラ見してから、携帯の画面をのぞき込んでいると声が掛かった。

「おまちどーさま」

 畳みに置かれた座卓の上。先に配膳された玉子スープのカップの隣に、大皿に盛られたチャーハンが並べられた。梛乃は俺の横に座ると、なにかを訴えながらこちらを見遣る。彼女は欲しがり屋さん。俺は目を瞠って言う。

「お、美味そう!」

「――でしょ。これは、かなりの自信作よ」

 ドヤ顔の彼女の視線を横目に、どれどれと小皿に取り分け口に運ぶ。

「うまい!」

 お世辞ではない。梛乃の料理はすべて美味しいのだ。同郷だから味覚の感性が近いということもあるが、掛け値なしに料理のセンスはあると思う。お腹が減っていたせいもあり、俺はガツガツとレンゲでチャーハンをかき込んだ。

 満足そうに微笑む彼女。栗毛色の長い髪をシュシュで留めポニーテールにしている。俺に続いて、チャーハンを口に運びながら、まとめきれなかった髪を指で耳に掛ける。そんな仕草を見ていると、とても幸せな気分になる。

 整った顔立ちの梛乃。背が高くスタイルも良い。どちらかというとグラマーだと思う。でも、極端に人目を惹くような外見の派手さは無い。ナチュラル美人とでも言っておこうか。

 そして、俺が最も惹かれるところは、綺麗と可愛いのバランスが絶妙なのである。表情や仕草によって、色香漂う大人の女性の時もあれば、淡く幼い少女であったりもする。一緒にいて、まったく飽きることがない。

 まさに、理想の女性。なんて言い方は照れるが、本当になんで俺なんかと付き合っているのかと、時々不安を感じるくらいなのである。

「……梛乃ってさ」

「え、なに?」

 小首を傾げる彼女。躊躇いながらも、俺は本題を切り出す地固めに頭を巡らす。

「その……犬嫌いじゃないよね?」

「うん?」

 返事には疑問符が付いていた。まずった。地固めより前振りが必要だったことに気付く。もう、小賢こざかしいことは考えず、ここはストレート勝負。

「その……柴犬を飼いたい!」

「あん?」

 またしても疑問符。更に押す。

「いや、飼います! この仔たちです!」

 キョトンとする梛乃の前に、スッと携帯を滑らせる。画面に映し出された、二匹の仔犬のキュートな動画。秘策である。

 視線を落とした彼女。反射的にレンゲを皿に放って携帯を持ち上げた。

「えっ! なにこれ、可愛い!」

 当然、この反応は予想できた。目尻も落ち口角も上がっている。掴みは上々だが、問題はそのあとだ。

 動画を見終えた彼女は一拍置いた。そして、「ふふん」と鼻を鳴らす。

「なんだか様子が変だったのは……こういうことなのね」

 うーん。どうやら勘付かれていたらしい。良く分かっていらっしゃる。ここは、正直な気持ちをそのまま伝える。

「その……勝手に決めてしまいました。ゴメン。可愛らしさに負けて……」

 俺は頭を掻きながら、釣りの帰り道から今に至る顛末を話した。彼女は最後まで言葉を挟まず聞き終えると、軽い吐息を漏らしてから穏やかに微笑んだ。

「いいんじゃない、私も犬好きだし。ここで飼うにも、問題ないでしょ?」

 と、意外にも安気な口調で返ってきた。ほっとしながらも、俺は片眉を上げた。

「本当に、いいの?」

 すると梛乃は口を尖らせて、少々怪訝な顔を寄せてくる。ちょっと身構える俺。

「反対なんてしないわよ。治人が決めたことだし……でも、その、私に気を使ってくれたんだね……ありがとう」

「う、うん」

 俺は照れ隠しで視線を逸らした。

「ふーん。犬欲しいって言ってたもんね。昔、実家で飼ってたよね、柴犬。可愛いし、いいと思うよ」

「本当? よかった」

「でも……あれ? さっき、この仔って言ってなかった? ……まさか――」

 俺は間髪入れず、ここぞとばかり胸を張ってみせた。

「正解。二匹とも飼うんですよ!」

 眉間に皺を寄せ、目をしばたたかせた彼女。

「……マジで?」

 やっぱり返事には疑問符が付いた。

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